仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第283話
1930年(昭和4年)六月十五日
赤い城 通用門
「露西亜に足りないもの、皇太子孫、ぐらいか」
「アレクセイ皇太子の方に原因か、それともその逆か?」
「さあ、案外、双方の相性が悪いとか」
「うーん、二十六歳の皇太子とその皇太子妃か。で、皇太子孫ができない場合、どういう結果に」
「四姉妹のうち、長女オリガ皇女の嫡子タートンが順当にいけば皇太子の椅子がまわってくるだろ」
「そうだな、実質、四姉妹のタクトを取るのが皇太子殿下はうまい」
「そして、四姉妹の伴侶がそれぞれ、蔵相、商工相、外相、内務相を担当しているわけだがそれぞれあらがない」
「それは当然だな。学生時代の同期だぞ、馬が合いつつ、なおかつ優秀でなければ皇太子一家のお目にかなわかっただろう」
「ということは、無理に皇太子孫が生まれなくとも問題ないのか」
「完全にないとは言わんが、先の大戦で獲得した領土が有効に使えているうちは大丈夫だろ」
「あれは、露西亜帝国人の心をがっぽりと獲得したな」
「北の露西亜で取れない野菜と果物ができる」
「なおかつ、眼前に広がる地中海と黒海。その分岐となるボスポラス海峡、ああその海峡を下っていく船がみえる丘に別荘を建てたいというのが露西亜人の夢だな」
「現状、ロマノフ朝の直轄地に指定されている」
「現地民は、別荘の管理人か、畑仕事を中心に仕事が割り振ってある」
「その表現は少し違う」
「そうだぞ、畑を管理しているのがトルコ人というのは正しい表現ではない」
「オスマントルコに迫害されていたクルド人を新トルコ領と露西亜領イスタンブールとの緩衝地帯に住まわせている」
「つまり、トルコ人はいないと?」
「いることはいるが、主人が露西亜人で、その土地の管理人がクルド人、トルコ人はその配下という構図」
「しかも、緩衝地帯の人口比はクルド人とトルコ人の比率は二対一」
「それでも仕事があるためトルコ人もトルコの首都があるアンカラに戻ろうとしない」
「つまり、トルコ人がイスタンブールを取り返そうとしたら、第一の関門はクルド人ということか」
「第一の関門がクルド人なら、第二の関門は港湾に配備された露西亜海軍の砲台」
「そして最後の手段は、日本が掘ったトンネルを利用してヨーロッパ側のイスタンブールに避難し、露西亜からの援軍を待つとする三段構え」
「そして、温暖な地中海領土に侵攻してきた敵に対する露西亜人の怒りはすさまじいものがある」
「その時は、仲の悪いはずの陸軍と海軍が一致団結してトルコの後方に住むアラブ領から山岳民族クルド人を引き込んで一気呵成にトルコが滅亡するまで攻めまくるときた」
「露西亜はえる物はたいしてないんだが、国をもたないクルド人にトルコ領をくれてやるのは、安全保障上、大いなる盾として有効利用できるな」
「つまり、トルコの反撃はほぼない?」
「独逸次第だろうな。独逸がヨーロッパ側のイスタンブールを攻め込んだ場合、トルコはアジア側のイスタンブールを目指して攻めこんで来るだろうな」
「どうすんだ。せっかくの不凍港どころか、露西亜人のオアシス、地中海の避寒地がまた独逸に占領されるのか」
「それはないと断言する」
「ほう、よい作戦があるんだな」
「それは、今まで言っていたことの逆をやるんだが、その必要はないと思うぞ。まずは、欧州イスタンブールから撤退して、アジアイスタンブールに避難」
「それで十分なのか」
「あわてるな。独逸方面からの攻めをかわす策はなっている。忘れちゃいけないのが、地中海は、露仏伊の箱庭だということだ」
「ほう、伊太利と仏蘭西からの援軍で追い返すのか」
「正確にはその必要もない。独逸が攻めてきたら、露西亜海軍のみならず、伊太利と仏蘭西海軍の砲台を独逸軍に向けるのさ」
「そうか、それなら、戦艦の射程二十キロ圏内に独逸は接近して来れないということだな」
「そして、東欧の黒海沿岸国家もまた独逸にはつかないと断言できる」
「どうしてそんな大言が沸いてくる」
「それはだな、ポスポラス海峡を押さえた者は、黒海沿岸から海路で輸出する国家の運命を握ることができるのさ」
「なるほどな、露西亜に逆らえばポスポラス海峡を封鎖してお前の国の輸出入をとめちゃうぞという脅しはマフィアの脅しどころか、国家転覆につながる脅しだな」
「そう、それはオスマントルコがやってきた脅迫の二番煎じだが、それほどの威力ある脅しは、そうそうあるもんじゃない」
「東欧に対する脅しができる上なおかつ、パリにつながる国際路線に東欧の輸出品目を載せてやる飴も与える国家、それが我が国、露西亜」
「だとしたら、今の状態もそう悪くないか」
「いや、むしろ飴と鞭をほとんど金を使わずにできる地点で、ロマノフ朝史上最強かもしれん」
「露西亜貴族の忠誠心を地中海直轄地で獲得した地点で、貴族がおとなしくなってしまったからな」
「それと、四姉妹と皇太子の誰かについていれば安心できるのも貴族としては楽かもしれん」
「願わくは、俺も地中海避寒地にいきてえ」
「皇太子のお伴でもいいからよう」
「うーん、相当倍率が高いことは言っておく」
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