仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第287話
1931年(昭和5年)六月三十日
欧州連盟
連盟加盟国の中立化宣言を最大限遵守する声明を出す。武力行使も辞さず
ベルリン大学工学部情報学科
「さて、ここ最近の世界情勢の分析といこう。初題は、欧州連盟の役割だ」
「欧州連盟は、案外長持ちするかもしれません」
「ほう、その根拠は?」
「理由は二つあります。一つは、勢力が均衡しているせいです」
「なるほど、常任理事国として、独英墺対仏露伊の均衡はそれなりに釣り合っているからな」
「問題は、これから均衡が崩れるのではないかという点です。今まで双方の領土から出土する資源にそう違いはありませんでしたが、不毛だったはずの中近東でここ十年、原油があちこちから噴き出しています。産油国である仏露と消費国である独英墺とでは、自国の通貨高と通貨安を招き、自国に必要な製品を輸入する時、その差は大きくなるかと」
「一概には言えないのではないでしょうか。通貨安になれば輸出に有利になります。同じ性能ならば、通貨安の方が選ばれますからそう簡単に通貨水準が一方に振れるということはないのではないでしょうか」
「それもありえるでしょうが、原油は燃料に消費されるのですから、自国で製造した製品を自動車で駅に運び、電車で港に輸送し積み直されて、タンカーで輸出される場合、間接費にあたるガソリン代、電力費、ディーゼル機関を動かす製造原価を低減する方向に使えば、自国通貨高と製品競争力の両立を果たすことができます」
「なるほど、独英墺は追い込まれているというのですね」
「それに対する反論として、中立化の順守が出てきたのだと思われます。戦略物資である石油を輸入差し止めになればその地点で独英墺は戦争継続能力を奪われます。しかし、阿蘭陀を中立にしておけば、石油の確保に困ることはありません」
「なるほど、インドネシアの原油は軽質油でガソリンに精製するのに困らない」
「はい。欧州連盟が長持ちする要因その二はまさにそれです。中立を宣言する国家を連盟で保護するといっているのです。これは、戦争の拡散を防止する点で、今世紀最良の宣言だといえます」
「なるほど、このようなすばらしい宣言ができる欧州連盟は後世にわたり、生き続けるといいたいわけですね」
「ですが、やはり、中立化を順守する宣言は、この両者の均衡を崩す宣言だと私はいいます」
「それは、将来的に独英が経済戦争で負けるといいたいのですか」
「いえ、それまでに二十年以上余裕はあるでしょう。少なくとも独逸の世界で初めて窒素固定を成し遂げた科学力に、七つの海を支配する英国が組んでいるのですから早々負けることはないでしょう」
「では、争点はどこに?」
「中立国家を尊重する宣言をした以上、中立国家に戦争を仕掛けて国家は、世界中から袋叩きにあう。しかし、それに乗じる国家もいます」
「ええ、欧州連盟加盟国であれば大半の国家は中立をかかげるかと」
「自分は、欧州がユーラシア大陸の西方に位置することを重視したいと思います。中立国から原料と製品を調達するのは両陣営で差はありません。しかし、ユーラシア大陸は東方を露西亜と日本が接しています」
「うーむ、仏は日本を中立国家にするでしょうねえ」
「ええ、その利点の一つは英吉利の東洋艦隊をシンガポールに釘づけすることができます」
「当然、私もその策を取ります。東洋艦隊がウラジオストークを攻めてきたのであれば、日本の艦隊を露西亜が買い付けて、極東艦隊と日本の連合艦隊でたたきにくるでしょう」
「この戦力比では、東洋艦隊に勝ち目はありません」
「なるほど、日本は東洋艦隊の大いなる押さえとなるのですね。中立のまま」
「それだけではありません。独逸は飛行機の発達した現在、一国全てが空爆圏内です」
「それは、仏蘭西も当てはまるので同等では?」
「では、欧州と亜細亜の境界線であるウラル山地以東はどうでしょう」
「大した工業力がないので問題ないのでは」
「ウラル山地以東が安全な後背地であることは認めていただけたでしょう。大した工業力がないというのは早計です」
「豊富な林業、石炭、ダイヤモンドが産出するのは認めますがそれだけではないでしょうか」
「工業力がないから安心するのは短慮というものです。工業原料を日本に輸出し、日本で加工した戦力を露西亜に送り返せば、世界一の後背地ができてしまいます」
「なるほど、世界で戦艦を建造する八大国の一つ、日本が一国、一億人がそのまま後背地になれば工業生産能力がケタ違いに跳ね上がりますね」
「ですから、次期戦争では中立宣言をした日本がカギを握っていると私は主張します」
「なるほど、紙の道は戦争勝利の最短切符になったのですね」
「では、独英が取る方針は」
「日本が介入しない短期決戦」
「露西亜の領土を考えると無理です」
「独英で仏蘭西を挟撃」
「伊太利から援軍がやってくるでしょうから、厳しいかと」
「やはり、科学技術で戦略的な勝利を引き出す」
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