仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第299話

 1934年(昭和8年)六月十五日

 甲府飛行機工場

 「ついに恐れていた事態がやってくる。やつが来る」

 「どこの差し金だ」

 「仕事を奪われた連中の意向だとさ」

 「ええと、木製にしたからそれに採用されなかった金属加工業の連中だ」

 「おいおい、ちゃんとエンジンだけは鋳鉄を使っているだろ」

 「甘い。飛行機に使われる部品単価は高い」

 「単純に自動車の十倍の精度で五倍の価格」

 「そりゃ、エンジンストップした場合、自動車は路肩に停車ですむが。飛行機だと墜落で操縦士はよくて不時着、そうでなければ、このためだけに使われるのがパラシュート。整備不良だった機体であれば、脱出できずに墜落死に巻き込まれる」

 「だとすれば、背後にいるのは重工業企業か」

 「飛行機に必要な技術は軽量化だ。鉄は重すぎるな」

 「製鉄よりもアルミニウム。お題目は、非鉄金属産業の発展に軍需産業の協力が必要不可欠というところか」

 「そりゃ、説得力あるね。仏蘭西の同盟国たる地位にふさわしくあるためには社会基盤の整備が必要であり、金属加工技術の進歩は最優先されねばならない。国家産業たる軍需産業は率先して、世の中にそれを示さねばならない」

 「何とも断りがたいお題目だな」

 「そんな奴らの手先として監査役がこの飛行機工場にやってくる」

 「どうみたって、木で機体を製作しようとしている俺たちにぬるい監査は期待できないだろうな」

 「この場合はなんていうの。監査を受けてから対応にまわるべきだとか」

 「我々に攻める手段はないと」

 「いやそうではないだろ。監査ってな物は、我々の現状に不手際があれば、注意警告をする、それでも改善がなされなければ、事業そのものを白紙にもってゆく場合もある。それが監査役って役目さ」

 「つまり、我々の今までの成果に対して通信簿を作ってくださると」

 「そうそう、我々が今までしていた製造成果に対するお墨付きをもらって、来年以降も予算をいただくために必要な儀式だと認識するように」

 「予算怖い、それを止める監査はもっと怖い」

 

 

 

 「監査役の名目で工場内を一周いたしました。その結果を踏まえてその改善をすべき点を工場責任者の名で後日、提出するように」

 「了解しました」

 「一、 工場内が不衛生です。そもそも軍需工場であるのですから、交戦国ができた場合、真っ先に標的にされます。そしてこの工場の床や隅には木屑が積層をなしています。可燃物を製品から遠ざけるように。具体的には、隅々まで清掃をして工場塔の外にある焼却炉に廃棄するように」

 「善処いたします」

 「二、 一に関連して、木屑が従業員に付着しています。これは製品の精度にもいい影響を与えませんし、休憩時間に使用する休憩室や食堂にまで床には木屑が散らばっています。これでは、仕事時間と休憩時間の区切りがついていません。休憩時間は清潔な休憩室を用意して、従業員に仕事を思い出させる木屑を排除してください。休憩時間は仕事の残りかすをもちこませないように」

 「仕事場と休憩室の境に埃を落とす部屋を用意します。休憩室に入室する前に全身をすす払いいたします」

 「三、 監査役として、この工場では四機種の飛行機を製造するときいています」

 「はい、現在、一機種しか製造をしていません」

 「ということは、残り十年は製造計画が持続する予定ですね」

 「はい、最後の機種が立ち上がるのは後五年はかかりそうです」

 「でしたら、工場の長期計画を作成しなさい。どうみても、五年先の従業員配置になっていません。一言でいえば、老兵が多すぎます」

 「つまり、技能継承がなされていないといわれるのですか」

 「一言でいえば、若手と中堅がいなくては十年計画が成り立ちません」

 「ですが、軍需工場として要求する精度をもっているのが老兵ばかりでして」

 「では、従業員の年齢分布を分散するようにいう前に、老兵の持つ熟練技能を新卒に習得させる体系をつくるように」

 「一言でいえば、子弟制度と新卒と中途採用を成し遂げろと言われるので」

 「ええ、でなければ、軍需工業という物はいつ軍事態勢に移行するかわかりませんよ」

 「早々、四番目の課題が出てきましたね。戦時体制に移行した場合、昼夜二勤体制を構築しなければならない場合があります。その場合の計画を立案するように」

 「それに対して一つ確認したいことがあります。それに必要な予算は出ますでしょうか」

 「必要とあればやぶさかではありませんが、戦時体制の計画立案を確認させてもらった後、予算を通過させることになりますよ。それに、私が求めたのは戦時体制を敷くための計画立案までであって、実際の人員配置を求めたわけではありません。それに、若手がいない段階で、戦時体制を構築するのは無理です。三を片づけた後、四に取り掛かることができます。手順はそうなるでしょう」

 

 

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