仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第289話
1931年(昭和5年)十二月十二日
ニューヨーク市庁舎市長室
「さて、産業振興にふさわしい政策はありますか」
「西部開拓史の歴史そのものを体現したボディ」
「その力強さは、父性そのもの」
「日曜大工の延長で修理して使う修理好きの国民性に合致」
「ちなみに、国内で初代のものは、百年前のものが現存」
「リサ=リー市長の前々人であったシバ=リー市長よりも現存している物はそれ以前に製造されたものもあります」
「けれど、それはニューヨークむきでないでしょ」
「はい、地下鉄社会では地下に入れることができません」
「あくまで、野性味あふれる大陸中央部向きです」
「第一、 ニューヨークでは残存するものがないでしょ」
「確かにアパラチア山地までいけば、燃料の確保が容易でなおかつ空いた土地に放置されていたものが多数残っていました」
「それをニューヨークでレースをするとなるとロマンがありますが、レース会場付近の住民からの苦情を考えると開催に踏み切れませんね」
「ええ、経済効果は素晴らしいものがあるんですよ、実際関連業界では株価が天井知らずのようにあがっています」
「モクモクと煙をまき散らすのは力強さの象徴ですが、大都会では外壁と洗濯ものが真っ黒になるとして、長短所入り混じってますから」
「やっぱり、広い土地があって人がまばらなテキサス州向けね」
「いえ、今は上り坂のある土地を確保するのは、ロッキー山脈沿いが有利でして、冬場はテキサス州で、気温が上昇するに従って、亜米利加を北上、夏季はリゾート地であるソルトレイクシティで大会が開催されています」
「夏休みに開催されるのですから、親子連れで盛り上がりますからね」
「ええ、親子部門は大会の華ですよ」
「そして、鉄道会社の隅に放置されていた中古蒸気機関車が瞬く間に値上がりしたんで、鉄道会社は、一気に鉄道を新しい物に交換しているそうですよ」
「それでも、中古蒸気機関車が足りないのが現状らしいですよ」
「火付け役となったゴレンジャーも蒸気機関車レースが社会現象になるとは考えてなかったでしょう」
「おかげで、今でも大人気ですよ。蒸気機関車人気のおかげで映画の興行も順調ですよ」
「鉄道会社も株価上昇、運賃収入アップ、蒸気機関車による観光列車の運行、お荷物だった錆びた蒸気機関車が高値で売り払われたことで、キャッシュを豊富に抱えることができました」
「大陸横断鉄道ブームが去って斜陽だった鉄道会社にもう一度日があたりましたか」
「ええ、鉄道会社にゴレンジャー企画を持ち込んだ脚本家は、鉄道会社の復興立役者として講演依頼がきりもないとか」
「ブームのきっかけはわかったけど、人気の理由は?」
「世界一大きな趣味でないでしょうか。もちろん地上部限定ですけど」
「レースのバランスにありでは?車輪の選択、動輪一つとっても先輪、従輪と多彩ですし」
「スピードが出せるだけでは駄目、坂道をパワフルに登坂する力強さが亜米利加らしさの象徴でしょう」
「そうですよ、力強さを引き立てるために、貨車が四両ついてくるんですよ。五両編成であることが大事でしょう」
「それに、亜米利加以外で開催するとなったら、どこの国でやるというのですか」
「カナダは、亜米利加の隣国だから除外するとして、メキシコでは無理かしら」
「北米以外無理でしょう」
「そうねえ、亜米利加東部とよく似た欧州だと、人口が密集していて無理よね」
「アジアとアフリカは、レースができるだけの蒸気機関車が集まらないでしょう」
「日本は開催できそうだけど、あの国はクズ鉄があれば溶鉱炉に入れているようだから、資源大国でないと無理ね」
「露西亜は、民間が設置する線路なんて考えられませんし」
「要するに、亜米利加を体現する人気競技なんですよ」
「そうです、亜米利加以外開催できないのも人気の一つですよ」
「そうねえ、自国で鉄鉱石が出て、石炭も豊富、捨てられていた蒸気機関車が多数あったこと、観客も多数集まる賞金レースとなれば、亜米利加しか開催できないわね」
「ええ、第一、亜米利加でないと蒸気機関車の払い下げを買いとれる金持ちは早々いませんよ」
「それに、修理点検に金がかかりますし」
「百年もつ簡単な構造だけど、部品は多くて蒸気漏れはしょっちゅう、錆と戦う覚悟がないと駄目」
「修理するのが好きな亜米利加人でないと蒸気機関車なんて他国の人間だと、時代遅れの一言ですませられますよ」
「でも、ニューヨークが取り残されるのが癪なのよね」
「ニューヨークの金持ちも多数蒸気機関車を購入していますが、保存は大陸中央部にしていますからねえ」
「どうやったら、ニューヨークでレースを開催できるかしら」
「黒煙対策ができないと無理ですねえ」
「いっそ、蒸気機関車であることをあきらめたらどうでしょう。蒸気機関車で動く蒸気船、これなら海上部で黒煙をまき散らすだけですから、苦情もないでしょう」
「それだと、観客はどうやって観戦するんだ」
「観客も蒸気船にのせたらいいでしょう」
「問題は、蒸気船が残っていないことよね」
「蒸気機関車のためにある立地、テキサスがうらやましいわ」
「もしかして、機関士として参加したいのですか?」
「駄目?」
「親子部門なら問題ないでしょう」
「うーん、優勝するためには、小学生の子供がいるわねえ」
「そりゃ、結婚から始めませんと」
「やっぱり、私が参加できるのは十年後よね」
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