仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第288話

 1931年(昭和5年)九月十四日

 英吉利外務省外事課

 「それでは、この先、仏露との戦争をする際、大いに障害となりえる日本について研究結果を発表させていただきます。資料は昨年の数値を使わせていただきました」

 鉱業部門

 石炭生産量

 一位 亜米利加 一億トン/年 二位 日本 三千万トン

 原油

 一位 亜米利加 二百五十万バレル/日 十位 日本 十万バレル

 鉄鉱石

 一位 亜米利加 圏外 日本

 ボーキサイト

 一位 亜米利加 圏外 日本

 工業部門

 自動車

 一位 亜米利加 二十二万台 十位 日本 五千台

 銑鉄

 一位 亜米利加 五千万トン 八位 日本 五百万トン

 工業力生産高/GDP/世界合計

 一位 亜米利加 35% 六位 日本 4%

 「悪いが、原油生産の二番と三番をあげてくれるか」

 「はい。メキシコが内乱状態にありましたので、原油生産二位は露西亜。三位はベネズエラとなっています」

 「ふむ、インドネシアはどうかね?」

 「ルーマニアに次ぐ世界五位ですね」

 「工業生産力の順位を上記以外で並べてくれ」

 「はい、二位露西亜 14%。三位独逸 11%。四位英吉利 9%。五位仏蘭西 5%。七位伊太利と墺太利 3%。となっています」

 「亜米利加という国はヨーロッパが結集してかかってもようやく並ぶだけか」

 「だな、工業力の合計だと欧州連盟六常任理事国の合計で、43%だ」

 「ともすれば、欧州を同盟国で勝利してやっと、亜米利加に並ぶことになるのか」

 「これは、七つの海を支配している英吉利と世間が信じている以上、工業生産高比なんか、国民に知られないようにせなならんな」

 「そして、亜米利加に目がいっているようですが、世界二位は露西亜ですよ。英吉利と独逸を足して、露西亜と仏蘭西の合計値と並ぶ」

 「露西亜の有利な点は、亜米利加もだが、領地が広く工業生産に必要な資源がわんさか出てくることだ。我々英吉利とて、石油の確保に奔走しているような心配のない国家が戦争相手だと、戦争継続能力で苦しいな」

 「それ以上に問題は、露西亜相手に海軍が役に立たないことだ。戦車と飛行機、それと耐寒仕様」

 「今から戦争の準備して間に合うのかわからんくらいだな」

 「海軍の拡張はなしだ」

 「海軍は、戦力半減でかまわん」

 「まあ、露西亜相手に苦戦するのは十分承知しているさ。で、日本のどこが怖いのかね。資料ではわからんね」

 「あえて言えば、世界二位の石炭生産量くらいだが、そんなに良質炭田が多かったか」

 「英吉利より多いようだが、我が国は産業革命発祥の国だからな。英吉利に良質炭田が少なくなっているのは事実だが」

 「いえ、露天掘りができる炭田は少ないようです。あえて言えば、地下で採掘していてなおかつ生産量が多いのは、それだけの労働力を投入しているせいです」

 「ほう、採掘技術は高いのか?」

 「黄金の国ジパングと言われた国です。佐渡と石見の金銀鉱山を三百年掘り続ける技能はあります」

 「なるほど、伝統の採掘能力を石炭掘りに使っているのだな」

 「はい。これから導ける日本脅威論の根拠の一つは、労働力が極めて良質です。朝から晩まで働いても労働者はそれを当然とみなしています」

 「で、統治体制はどうなっているかね」

 「封建制です」

 「それで良質な労働力か。おい、日本人を英吉利のために働かせることは出来んのか?」

 「無理でしょうね。日本は、三百年に渡って天下泰平を享受し、戦争をその間一切してきませんでした。その日本にいち早く接近した仏蘭西と強固な同盟関係を築いています。スエズ運河とパナマ運河を黙々と築き上げる不屈の精神力は、戦争では前進しかしない兵士となるでしょうから、ぜひとも欲しいですが」

 「彼らの言葉でいえば、一所懸命というやつですよ。一つのところにしがみついてでも最善を尽くすという西洋風にいえば騎士道みたいなものです」

 「なるほど、日本は後方支援に特化してもそれなりなものをつくってくるだろう」

 「はい、戦艦をわずか四十年で建造できるようになるほど、科学力も評価できます」

 「しかし、日本には徳に秀でた物はないようだが」

 「重化学工業分野ではそうですが、日本は職人芸というものがあります。印刷分野では他国の追随を許しません。また印刷技術から派生した木材加工も世界を引っ張っていまして、すり合わせができる個々の職人技能もいくつかの分野で応用されています。そのため、すり合わせ技術を用いた精密技術は時に世界最先端となる発明品を生み出します」

 「すり合わせ技術ねえ。悪くいえば、工業規格が工場ごとに違うのだろ。大量生産に向かない技能だな。英吉利の敵ではあるまい」

 「そう言われればそうなります。ただ、英吉利の人口のざっと二倍の人間が後方支援に特化するのですから、露西亜に攻め込むということは後方に英吉利二国分の支援国家があるということを忘れずに」

 「この状況下で、国土焦土作戦を露西亜がおこなうと英吉利の戦端が伸び切ってしまうが、露西亜は補給を英吉利の二倍の国民がいる日本に頼って楽々と戦争継続をおこないそうだな」

 「うーむ、露西亜を独逸にまかせて仏蘭西を相手にしたいくらいだ」

 「それは、独逸が許しません。両国は不倶戴天の仲です。今度こそ決着をつけるのだと国民感情がほとばしっていますから」

 

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