仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第290話

 1932年(昭和6年)三月十七日

 ニューヨーク市庁舎市長室

 「さて、改めて蒸気機関車登坂レースの経済効果を計算してくれるかしら」

 「はい、そもそもきっかけは、映画五忍ジャーで人気が出たエンディングで五両編成の蒸気機関車型宇宙船が上り坂を上った地点で、空に飛び出すシーンを観客がぜひやりたいといった要望をあげ、それを実行に移すにはどうするかといった企画が鉄道会社に持ち込まれたのが原点です」

 「そのため、大陸横断鉄道会社は喧々諤々の会議を経た後、自社で錆びさせるだけだった中古蒸気機関車に目をつけました」

 「ほう、時代もディーゼル機関に変わろうという時代、お荷物だった蒸気機関車を売りさばこうという商魂はたくましいな」

 「はい、しかも複数台を一気に売却するとなれば、競争心をあおるのが一番でして、そのため、第一回蒸気機関車登坂レースの開催となりました」

 「参加条件はどういったものだったか」

 「五連連結の蒸気機関車であることだけでした」

 「すさまじくわかりやすい条件だな」

 「第一回と銘打ちましたが、鉄道会社にしてみれば第二回が開催される保証は全くありませんでしたし、できるだけ広く門土を開いたということでしょう」

 「要は、使い古しの蒸気機関車が売れるという結果が残れば万々歳という意図で企画されたものでしたから」

 「で、ふたを開けてみれば、テキサスの荒廃地に観客動員は万を越え、売れた蒸気機関車は、二桁に載りました」

 「確か、第一回は予選と本選の二段階だったな」

 「ええ、公平な登坂競争という立場から、一斉にスタートした蒸気機関車が登坂をするという形を取りましたので、線路を五台分並走させることになりました。そのため、予選を勝ち抜いた五台が本選を競う形を取りました」

 「うーん、観客が熱狂するポイントはどこだろうか」

 「たくましさではないでしょうか。最初は平地走行ですから平地をとばせる機種が有利のなのですが、登坂に入りますとめいいっぱい後ろから亀の歩みだったたくましさあふれる機関車がごぼう抜きに入ります。そのレースをひっくり返す豪快さが受けているのだと」

 「それと、鉄道会社にとっては青天霹靂とおもえる出来事が続きます」

 「レースに負けた機関手も買った機関手もすぐさま、鉄道会社に新機関車を売ってくれときた点です」

 「おいおい、亜米利加の金持ちは桁が違うな」

 「鉄道会社は、蒸気機関車の新車はほとんど検討していなかったことでしたが、客がいれば当然作ります」

 「そして、新設計の機関車を設計するようになったのだな」

 「なりました。二十世紀に入った後、鋼鉄の性能も上がりましたし軽量化の新技術も広まっています。ですから、登坂に特化した、言い換えますと、馬力の強い機関車は、ここ十年のうちに過去未来を通じて最高のものが出てくるという設計師もいます」

 「ほう、未来に渡って最高とは大きくでたな」

 「一度枯れた技術というのもありますし、蒸気機関車はどうしても維持費がかかります。後十年ほどしたら、内燃機関の技術進歩と電気機関車の馬力増大を考慮して蒸気機関車の進歩は振り向かれなくなるのではないかといわれているせいですね」

 「だとしたら、中古機関車と新品の機関車でレースをするのは公平ではないような」

 「新品の機関車が飛ぶように売れたのを目にした鉄道会社はすぐさま第二回レースの開催を宣言すると同時に、中古機関車を使用するレースをクラシックレース、制限のないレースをオープン参加レースと二分しました」

 「二分だけですんだの?」

 「ルールを順守するという気質が亜米利加人にありますか?」

 「ああ、勝つためには何でもアリの風潮は強いわ」

 「オープン参加のがちんこレースは誰もルールが決められないというのは、早計です。亜米利加人はルールの隙間を狙ってきますから」

 「そうだな。私が思いつくだけでも、パーツというパーツを削ることにするな」

 「大丈夫ですよ。オープン参加のレースでは、機関車の改造はたいてい許されています。ですが許されていない規則というものが第二回大会以降ずらずらと出てきます」

 「ほうか、誰か思いつくか」

 「そうですねえ、そ――と火室に火力の強い燃料を投入します」

 「それは、重油?」

 「いえ、それは第二回大会で見られた生易しい、なおかつ微笑ましい火力アップですね」

 「えー、それ以上となると、ダイヤモンドでもくべるの?」

 「だれが、そんなコストパフォーマンスが悪い方法を取りますか。最も簡単に火力をあげる方法は、火室に天然ガスを投入することです」

 「えっ、そんな危険なことをするの」

 「ええ、見つかったのも偶然ですよ。レース後半になって火室につながるバルブを開いて、直接、天然ガスを注入する方法を取った機関士がいます」

 「それは、蒸気機関車といえるのかな。助手が石炭をくべることをやめた地点で、レギュレーション違反でしょう」

 「ええ、だから、仕様燃料は石炭に限ると明記されるようになりました」

 「うは、亜米利加人の人を出し抜く行為はもっと深そうね」

 「ええ、石炭の選別一つをとっても、瀝青炭のどこそこの産地指定で乾燥させねばならないと厳選仕様になりましたし。まあ、みんなが平等ならそれでかまわないのですけど、これからいう行為は、機関車の寿命をほぼレース一回分に縮める行為ばかりですよ」

 「紳士のレースにするのは、相当難航したわけね」

 「はい、だからこそ、中古並びに新品機関車が多数毎年必要になるんですけど」

 

 

 

 

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