仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第286話
1931年(昭和5年)二月十四日
英吉利外務省第六課
「海軍がドンパチしたがっている」
「前提条件がそろっていない。第一、石油はどこから調達するんだ。あくまで中立を維持しそうな亜米利加か?」
「後五年は、無理だろ。パナマ運河を手に入れるまで、仏蘭西側に最低限友好的中立を維持するからな」
「いや、欧州で六カ国が戦争を始めた場合、いつ何時、メキシコで操業している英独所有の油井を接収してくるかわからん」
「つまり、欧州が戦争中、干渉をできないのをいいことに中米を支配下に置くか。実に合理的だ」
「ただ、そのために英独の戦争継続能力は大いに制限されるが」
「そこをわかりやすく諭したんだが、どうにもこうにもまた海軍の連中が押し掛けてきそうだ」
「英吉利が最後に戦争をしたのはいつだったか?」
「清を相手にしたアロー戦争あたりか」
「とすれば、戦争経験のある武官がいない」
「つまり、あおり役はいても抑える立場の者がいないと」
「それだけではない。戦争経験は大事だ。戦争を経験してこそ、古兵といわれるくらいだからな」
「要するに、戦争経験のある国家からしてみれば兵力が互角ならば大英帝国海軍はいい鴨だと」
「海軍はまだいい。戦艦に乗っている限り、敵前逃亡というのはないし生き残るには打ちまくるだけだからな」
「問題は陸軍だな。独逸は、仏蘭西との三度目の決戦となれば、大英帝国が相手をするのは露西亜となる」
「冬将軍対策が必要だな。独逸領からの補給線も確保しなければならん」
「いろいろ課題が満載だ。実はだな、今日の会合は石油の確保を図るために君たちの応援を得ようとしたんだが、その話はしない方がいいか」
「いえ、軍関係者は英吉利の戦争選択権を振りかざすためにもぜひ必要なことだといえます。燃料の確保は、英吉利の将来を切り開くために絶対必要なことだと」
「そうまでいうのならば言おう。手順として、欧州連盟のホスト役であることを利用する」
「それはかまいませんが、どこからか反対は起こりませんか」
「これは現在、中立を維持している亜米利加を抑制するためにもぜひ必要なことだといいたい。欧州連盟として、加盟国が中立を宣言した場合、最大限尊重し、それを妨害する場合、武力行使も辞さないものだという声明文を出す」
「これは反対意見が起きないでしょう」
「あるとすれば、伊太利がアフリカに見せている色気ぐらいですねえ。東アフリカに攻勢をかけるかもしれません」
「それは、欧州連盟の加盟国家ではないからそれに介入するのは難しいが、この声明文により中立をかかげる国家はどれくらいいるかね」
「欧州連盟の常任理事国以外全てがこの声明に賛成し、戦争の際には中立を維持しようとする可能性が一番高いかと」
「そうだ、亜米利加も中立をかかげる以上、中立国家の尊重を欧州連盟で保護しようとする限り、中立国家である亜米利加がメキシコにある英独の油井に手を出すのは国内世論の反対を押し切らねばならんから、かなり難易度をあげることができる」
「なるほど、亜米利加への牽制としてはこれ以上のものはないかもしれません」
「おっと忘れては困る。英吉利の名声をあげるのも亜米利加への牽制も副作用だ。真の狙いは、阿蘭陀にあり」
「なるほど、欧州連盟の常任理事国である大英帝国、独逸、仏蘭西に囲まれた阿蘭陀はこの声明に二つ返事でのってくるでしょうね」
「先の欧州戦争でもオランダは中立を維持しました。次なる戦争でもできれば中立を維持する方針でしょう」
「で、これからが本題だ。英吉利になくて阿蘭陀にあるものといえば何だ?」
「欧州大陸国家であること」
「今回は重要ではない」
「植民地ですね」
「そうだ。インドネシアは、世界第三位ともいえる石油のとれる植民地だ」
「なるほど、阿蘭陀船籍の船ならば阿蘭陀にまで原油を輸送して来れる」
「その原油を英独が買い付けてロンドンまで海上輸送しても仏蘭西の横やりは入らない」
「よし、これで戦力物資のめどはついたな」
「しかし、我々が研究している秘密兵器一つでは古参兵のいない大英帝国の勝利は難しいかもしれない」
「では、どうでしょう。ここは露西亜の成功例に倣ってはいかがでしょう」
「露西亜といえば、大学の敷地内で学問の自由を認めるというやつか」
「ええ、今露西亜で政治を動かしている連中は、大学で露西亜王室から目をつけられ、皇族に仕立てた連中です」
「それに大英帝国も倣えと?」
「いえ、独逸にやらせましょう。独逸国内にいるユダヤ人の頭脳を戦略兵器開発にやつだてるのです」
「なるほど、大学に在籍いる間は、大学の自治だとしてユダヤ人の人権を認めるのだな」
「ええ、大学の居心地をいいものにして、ユダヤ人に戦略兵器開発に従事させるのです。必死になって大学にしがみつくようにしたて、大発明をさせるのです」
「そうとなれば、独逸に話をもっていこうではないか。我々の懐は少しも痛まないしな」
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