仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第300話

 1934年(昭和8年)九月二十三日

 中山軽金属本社

 「それでは、甲府飛行場工場の鑑査について御報告を拝ませていただきましょう」

 「そもそも、飛行機の軍需は我々に与えられるはずであった」

 「そう、そのために必要な金型、切断機にどれほど金をかけたか」

 「そうそう、これで軍需を取り込まなければ採算があわん」

 「軍事用飛行機予算が下りなければ、この工場の閉鎖さえあり得る」

 「そんな状況に陥れば、ここにいる連中の首は当然とぶ」

 「よくて、倒産したこの会社を拾ってくれる連中が現れるかもしれんが」

 「精度を上げるために、航空産業が発達した仏蘭西の工作機械を輸入したんだ。他の軽金属工場よりも一桁精度をあげたんだぞ」

 「当然俺たちにその仕事が降ってくるはずだったのに、木で作るだと。俺たちに死ねというのか」

 「それを覆すための鑑査だ。それではその報告を精査させていただこう」

 「どれどれ」

 「木製飛行機はまだ、一機種しか登場していませんが残り三機種の登場を待望されるだけの性能を初代木星は示しただとう」

 

 

 

 監査役として、使用者の海軍基地である伊豆大島にあらかじめ訪問した。御存知のように伊豆大島は、関東平野を一望する海防上の要所。伊豆半島から二十五キロ南東に位置する島である。明治に入ってからも、大規模な噴火が二度、小規模な噴火は言わずもがなである。この島に空港を配備するのを阻害する要因はもう一つあり、十キロ四方の島でありながら、最高峰は海抜七百メートルと急峻であり、多雨の気候と相まって、空港が土砂災害で埋まるのを考慮すれば、平面部に空港を開設する積極的な理由がなく、監査役として船で渡航する以外なかった。島で迎えた軍人に言わせれば、一刻も早く二人乗りの水上機を作ってもらいたいという声が多数上がっている。かくいう私もそうであってほしい。そうであれば、わざわざ船で渡航などという手段を取らず、水上艇の後部座席に座って日帰り監査ですんだであろう

 

 

 

 「別に水上艇なんか、アルミで作ってもかわらないだろ」

 「金属としてのアルミは軽いが、海水には弱い」

 「イオン化傾向でいえば、アルカリ金属とアルカリ土類金属の次にアルミニウムが来る」

 「一言でいえば、ペンキで塗った鉄棒よりも要ペンキだぞ」

 「つまり、木は海水で腐食しにくい」

 「海水であれば、木が地上部で微生物による分解をされるような腐敗という現象からは守られる」

 「なんだ、お前ら、木製水上艇のいいとこばかりいいやがって、それじゃあ、この監査の言葉が正しいってことになるではないか」

 「ただ、金属には塩化物イオンは大敵。金か白金でないと塩化物イオンの酸化還元攻撃を防げない」

 「銅なら大丈夫だ。海軍のプロペラは、銅製だ。これで腐食から守ることができる」

 「銅は駄目だ。鉄と比較してもさらに重い」

 「それに鉄よりも高価。飛行機には鉄よりも比重が小さい金属でなくては駄目だ」

 「そう、改めて飛行機には軽金属。決して木ではない」

 

 

 

 さて、その伊豆大島であるが水上艇である木星の利便性は皆称賛をする。飛行場が不必要であるだけでなく、その運搬能力が高い。本土と往復する飛行ルートであれば五十キロの荷物を常時運搬できる。そのため、本土との交易ルート代わりにもなるほどである。そして、それ以上に木星が島嶼部に住む海軍から支持を受けている理由は、その精度にある。島嶼部では、海水による腐食によりたとえ木製飛行機であろうとエンジン交換はしばしおこなわなければならない。一台の木星が一年機体が維持できる間、エンジンは三台交換しなければならない。で、エンジン交換をする技師はしばし、筐体にエンジンを入れ替える際、機体かエンジンのサイズ直しにぶち当たる。やすりをかけるかパテをしなければ新しいエンジンが入らないという事態に遭遇した場合、まずは物差しを用意して設計図通りにできているのはどちらかを検討する。筐体は、物差しでは誤差を計れないほどであり、ノギスを用意しなければ、誤差を計測できない。それに対し、鋳鉄でできているエンジンは、誤差が二センチほど測定されることが多い。一つの筐体を使っている機体の場合、+ 1.8 , - 2.3 , + 1.7 cm の誤差が出ていた。こうなっては、やすりをかけるのは毎回エンジン部品にかけることになる。柔らかい木を削る方が仕事は速いはずだが、それを一度してしまえば次のエンジンを搭載する際に二度手間を踏むことになる。願わくば、木製の筐体にぴったりと納まるエンジンの製作を望むばかりである

 

 

 

 「作業長、君の所でこれだけの精度が出せるかね?」

 「どうがんばっても一桁多く出てしまいます」

 「なるほど、監査役が評価したのは、どうがんばっても金属加工でだせない精度ゆえか」

 「ではなぜこれほどの精度が出せるのでしょう」

 「伝統と世界規模だな」

 「浮世絵三百年の版画技術がなければこのような精度は出せない」

 「世界に発刊する大量生産技術。この二つにより煩い監査役を黙らせたか」

 「所長、我々の未来は開けるのでしょうか」

 「ええーい、民需をつかんで来い。軍需なんかこれ以降あてにするな」

 

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