仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第278

 1929年(昭和3年)二月二十二日

 テキサス州ダラス ホーク映画館上映中

 レッドこと、ケン=マーチンは、普段、和食レストランリンドウで働く調理人である。

 「へい、天ぷら定食二丁出来上がり」

 「はい、了解」

 「お待たせしました。天ぷら定食二丁、お熱いうちにお召し上がりください」

 「あら、おいしそう」

 「そうだな、ナスの紫、かぼちゃの橙、卵の白、エビの赤、ウインナーの黒、さつまいもの黄色、大葉の黄緑、鯵の水色、サーモンピンク、ひき肉のピーマンつめで緑と茶色、そして付け合わせのブルーベリーで十二色がそろっているよ」

 「目で楽しんで良し、種類の豊富さで満足しても良し、食べた後の健康も良しときたもんね」

 「うーん、カラッとできたてを当然のように出す。これが和食だな」

 「そして、財布を預かる身としては、チップがいらないっていうのも魅力なんだな」

 「でも、その理由を知ってるの?」

 「残念ながら、そこまで通ではない。会計の時にきいてみよっか」

 「そうだね、今日もおいしかったといってる時に質問してみるといいかな」

 「御馳走さん。会計して」

 ピンクこと、イリア=ユーキが伝票を片手に手をあげた客席にやってくる

 「はい、只今」

 「きょうもおいしかったよ」

 「はい、ありがとうございます」

 「ところで、この店でチップがいらない理由は何?」

 「はい。和食の発祥地、日本にはそもそもチップという概念がありません。それを受け取ってしまうと料理人と仲居との給料の格差ができますし」

 「普通、それを見込んでウエイトレスの給料は割り引いてないの。基本給にチップ代という形で給料が成り立つように」

 「それが合理的という方もいますが、我が店では仲居の給料はチップ代に相当する分を基本給として支給しています」

 「ふーん、客にとってわざわざチップの計算をしないだけ得した気分になるんだけど、そんな素敵な給与体系が全米にヒロが広がらないのはなぜなんだろう」

 「それは、階級社会として成り立つ欧米社会と食事の場では平等という概念がある日本の違いかと」

 「なるほどねえ、確かに召使がいる欧州社会では貴族階級がサービスを受けた対価にチップを置く。誰だろう、この厄介な慣習ってやつを作ったのは」

 「それに、雇用者としてもチップ代込みの基本給を渡すよりもチップ代を抜いた給与の方が支払う賃金が少なくなるという利点がありますし」

 「和食の店、偉い、すばらしい。是非、このチップレス社会が浸透することを願うばかり」

 「これからもごひいきにお願いします」

 「おう、チップがいらない限りまた来るわ」

 イエローことカーナ=リーチェは、ロデオ会場で働く照り焼きバーガー売りである

 「へい、おねーちゃん。照り焼きバーガー三つ」

 「俺は二つ」

 「はい、ただいま。お待たせしました」

 「しかし。ビーフの里、テキサスでチキンときたか。売れると思ってたの?」

 「それは、調味料のさえといいますか、みりんの力ですよ」

 「そうだな。苦いような、甘く、辛く、しょっぱく、まろやかな」

 「そして繊細な」

 「はい、誰にも真似できない。これをステーキで再現できない限り売れますよ」

 「ま、一度食べたら、忘れられないのは確かだ」

 マーク=カンタ―ことブルーは、今日も水族館でイルカの調教にあたっていた。

 「ピッピッピー。はいそこでジャンプ」

 「パシャーン」

 「相変わらず、マークの笛にイルカは素直に従うね」

 「いえいえ、イルカが跳びたそうにしている時に、笛を吹くんですよ」

 「それがわかれば、誰でも一流だよ」

 「そうですか、イルカの表情を見ていればわかりますよ」

 「イルカの名前まではわかるが、表情まではわからないよ」

 「いえいえ、一日中つきあっていればわかりますよ」

 ブラックことコール=サリンジャーは、今日もバーテンダーをしていた。

 「いらっしゃいませ」

 「生ビール」

 「ジントニック」

 「はい只今」

 「うーん、暑いから仕事が終わったらとりあえず、生だね」

 「朝の十時ごろから飲みたかったわ」

 「カラッとしているからべとつかないだけましかね」

 「その分、のどが渇くと」

 「ここで飲んで、車で家まで帰る。それが最高の至福だな」

 「うまい酒に、隠れ家。これさえあれば日々がんばれるわ」

 「なんていうか、生々しい仕事体験ですね」

 「それ、弁士の副業そのモノだから」

 「なるほど、日々の副業そのものを映画にしたんですね」

 

 

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