仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第282話
1930年(昭和4年)二月三日
ペンシルバニア大学大講義室
「これより、宇宙工学博士のコリンスキー博士をお迎えして宇宙に関する質問を受け付けます。質問のある方、挙手をお願いします」
「はい、最初に質問させていただきます。映画で宇宙船のイメージといえば、蒸気機関車の編成という形で広がっていますが、その考え方は技術的に正しいのでしょうか」
「宇宙船に必要なものといえば、無重力空間で必要な推進力に機内の空気が漏れない密封構造、大気圏における千度に耐える耐熱構造など、一定の条件を満たしていれば、形にこだわりはありません」
「では、蒸気機関車型でもかまわないと」
「そもそも、地球の重力に打ち勝って宇宙に飛び立つ条件を第一の条件といたしますと必要な推進力は、第二宇宙速度とよばれるもので、秒速11.2キロメートルを必要とします。これを越える速度を出しますと、地球から火星に飛び立つことができます」
「では、水平に飛び立つ列車型は不利なのでしょうか」
「それは垂直に発射する方式と比較しましょうか。そもそもどちらが有利かといえば、初速は、地球の自転によって決まっています。わかりやすいように宇宙船の発射位置を赤道上にします。そして赤道面一周は、四万キロ、地球はこれを二十四時間で一周しますから、時速に換算すると、時速1667キロメートル、秒速463メートルで水平方向に進んでいるわけですから、水平打ちだろうと、垂直打ちだろうと地球脱出速度には影響はありません。ただし、しいていうならば水平打ちは、第一宇宙速度に達するまで地表にある人的物理的被害が大きくなる可能性があります。なんせ、加速するまで地表をはって進むわけですから」
「なるほど、宇宙人でもなければ殺人を犯すわけにはいきませんから、仰角を与えて空中に飛び立つのが正しいんですね」
「はい、垂直打ちでも結局、初速は地球の自転速度次第ということになりますから」
「では次の質問の方、どうぞ」
「はい、反重力装置というのは科学でできるのでしょうか」
「難しい質問ですねえ。反重力というのはこの場合、燃料とかプロペラ推進とか、目に見える形で推進力を得ていないものだと仮定します。この仮定でしたら、いくつか候補があります。」
「地球上にみえるものですと、磁力、電磁力、それに引力の三つでしょうか」
「最後の引力は、反重力の対となる言葉ですよね。それが入っている理由は何でしょう」
「実は、磁力と電磁力は正と負があるのはおわかりだと思います」
「はい。電磁力は、プラスとプラスで反発しますし、磁力はN極とN極で反発します」
「はい、反重力というのは、いまだに未発見という意見があれば反論は出来ません。なんせ、科学は発見の歴史でもあるわけです。十七世紀の人であれば、反発する力は磁力しか知らないわけで、電磁力は未発見だったわけです」
「つまり、未発見だという証明は出来ないわけですから、反重力もそのうち発見されるかもしれないというわけですか」
「それが科学の歴史といっても間違いではありません」
「では、反重力装置は存在すると」
「それは、わかりません。科学進歩次第です」
「では、反重力装置はあくまで反重力装置だとおっしゃるのですか」
「いえ、科学者はたいていひねくれ者ばかりです。与えられた命題で、目的を達成するようにしようとするのが使命と言われれば、それを達成するように科学知識を組み立ててゆくのが科学者というものです」
「では、反重力は科学で証明できると」
「理論で組み立てるとすれば、地球は地磁気があります」
「はい、磁石が北を示すのがその証拠です」
「つまり地球は、巨大な磁石です。そして磁石を強力にする方法が見つかっています」
「電磁石ですね」
「そうです。電磁力は、コイルの薪数を増やせば磁力が大きくなりますし、電流をあげればその分だけ磁力が増します。もちろん、材料を改良しても同様の効果が出ます」
「では、電磁石を改良すれば地球の磁力と相反発できるだけの力をできると」
「不可能ではありません。ただしそのためには、兆単位の電流を必要とするでしょう」
「では、現状では無理だといわれるのですか」
「はい、そのために映画の中では反重力装置を起動させるためにどのような前提をしていましたか」
「確か、未知のエネルギーである核融合装置を起動させていました」
「それは正確ではありません。未知のエネルギーは観測すら出来ていないのですが、かの核融合エネルギーは観測することができていますから、正確には既知のものであるが、それを科学者は再現できないというだけの話です」
「ちなみにその条件とは?」
「核融合エネルギーは太陽内部でおこっています。ですからその条件は、太陽中心部の状態を再現するだけでいいのです」
「ちなみに太陽中心部は熱そうですが、その温度は?」
「千五百万度、二千五百億気圧です」
「さらりと言われましたが、そのようなことが再現できるのでしょうか」
「今は出来ないといっておきましょう。逆にいえば、大気圏温度が千度ほど。千五百万度を再現できるのなら、大気圏突破などお茶の子さいさいとできるでしょう」
「なるほど、核融合こそ、蒸気機関車型宇宙船の肝だというのですね」
「そうです。その前提条件の難しさを我々がどう表現したものかといえば、宇宙船は二十世紀中にできそうですが、核融合は二十二世紀になっても不可能かもしれません」
「ちなみに科学者が予想する宇宙船はどういった形になるのでしょうか」
「第一宇宙速度を達成するならば、砲弾型。第二宇宙速度を達成するのならば、ペンシル型でしょう」
「なるほど、そのための会場だったわけですね。ようこそ、ペンシルバニアに」
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