仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第294話

 1933年(昭和7年)四月一日

 甲府飛行場飛行研究室

 「諸君喜べ、海軍配備の木星は生産計画に載った。実戦配備だ」

 「所長、おめでとうございます」

 「ふむ、そして、空港配備の木戦の研究費も降りた。これならば、木戦の研究費は潤沢だ。さあ、諸君、予算申請を出したまえ」

 「はい、北方配備を申請したくあります。水上機ができたのであれば雪上機を設計させてください」

 「言わんとすることはわかる。水上機用のスキー板をはかせることができるならば、雪上用のスキーをはかせることができるはずだと」

 「はい、そのとおりです」

 「所長、海軍には貢献できましたが、陸軍には木戦が配備されるまで迷惑をかけることになります。北日本の空港に木星を配備できれば、陸軍からの横やりを回避できるのではないでしょうか」

 「なるほど、均衡を保つ意味で必要な措置と割り切るか」

 「はい、サハリンで快適な夏を過ごすいい理由になるかと」

 「しょうがないな。では、スキー仕様の木星をどう名づけるかだな」

 「それでしたら、木氷でかまわないのではないでしょうか」

 「そうか、次なる目標である木戦に挑めという意味でよかろう。異論があれば、今のうちだぞ」

 「いえ、異論などありませんが、監査役に時速四百五十キロの壁を突っ込まれた場合、どうするつもりだったんですか。あらためてきいてよろしいでしょうか」

 「我々は、最善を尽くした。しかし、四百五十キロの壁を超えることができなかった。しかし、こちらから改めて言うことはない」

 「そもそも、四百五十キロを超えることができるならば、河口湖でハラハラドキドキする必要はなかった」

 「一言でいえば、開き直ったとしか言えん」

 「では、木戦をお披露目する時もハラハラドキドキしなければならないのでしょうか」

 「水上機の時は、偵察機扱いだからな。監査の指摘が緩かったと考えてもそう的外れではない。だから、三年後か、木戦のお披露目の時は我々の開発はそこで終わりになるかもしれんな」

 「次の試練は、三年後ですね。それまで好きな研究をしてもよろしいてことでしょうか」

 「かまわないんじゃないか。ついでに壁を超える方法が見つかれば万万歳だがな」

 「ははっ、そんなココにいる全員が挑んでも解決できない難問ですよそれ」

 「ともかく、世間を欺き、監査を欺き、三年後、木戦がお披露目できたらもうそれは詐欺の総本山、甲府飛行場となってしまうほどの大ばくちだな」

 「だから、少々はめを外してしてもかまわないってことですか」

 「かまわんさ、スキーしたいなら富士山に登ってもかまわんだろ。わざわざ、サハリンまで行く必要はない」

 「正論ですね。ではみなさん、スキー場を富士山ろくに作ることに協力していただける方は挙手を」

 「「「はいはいはい」」」

 「ありがとうございます、全員の賛成が得られましたので、スキー場作りから始めたいと思います」

 「それって、甲府飛行場でも作るのかい」

 「冬季限定ですが、つくりましょうか。いえ、飛行場に雪が降った時にしか、スキー板をはかせないことにします」

 「なるほど、で、木氷を配備するまでに必要とする時間は?」

 「できましたら、基礎設計を今年の秋にまで、実地見分をこの冬の間に仕上げる方向で」

 「では、富士のスキー場はいつまでに作っておけば」

 「できましたら、十月中に完成の方向で」

 「スキー仕様の重要箇所はどこでしょうか?」

 「寒冷仕様になる点だろ」

 「エンジンの始動に注意ですか」

 「空冷ならば、それほど気にしなくてもいいかもしれないが、やはり、寒冷地で動かさねば実証見分できないな」

 「未知の世界になりますか」

 「うーん、甲府ならば氷点下二十℃の世界は体感できるだろ」

 「どこまで動かせないとまずいですかね」

 「氷点下三十℃を目指さないと駄目か」

 「オイルが凍りませんか」

 「普通のオイルだと凍るだろうし」

 「電気系統もどうかな」

 「バッテリも耐寒できるかわからん」

 「それって、富士山頂に登れっていうことでしょうか」

 「いやいや、パラシュートで山頂に降りれば問題ないだろ」

 「富士山頂に降りるのは確定ですか」

 「確定だね」

 「では、この中で降りてくれるのは誰でしょうか」

 「多分、誰もいないと思うよ」

 「あの、山頂にバッテリと電気系統を運んでくれる山師を探してきてもいいですか」

 「いいとも、夏中に見つけておいてね」

 

 

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