仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第291話

 1932年(昭和6年)六月三十日

 亜米利加 デンバー市郊外

 「さあ、今年もやってきました。昨日のオープン参加部門に続き、本日の蒸気機関車登坂レース。クラシック部門のトリを飾るのは、最高の人気を誇る親子部門です。親子のきずなが勝負の鍵でしょうか」

 「このレースの歴史を紐解いてください。どれほど、レギュレーションに振りまわされたことか」

 「ええと、部品は全て、中古規格に合わせないといけないことでしょうか」

 「ええ、それはクラシック部門すべてに当てはまりますけど」

 「ええ、参加基準を押し下げる意味もあり、クラシック部門に参加する機関車の交換部品は、設計段階の重量よりも重くしなければなりません」

 「それはそうですよね。金属加工が進歩したとして、最新の部品を使えば勝利の近道になります」

 「それでは新品の部品を使う金持ちが有利だとして、そのような改造をしたい人にはオープン参加部門にまわっていただいています」

 「なるほど、しかし、苦労はそれだけにとどまりませんよね」

 「もちろんですよ。クラシック部門は長く同じ機関車を使っていただくことを目的にしています」

 「では、レギュレーションを定める上で、一番困難だったことは何でしょう」

 「機関車を長持ちさせる対極にある行為が水にあります」

 「水なんて、会場にいけばどこでも同じではないのではないでしょうか」

 「とある機関手がソルトレイクシティで使用された水を次のシーズンの初戦で使いました。はじめに悪気はなかったのでしょう」

 「で、優勝されたその機関手どこが悪かったのでしょう」

 「ガソリンでいうハイオク仕様だったということです。ただ、水の場合、ハイオク仕様の物は、蒸気機関車の寿命を大幅に縮めます」

 「では、分子の大きさが大きいとか、着火点が高いとかそんな機能があるのですか」

 「単純な話、塩水を使ったので勝ったのですよ」

 「ええと、塩水で勝てるのですか」

 「正確には、沸点上昇という効果を使います。純水は、沸点が百度になるように設定されています」

 「塩水はどうなのですか」

 「モル沸点上昇効果というのは、海水が全て塩化ナトリウムでできているとします。塩化ナトリウムが十パーセント、大まかに変換しますと塩化ナトリウムは、溶媒九百グラムにそれが百g溶けているものとします。この場合、イオン換算のモル濃度は、2×100/59.5/0.9 = 3.73 mol/ kgとなります。これにモル沸点上昇係数を掛けますと、沸点は 100 + 0.521×3.73 = 101.9 / ℃となります」

 「では、ソルトレイク湖の水を使えば、二パーセント沸点が高い蒸気を使っているということですか」

 「ええ、それだけのアドバンテージをひっくり返すのは相当難関になります」

 「では、そのような対策はどうされるのですか」

 「もちろん、決勝戦に残った蒸気機関車には、試験官が入り込み水を採取させています。もちろん、臭気がしても駄目ですよ」

 「え、そんなレギュレーション違反もあるのですか」

 「もちろんです。水の代わりに植物油を詰めたパイプも見つかっています。これは、火災になってくれという行為に等しいですから、決勝戦に参加できません」

 「亜米利加人は、レギュレーションを出し抜くことに命を燃やしますね」

 「そうです、塩混じりの水を使用させるわけにはいきませんから、レース前に採取した水全部蒸発させて、何も残らないことを証明しなければ決勝の幕があかないようにしています」

 「こうして、亜米利加人は最良の瀝青炭を使ったレースになったわけですね」

 「ええ、もちろん、蒸気圧を高めるために漏れる蒸気をふさぐ行為もしてはいけません。この場合、釜が蒸気圧に耐えられないことを危惧しての措置です」

 「では、ここまででクラシックレース全般にわたるレギュレーションの歴史を振り返ってみましたが、親子部門ならではの苦労もあるとか」

 「あります。当初親子部門は、助手を体力ある親世代が務め、経験豊かなシニア層が機関手を務める想定で始まりました」

 「それがいつの間にか、レギュレーションがかわったということですか」

 「正確には、レギュレーション要項が詳細になったというべきでしょう。助手を親世代が主にするのはかわりませんでしたが、機関手は低年齢化が止まりませんでした」

 「ということは、機関手を小学生が務めるようになったことを示すのでしょうか」

 「機関手は、助手ほど体力勝負になりません。しかし、それならば軽量が有利という結論になりました」

 「では、妻の方が有利だということですか」

 「いいえ、もっと体重で有利なのが幼稚園児です」

 「いくらなんでもそれはまずいでしょう」

 「まずいですねえ。いくら一本のレールの上で勝負するといっても、安全に気を配らなければなりません。ですから親子部門限定ルールとして、親子間で一親等離れた関係である。また、最小参加年齢は、小学生であることも規定しまして、ようやく落ち着きました」

 「それ以外の想定外のことは起こりましたか?」

 「ええ、これからおこなわれる決勝レースには、実の親子が二組四人参加している方がいることです」

 「つまり、父娘組と母息子組として、決勝が行われるということですか」

 「ええ、今日の決勝は家族のきずなの力を計る大会となっており、母権と父権の戦いそのものになってるんですよ」

 

 

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