仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第280話
1929年(昭和3年)八月十六日
ニューヨーク市アカデミー選考委員会
「第一回アカデミー賞を選考中ですが、最近の傾向はどうですか」
「はい、第一回受賞にふさわしい映画を選定中ですが、ただ一つ対象の賞を決めかねている作品が一つあります」
「主演男優賞でもなく、主演女優賞でもなく、かといって助演男優でも助演女優も当てはまらない作品があります」
「弱りましたね、また作品そのものでローカル色が強いというのがなんとも」
「ええ、作品賞しか対象としないというのも問題がありますよ」
「五忍ジャーは、ファミリー層を新たに開拓してくれた作品ですから、それにふさわしい賞があれば選考に加えてもよろしいかと」
「さらに、五忍ジャーに触発されたおかげで、全米各地でローカル色は強いのですが、御当地限定五人組ヒーローものが立ち上がっています」
「全米は広いわけで、寒い海王星から攻めてくる宇宙人は、ソルトレイクシティといったスケートができそうな地域を舞台に」
「乾燥地域では、火星さもなくばその衛星からの襲撃ですね」
「キューバやマイアミといったところでは、水星人からの襲撃」
「森林地帯が広がる五大湖周辺では、木星や土星からの襲撃」
「金持ちが多いニューヨーク周辺は、金星からの襲撃といった具合に」
「おかげで、子供に科学的知識が多いに広がっているそうです」
「波及効果が極めて大きな作品となった五忍ジャーですが、これはもうこれらすべての共通事項でまとめると筋が通るといえます」
「となると、チーム賞という形で提示できますが」
「それが一番取りまとめしやすいでしょう」
「となれば、五忍ジャーを第一回アカデミー賞チーム賞にノミネート」
「第一回はライバル不在ですが、第二回からは多数同系統の作品が増えそうですね」
「御当地代表の様相ですから、南部、西部、東部、中部と票が割れそうです」
「となりますと、映画関係者が多いニューヨークを押さえている東部票が結果を左右しそうですねえ」
「それと、同作品は撮影賞もいけるのではないでしょうか」
「エンディングの列車が宇宙に飛び立つシーンですか。確かに続編をみたくなるすばらしい特撮効果ですが、一体どうやってるんでしょうね」
「あれは夜の帳が落ちるシーンを利用しているみたいですよ」
「列車以外が暗くなっていき、黒くなりつつある上り坂を蒸気機関車が登っていく場面にあえて列車の明かりを多めにすると、あら不思議単なる登坂列車が空に飛び出していく錯覚を利用しているそうです」
「そうですか、五人組ヒーローもののお約束の場面になるかもしれませんねえ」
「お約束といえば、今撮影中の作品の脚本をみているのですが、どの作品にも黒色の役が登場しますね」
「黒の役はやはり、忍者の代名詞ですから外すわけにはいかないというのでしょう」
「お約束というのであれば、五忍ジャーが上映されるようになってから和食レストランの客が増えたという声があがっています」
「ほう、あれですか、みんなチップを払うのが実は嫌だったというのですか」
「それはみんな同意するでしょう。和食のレストランでチップをいただいていた店側も上映後、仲居の給与を引き上げてチップフリーを謳うようになりました」
「それも客が増えれば割が合うという店主の判断ですな。これで全米のレストランに広がってくれればいいのにというのが最大多数の意見だろうな」
「どうでしょうか、チップは給仕のサービスに満足したら渡すものですから。移民などが多い店では物書きができない肉体労働者が多数勤務しています」
「確かに、こちらが注文をした後に間違った料理が多数運ばれた経験は誰も経験しています。そんな苦い経験をした時は、当然チップを出しません」
「今度来るまでにきちんと給仕をしろという圧力をかけるためにもチップはあるわけですよ」
「なるほど、チップの良い面は誰も否定できないわけで。うーん、我々がよくいく料理屋では良く教育の行き届いた給仕だとそんなことは少ないのですが」
「仲居は、そのへん良く教育の行きとどいたものが多いですねえ」
「これは、基本給が多い方が給仕のスキルが高く、少ない場合ミスが多いと結論付けてはいかがでしょう」
「なるほど、結局、店の選択をする我々の見識が問われるというのですか」
「和食のレストランで客が増えたのはそれだけではないそうですよ。皆さんは誰に誘われて和食レストランに行きましたか」
「孫だ」
「私の末息子から」
「私は娘にねだられて」
「共通点は、子供から誘われたというものです。子供は和食レストランに夢をみにいくのですよ」
「料理を食べて夢心地になるというやつですか」
「そうではありません。『ねえねえ、この料理を作った人、忍者じゃないの?』と質問をするために和食レストランにいくそうですよ」
「そういえば、お気に入りの仲居を私の孫が視線で追いかけていたがあれは色づいたのではなかったのか」
「その場にいないものはどうこう言えませんが、宇宙人と戦っているヒーローがこの和食レストランにいるかもしれないとわくわく感を味わいに行くそうですよ。その質問をされた仲居の答えは決まっているそうです『シー、君が見つけた真実を私は肯定も否定もしない。でも、ここを宇宙人に見つけられるとヒーローが殺される。そんなことは嫌でしょう。だからそれは君一人で秘密にしなきゃあならないことなんだよ』といわれるそうですよ」
「うーん、見事な教育だな。それならば基本給が高くないと仲居は務まらんな」
「見事ななじみ客をつくる手段だな」
「子供の夢を守るのもヒーローの役目か」
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