仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第293話

 1932年(昭和6年)十二月十五日

 河口湖湖畔

 「ウィーン、ウーーーーーーーン」

 「フュン、プルプルブーーーーーン」

 「ヒーーーーーン、ルルルルルッル」

 「水上機走行のためといったから、湖畔で飛び立つ実技走行か」

 「基本は出来ていますな。宙返り、エルロンローン」

 「基本はその二つですな。上昇、下降、横回転」

 ((((ドキドキ、ハラハラ)))

 「おー、至近距離からの離陸」

 「離着陸に必要な距離はどの飛行機よりも短いときましたか」

 「初心者にもやさしい機体ですな」

 「そして錆びない機体。ここまではいいことばかりですよ」

 「搭載量、二百キロ。これまた大きいですな」

 「爆撃機としても使えますな」

 「残念ながら、水上機プロトタイプでは二百キロの搭載ができないため、今回はお流れになったのが悔やまれる」

 「水上機ですから、海軍にも配属できますな」

 「島嶼分をたくさん抱えているフィリピンにはおあつらえ向きですよ」

 「うーん、各方面の要望をきいた分、開発は大変ではなかったかね」

 「はい、重量バランスとか開発順序とかそのへんをご考察いただければ」

 「なんと、開発順序だときたか、では次の開発機種はどうなるのかね」

 「もちろん、水上機の次は空港配備の戦闘機と考えています」

 「なるほど、海軍への配慮ができているのですから次は当然、陸軍ときましたか」

 「そうなりますと、機種名もすでにできているようですね」

 「はい、水上機を木星、陸上機を当初の予定通り木戦とする予定です」

 「その口上では、第三、第四の機種も出てきそうだが」

 「はい、爆撃専用の二人乗り、それと爆撃機の一人乗りを輸送機として開発中です」

 「ふむ、この開発構想が第四機種まで続くとなれば、第四の機体をみるまで予算継続を考えなければなりませんな」

 「一応、第四の機体を開発するまでに必要な時間は?」

 「五年は最低限必要かと」

 「五年ときたか、その間に新しいエンジンが出てこないか」

 「二人乗り以降、エンジン出力の上昇分を考慮いたしていますから、エンジン開発と同時進行だとお考えください」

 「なるほど、二人乗りには出力の大きなエンジンが必要か。開発者にとっては当然のことだが、監査人にはそのへんがみえていなかった」

 「こりゃ一本取られましたな。なるほど、開発構想は膨大。開発に要する時間もそれに準じる時間が必要と上に報告しておきますか」

 「設備投資に見合うだけの成果が出てきていると報告書に書いておきますか」

 「報告書に関する部分はそれくらいでいいでしょう」

 「ええ、この木星ですが、一般人の素人が練習を始めて、離着陸を成功させるまで必要な時間はどれくらいですかな」

 「二十時間をみていますが」

 「それはやっぱり短いですかな」

 「少なくとも我が国にある飛行機として最短時間だと自負しています」

 「それは墜落の心配も少ないということかね」

 「もちろんです。軽快な機首操作、揚力を最大限生かした設計。他の機種ではこの二倍の離着陸距離が必要です。その分、初心者にかかる負担は二倍増しです」

 「なるほど、初心者にかかる精神的な負担も少ないときましたか」

 「どうですか、この木星の一般発売は考えていないのですか」

 「残念ながら、軍事秘密が詰まった機種です。圧縮木材を使っていること一つとっても門外に出すことはできません」

 「「「ひそひそ、当然の受け応えだが、なんとかならんか」」」

 「「「俺のところのじゃじゃ馬が飛行機に乗りたいといっているんだが、木星に乗るには軍隊に入るしかないのか」」」

 「「「この木星なら安心できるんだが」」」

 「「「軍事機密と言われれば監査人も引き下がるしかないでしょう」」」

 「だが、じゃじゃ馬の手綱を取るにはこの機種以上のものがあるとは思えんのだが」

 「ええ、つくづく自分で買えないのが残念でならん」

 「しかし、圧縮木材の機種を市場投入は出来ないのは監査人でもわかる」

 「だとしたら我が藩のじゃじゃ馬を落ち着かせるには軍人にするしかないか」

 「そうなったら、それしか選択肢はあるまい」

 「おい、あの監査人はどうしてこれほど木星に執着するんだ」

 「どうやら、飛行機にあこがれている高貴なお姫様あたりをどうにかなだめる手段をお探しのようで」

 「それにぴったりなのがこの木星ということか」

 「上の人たちの考えはわかりませんな」

 「どうやら、開発費用は確保できそうだと、一安心しておきましょう」

 

 

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