仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第308話

 1936年(昭和10年)五月三十一日

 英国情報部

  「ここ最近の世界情勢を報告してもらおうか」

  「英吉利、独逸、墺太利の三国からは植民地を含めて原油が産出しません」

  「なんだ、石油は地理偏在がひどすぎるぞ」

  「今世紀は石油の世紀といってもいいでしょう。仏蘭西の中東油田、これこそ略奪の最大標的です」

  「忌々しい中東の暗黒史だな。日本さえ、スエズ運河に絡まなければ、スエズ運河もろとも英吉利の支配下に置く脚本が出来上がっていたというのに」

  「しかし、戦争の代名詞は空軍力。戦闘機による制空権支配こそ、戦争の勝利への近道というのは今世紀の常識です」

  「仏蘭西は、空軍戦闘機採用試験において亜米利加製と日本製の二機種を採用しました」

  「ふん、欧州大戦の雄、仏蘭西も落ちぶれたものだな。自国の戦闘機を採用できないほど、科学力が低下しているとは」

  「ですが、太平洋を越えて飛行機を発明した国である亜米利加製戦闘機の性能は我が国が開発中の戦闘機と同等の性能を示しています」

  「独逸と比較してどうだ?」

  「空冷十四気筒エンジンを亜米利加は採用しています。それに対し、英吉利と独逸は共同歩調を取りつつ、液冷十二気筒エンジンを開発中です。幾分、亜米利加製に比べ、開発状況に遅れがみえます」

  「ただし、独逸は開発が進んでいます。メッサーシュミット製ならば、昨年から製造に入っています」

  「亜米利加製との性能比較はどうだ?」

  「独逸のbf109aは、馬力で六百馬力。エンジンは我が国のロールスロイスエンジンを採用されています」

  「亜米利加製のp-36は、馬力で千二百馬力。ただ、空冷エンジンと液冷エンジンの差は幾分、そこまでの差としてあらわれないでしょうが」

  「ちなみに日本製の木星はどうだ?」

  「こちらは、空冷九気筒エンジンで七百馬力です」

  「亜米利加製と日本製、独逸製と英吉利製、この中で制空権を獲得するのはどれだ?」

  「亜米利加製かと」

  「諸君、我々は仏蘭西をどう笑うんだ。亜米利加製戦闘機を採用するということは、勝利への近道ではないのかね」

  「亜米利加製を凌駕するにはどうすべきかね」

  「p-36より速い機体を用意することでしょう」

  「できるかね?」

  「後三年いただければ、p-36を迎撃できると独逸は言っています」

  「我が国の空軍はどういっているかね」

  「スーパーマリンエンジンを積んだスピットファイナならば、千馬力エンジンを搭載した戦闘機にできます。後二年で製造ラインにのせられます」

  「よろしい。その言葉を信用しよう。我が国の情報部は、空軍に最大限有利になるように秘密兵器の開発中だ。その開発も実験段階はクリアした」

  「左様、独逸と大英帝国の頭脳を使えば、双方の持ちよった技術を積み上げることにより、仏蘭西空軍の独逸及びブリテン島への空爆をシャットアウトにしてみせるだけの性能は保障するよ。安心して後三年、三十九年を待とうではないか」

  「あ、それと清と交渉してくれませんか。こっち持ちでいいから、中国の空でスーパーマリンをとばしたい。実戦こそ、最良の試験ですよ」

  「けど、それだと対戦相手がいないぞ。共産党勢力は貧乏で、戦闘機をそろえる費用なんてない」

  「弱りましたね。だったら、独逸を共産党側に入れましょうよ。英独戦闘機の誇りをかけて、中国の空で両国が戦いましょう」

  「おお、なんて刺激的な」

  「いやもっと刺激的にしましょう。試験結果次第では、両国の戦闘機の開発を一国に統合してしまうんですよ」

  「おいおい、模擬試験どまりにならんぞ」

  「文字通り死闘になります」

  「空軍だけだと、陸軍から文句言われそうだな」

  「だとしたら、独逸戦車と英吉利戦車も草原戦させましょう」

  「うーん、草原戦なら白馬の戦いか。華北にやるか」

  「制空戦なら赤壁の戦いかのう。長江流域で合戦を想定するか」

  「あのう、私的には戦術的に画期的な手段を採用したいのですが」

  「え、まだあんの?」

  「空陸一体戦をしたいのです」

  「どこでやるか」

  「はい、河内で」

  「十面埋服の場かね」

  「中国のいいとこは、戦争の場所に困らないことですね」

  「登場人物にも困らない」

  「人は腐るほどいますし」

  「貧乏な場合、タダで戦争してやるといえばすぐさまのってきますし」

  「今年だけでなく、来年、再来年の模擬戦をすぐに予約しておきませんか」

 

 

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