仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第284話
1930年(昭和4年)九月二十二日
赤い城 皇太子妃の間
「妹よ、モスクワでの生活にもなれたか」
「はい、お兄様、故郷の北欧からモスクワに留学していたくらいですもの。モスクワ暮らしの方が、故郷での暮らしより長くなってしまいましたわ」
「そういえばそうか、モスクワ大学付属学校で学んでいるうち、よもや、我が子爵家がロマノフ朝に輿入れするような事態になるとはいやはや、あの時は度肝を抜かれたものだ」
「それは私も不思議に思ったものです。確かに我が子爵家は北欧の貧乏一家、使用人が満足にいないような家に生まれて、今の地位を手にできたのか、いまだにわかりません」
「確かに、我が家は貧乏だった。そして、そのためにお前は幼いうちから家事一般が人一倍できた。そして、我が国の露西亜留学枠に入れるほど、頭もよかったが、やっぱりあれか。料理に一過言をもっていたからな。どうもすれば、あのようなヨーグルト料理ができたのか、我が子爵家始まって以来の謎だったぞ」
「あら、ヨーグルトほど料理に相性がいい材料はありませんわ。ほんの少し、ブルーベリーを落とせばそれは、白に綺麗な青が散らばって幾何学模様を伴った一枚の絵画になるだけの話」
「で、留学経験は生きたか」
「上には上がいると感じさせられた学生時代かな。色の色彩は、奥が深かったわ」
「で、妹よ。それなら、お前は何色まで使いこなせるようになった?」
「二十四色までは区別つくようになった」
「それで十分だろう」
「でもでも、トルコから入ってくる野菜の数々。トマト、ナス、オリーブ、大豆等を使いこなせるようになるまでまだまだかな」
「まだまだ、料理熱は冷めんか」
「うーん、私の夫である皇太子の方がもっと高みにいるけどね」
「では、言いにくいのだが、料理にのめり込んでいるから皇太子孫ができんのか」
「やることはやっている。けど、どうもこればっかりは料理のように自分の思い通りにならない」
「皇太子が悪いのか。それともお前に理由があるのか、どっちだ」
「私はどうこう言える立場にいないけど、古株の使用人になればなるほど、現状で満足しているみたいよ」
「して、その理由は?」
「幼少のころを知っている使用人に言わせれば、毎日、学校に欠かさず通えるようになることさえ、奇跡だと思っていたようで」
「確かに、幼少時の殿下の情報は極めて少なくて四姉妹の方が多かったな」
「というわけで、殿下の体を健康に保っているのは、料理に秘訣があるようで、料理研究は一生続く見込み」
「なるほど、そのへんにあるのかもしれん。貧乏子爵家から皇太子妃が出た理由は」
「はい、その点は十分考えました。私が料理の上手なことに加え、北欧の対して政治力のない一家に生まれている点が病弱だった皇太子には都合がよいと」
「一言でいうと、殿下は精力よりも自分の体力維持に回されるように体ができていると理解しているのかもしれん」
「はい、殿下はそこまで考慮しての行動とも考えられます」
「だが、離婚は回避してくれよ」
「今のところそのようなことはあり得ないかと」
「実はだな、露西亜が軍事大国であることを我が国、いや我が子爵領に見せつける行動をここ二、三年おこしている」
「それは、戦艦による艦砲外交ですか」
「いや違う、我が子爵領は冬季、船舶が出入りできない凍結港だということは今だに変わりない」
「そうですねえ。不凍港であればどのくらい有利なことか」
「それがだな、ここ最近露西亜海軍が軍事行動だと称して氷砕船を我が子爵領にまで繰り出し、凍結期間を二カ月ほど短縮させている」
「つまり、私への配慮から子爵領が豊かになるようにしてくれていると」
「まあ、そうだな。だが、そのようなことができるのは石油大国である露西亜だからだろう」
「なるほど。私が例え独逸帝国に嫁いだところで、原油を輸入している独逸では氷砕船による多大な原油消費などしてくれそうにありませんから」
「そういうわけだ。とりあえず、妹のおかげで我が子爵領は大いに恩恵を被っている」
「わかりました。では、私も殿下の提案を受けないとならないでしょう」
「ほう、噂になっているあれか、皇族のタートンをとりあえず皇太子孫に指名するという」
「いえ、あれはほぼ決着しています。どうやら養子に取るという点で話は進んでいます。今、私に降りかかっているのは、昔、四姉妹で若草物語の映画を作ったのだから、今度は私をリーダーにさらに四姉妹を交えて五忍ジャーを上映しようという計画が進んでいまして」
「それは、殺陣ができなくては駄目ではないのか」
「それは大丈夫ですよ。忍者戦隊に変身後はアクション担当の俳優に任せればよいので演技さえできれば大丈夫です」
「なるほど、では殿下は映画に出演はないか」
「いえ、司令官として出たいそうですよ」
「ま、お前たちの中は良いのだろう。それが確認できれば今日のところは十分だ」
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