仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第306話

 1935年(昭和9年)十一月十五日

 甲府工場開発室

 「これより、空気抵抗における木の優秀性を証明いたします。取り出しますは、鉄球と木球。これを三階から落とします。ヒュー」

 「ほう、同着だな」

 「これを比重で表しますと、一対八」

 「つまり、亜米利加戦闘機よりも八倍軽い機体の製造が可能だと」

 「剛性さえ確保できればね」

 「けど、それだったら、九気筒でも時速五百キロが出せたんじゃない」

 「さすがに、機体が分解してしまうから。ここでも制限かけてたんですよ、時速四百五十キロ以内に収まるように。ほどほどの空気抵抗を示し、浮力を増大させる方向に使っていたんですよ」

 「では、十四気筒エンジンでは空気抵抗を低減させる方向でいくのですか」

 「機体がバラバラにならないという確約が得られればですが、秘密兵器は漆ですね。これを塗っても機体がバラバラにならないのなら、時速六百キロメートルは確約いたします」

 「異議あり、機体の剛性をあげるには新素材か画期的な製造方法が必要となります」

 「そうです。ですから、黒檀で製作いたしました飛行機の模型を用意いたしました。この強度があれば十分な剛性が確保できます」

 「実物模型を作らないところをみますと、簡単に論破される弱点があるようですが」

 「仏に対する罰あたりということですか」

 「いえ、黒檀は仏壇が日本人向けには一般的ですが、建材として使用される例もあります」

 「加工しにくいのですか?」

 「仏壇は精巧なものができています。それは当てはまらないでしょう」

 「だとすれば、希少性ですか」

 「ぶっちゃけ一言にしますと、黒檀は高級材です。数が少ないためそうなっているわけですが、アルミニウムエンジンが安いと思えるほど高価です。さすがに、アルミニウムエンジンより高価な木材を使用できません。それに数も用意できません。それに極めて生育の遅い木材であり、生育促進を図ることもできません」

 「なあ、仮定だけど、あの黒い黒檀を使えば、三倍速い機体が用意できるか?」

 「そうですねえ、十四気筒エンジンに黒檀の比重が大きいことを考えると、加速は当然通常の木材より低下しますが、落下速度であれば、時速六百五十キロも可能かと」

 「あ、それと黒檀の比重は1.3だから」

 「たったそれぽっちの落下速度を求めて、上昇速度を低減するのはいかがなものかと」

 「重い機体なら亜米利加がやっているように鉄で作ればよいだけであって、日本がすることではないでしょう」

 「幻の機体と銘打つだけの性能上昇はなしか」

 「でも隊長機にはどうよ、黒くて見栄えがいいぞ」

 「今まで、ペンキを塗っていた機体です。それが今度からは漆を塗るそうですから、そのような二度手間はおやめください」

 「漆が話題に出てきたが、色は自由なのか?」

 「伝統的な色は、やはり朱と黒ですね」

 「二百年前に黄色と青が加わったな」

 「ここ最近は、食材に様々な色が加わったように、ほぼ不自由なく色が作り出せるようになった」

 「他にききたいことはだな、漆を戦闘機に塗った場合、完全な新規開拓であり需要増大を賄えるか」

 「単純に、漆は半年採取して採れる量は二百キログラムで、その後枯死してしまう」

 「つまり、戦闘機十機分を塗ったら新規の漆の木が成長するのを待たなくてはならないと」

 「今から増産をかけても間に合わんぞ」

 「そうだな、二年後には大量に欲しい」

 「お待ちください。二年間で貯蔵しておくという手段はとれるか?」

 「まずは大丈夫でしょう。それに漆は日本限定ではありません。中国、台湾、インドシナ半島などでも採れます。輸入量を増やせはなんとかやって入れるでしょう」

 「そうか、それは一つの課題を達成したということだな」

 「いえいえ、漆を増産する話、化学合成で達成する方向に話が進むかと思いましたが」

 「私たちは、開発者じゃあない。できてもいない物資に頼っていては、それを組み立てることができなくなるからな」

 「それでなくても課題は多い。画期的な剛性のある木製機体」

 「仏蘭西軍が採用していた引き込み脚」

 「世界中のどの国も採用していないアルミニウム十四気筒エンジン」

 「亜米利加が世界最先端十四気筒エンジンを製造しているが、アルミニウムエンジンを採用している限り、それを輸入することもできない」

 「これ以上、見込みのない課題を増やすのは現実的ではない」

 「漆の増産に関しては、我々が苦労するのではなく、軍事物資として優先的に買い上げられた市場関係者が高値につられて、化学合成を試みてくれるだろうな」

 「そうそう。機械関係者ができてもいない有機化合物の合成なんかに手を出してはいけない」

 「それは、漆漆器が生産できなくなって、それを幕府に訴えた後、幕府や関係者が一丸となって合成漆の開発に取り掛かればいいだけの話であり」

 「ま、なんだ。後のいいわけのためにこういう漆の需要が生まれましたと需要予測を幕府に提出するだけでかまわんだろ」

 「そうそう。課題は最小限にすべきだ」

 

 

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