仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第275話
1928年(昭和2年)六月二十五日
ベルリン 独逸海軍本部
「我々の存在意義を示さねばならん」
「はい。大建艦競争時代を競った英吉利と同盟関係にあるようになったため、金食い虫の戦艦建造を停止せよという意見が強まっています」
「それ以外にも、重油を馬鹿食いする艦隊なぞ、いらんと」
「その援護射撃として、独逸炭田組合から、独逸で掘っても掘っても出てこない原油なんぞに頼る海軍なんぞ無用との烙印を押す運動を展開中です」
「それに対する反論を用意したまえ。独逸海軍存続の危機である」
「まずは世界各国の海軍戦力比です。
英吉利本土艦隊 10
亜米利加海軍 10
独逸海軍 8
仏蘭西海軍 8
露西亜大西洋黒海艦隊 7
露西亜極東艦隊 5
日本海軍 6
伊太利海軍、墺太利海軍、英吉利東洋艦隊 各4」
「ふむ、英吉利と組めば世界最強の海軍か」
「はい、仏蘭西と露西亜海軍を蹴散らせるだけの力はあります」
「しかし、敵は地中海を内陸化し、ジブラルタル以東の大西洋に出てこないでしょう」
「となると、争点は大西洋への出入り口、ジブラルタル(英領)―セウタ(仏領)か、戦争になったらどっちがジブラルタル海峡を支配できるのか」
「単純な物量作戦になると思われます。そうでなくとも仏蘭西領はジブラルタルに近いのです。その援軍勢力を取り除きますと、大砲並びに要塞に可能な領土比が火力比に相似しています」
「ジブラルタル領は、7キロ平米」
「対して、対岸の北アフリカ領は、全て仏蘭西領です。セウタだけでも19キロ平米あります」
「となると、ジブラルタルは大砲の打ち合いの末、うち負けると考えてよいか」
「そう考えてよいでしょう。例え、戦艦をジブラルタルに派遣したとしても、要塞砲に戦艦をぶつけるのは下策です。戦争になった場合、ジブラルタル領は仏蘭西の手に落ちるとみてよろしいでしょう」
「それは、英吉利にとっては面白くないよな」
「そのために、英吉利は大西洋進出阻止と題して、仏蘭西海軍を地中海に押し込める手段に出るでしょう」
「地中海封鎖か。その効果は?」
「仏蘭西軍を外海に出させないのなら、海上輸送ルートの確保ができます。英吉利は、アジアにインド領と東南アジア領をもっていますが、長期戦となれば、南部アフリカ領と相合わさって、戦略物資を喜望峰経由で英吉利に運ぶ必要があります。仏蘭西海軍を紅海に進出するのを阻止できれば、喜望峰経由で安全な補給ルートが確保できます」
「なるほど、で、地中海に押し込まれた仏蘭西海軍と露西亜海軍は困ったことになるのか?」
「残念ながら、そうとも言えません。地中海を確保できれば、仏蘭西と伊太利並びに露西亜は十分な連携を確保できますし、地中海内海を攻められないとなれば、地中海沿岸全てが安全な生産基地にできます」
「大西洋を英吉利が取り、地中海を仏蘭西が取るということか。それでは、双方痛み分けといかないか」
「いえ、仏蘭西に在って、英吉利にないものがあります」
「それは、二十世紀になって表面化したものか」
「はい。原油です」
「こればっかりは、メキシコ領、あるいは亜米利加領から海上輸送しなければ、独逸と英吉利も戦争継続能力を失う」
「原油がなければ、戦闘機も戦車も動かないよな」
「当然です。独逸軍は、全てガソリン仕様ですから」
「これが我らの生きる道ではないか」
「大西洋輸送路の確保ですか」
「これに反対できる独逸人ははたしているかな」
「大西洋の確保こそ、我が独逸海軍の生きる道だ」
「亜米利加大陸から独逸まで石油を確保する大義名分の下で独逸海軍の増強を予算化するのが最善だな」
「ルーマニア油田に独逸一国なら頼ることができるでしょうが、独英二国は頼ることができません」
「全然足りないし、ルーマニア油田が空爆を食らって生産が止まる場合もあり得る」
「しかし、英吉利は苦々しいでしょうねえ」
「ジブラルタルを放棄することか?」
「いえ、アルマダの海戦の再来といかない点です」
「あの英吉利海軍が世界一になった戦いか。スペイン無敵艦隊を破ったが、仏英との戦争では、英吉利海軍が勝利を収めることができないことか」
「いえ、仏蘭西が大西洋に出てこない点が英吉利には地団駄とを踏んだと言わせるのではないかと」
「アルマダでの海戦では、スペインの無敵艦隊が敗れた要因の一つが地中海仕様の船だったか」
「はい、大西洋の荒波に無敵艦隊は振り回されましたが、元々外洋仕様の英吉利軍はびくともしなかったわけで、戦力を十二分に使えた英吉利海軍は船一つをとっても有利でした」
「確かに、仏蘭西海軍が大西洋に出てこないという予測だったら、艦隊決戦で英吉利有利になる場面が生まれないのですから、英吉利海軍は不満でしょう」
「対して、独逸海軍は海上警護が本命となってしまっても、原油確保の命題に独逸国民は不平を言うわけにいきませんから」
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