仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第31話
1867年十一月一日(明治元年)
京都御所
「どうやら、和宮の降嫁では、一つ密約があったようだ」
「あ、あれか。今後、天皇の治世が続く間、改元をしないようにとの幕府発表か」
「ここ十年で幾度となく改元したせいで、朝廷が懲りたようだ」
「仏蘭西にいってる連中にすれば、はてこの慶応というのは、いつから始まったのでしょう。私が留学している三年間のうち、二度の改元があり公式文章を作成できないのですがという笑えない返事があり、幕府も困っていたそうだ」
「ということで、外国にも告示する文章には、グレゴリオ暦と太陰暦を併記するようにおたっしがあった」
「役人他商家に勤める番頭も給料は年棒。太陰暦ならば時々閏月を挟むので月給制なら支払う方が損をするが、年棒ならば閏月に払う給料は余計必要ないからしばしの間太陰暦でよかろうと言うことになった」
「しかし、平穏無事、本日天皇の即位がかなってなによりだ」
「世間の関心は来年発表される開国のために条約を結ぶことに向いている」
「その第一歩は、八王子製糸工場だろ。開国とともに製糸工場に生糸の輸出量が増えるだろうし」
「それがな、幕府がすでに仏蘭西と結んでいる条約があってな。生糸に関しては、仏蘭西に優先交渉権を与えており、仏蘭西が買い取れない分に関してのみ他国に輸出するのは当分変わらないそうだ」
「では、此度の開国も仏蘭西に対する優遇は続くか」
1868年一月三日
梅田駅
「和歌山行き一番列車、発車いたします」
「ふう、なんとか将軍様の御ひざ元にたどり着いた」
「これより、やっと本業の中山道攻略だな」
「前橋と日本橋間がおいしかったのだが、生糸産地の名士が一致団結して八高線として事実上奪われたようなものだ」
「我々もよくはない。埋設許可を振りかざすだけで線路埋設をしなければ口だけ出して金も人も出さない詐欺と思われてもやもうえんがな」
「とりあえず、北陸道と重なる部分は有望だ。我々でいただこう」
「十四代目には間に合わんかったが、大老の御ひざ元についたとき、すでに大老でなくなりそうだ」
「権力は移ろいやすい」
一月十五日
それは、遊びから始まったことである。多言語に対応するには、その部分だけを言語ごとに刷れば対応できる。であるから、北斎漫画風から台詞を吹き出しにいれ、世界に冠たる漫画がこの明治元年に始まった
日本橋 料亭梶
「一休三部作の第一部は、一休宗純の修行僧時代か」
「このふきだしというのがいいね。誰が発した台詞かすぐわかる」
「最近の浮世絵は、多言語対応の方が多い。で、その中の一人が枠外に一々翻訳を入れるのはめんどくさい。いっそのこと絵の中に台詞を入れ、各言語ごとに吹き出しをすれば楽だと考えるようになったようだ」
「なるほど、絵で描いた日本語は訳さないが、吹き出しの中に入れた台詞は各言語に訳す。そうすれば浮世絵絵師の意図も簡単に把握できる。擬音とかはそのままでよい、台詞だけを翻訳方が訳すという分業が流れるようにできる」
「この一休三部作は、子供から大人まで楽しめるのがいいな」
「最近は、オテルの描写とかオテルの使い方とか、解説を踏まえたものだとか西洋風な描写が多かった中でこれは日本人のふるさとを表している」
「俺は、これ以降子供向けの浮世絵は、この吹き出しを多用する型がはやると思うぞ」
「ふむ、俺も革新的なものだと思う。北斎漫画風から北斎が抜け後世のものは漫画に進化したとみなすのではないか」
「俺は面白ければそれでいいさ」
「西洋の風刺漫画はつまらんがこれはいけるぞ」
「これで、浮世絵関連の輸出から出版物の輸出へと進化し、出版物の輸出も倍増しそうだな」
「手を抜くものは、漫画の物語性に焦点を当て、多色刷りでない黒一色の漫画を製作するかもしれないぞ」
「それは、原作者の自由だな」
二月二十日
大英帝国 諜報部
「日本は、独自の文化的な発展をみせている」
「この浮世絵から見るわずか数年で鉄道を導入したことか」
「それもあるが、浮世絵という多色刷りの印刷物は他の国にないものだった」
「そうだな。これほどカラフルな色遣いはいかにも白人が好むものだ」
「そこまでならよい。単なる風景を描写する印刷物でしかなかった」
「それが、我々に対し日本がホテルに鉄道を導入しましたという実績を表すマスメディアとしての一面を表すようになっていった」
「確かに、鉄道もホテルも自国民で導入した国に不平等条約を押し付けづらいものがある」
「そして、各国の小説を浮世絵で描写するようになると小説家は、こぞって浮世絵にしてしまうようになった」
「大英帝国の識字率は二割ほど。単純に自分の小説に自信があれば、非識字層の八割を取り込みたいわけで、そこにぴったりと浮世絵がはまってしまった」
「メディアを管理するはずの大英帝国であるはずが、一方的に押されている」
「そして更なる進化を予感させるマンガ」
「このままですと、西洋で生まれた活版印刷技術がかすむ事態になりかねません」
「印刷業界には、カラー印刷ができる発明を求めているのであるがどこも色よい返事をくれぬ」
「活版印刷を基本にしますとカラー化は相当難しいようで、写真がカラーになるのとどちらが早いかわかりませんという返事をする者まで出る事態だ」
「ゆゆしきものがあります。印刷業というものは各国第二次産業の集大成という一面をもっています」
「それを非白人国家である日本に産業が集積し、各国の知識人がそれを活用するという出版界における覇権をつくりだしている」
「しかし、うちのかみさんにそれを話しても色よい返事がいただけません」
「お主のところもか。うちもそうなんだ。毎年、夏が来れば一日でも早く源氏物語の新刊を手に入れるために奔走する」
「ああ、今年も神官購入のためのつてを使うためにこの諜報部に籍を置いてると言われそうだな」
三月一日
水道橋駅
「昨年の収支に関する数字を発表させていただきます。前年の開通区間は、八条と尼崎駅間並びに国分寺と八王子駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、三十四円でした。オテル日本橋の営業が軌道に乗るには今しばらくの猶予が必要とのことでした」
「それでは、ここに中之島駅に大坂支店を開設し、仏蘭西留学経験がある塩飽万丈を大坂支店長に任命するものとする」
「御説明をいただきました塩飽万丈と申します。私の仕事は大坂駅以西を管理することであり、名古屋以西の運賃収入をもって山陽道並びに西海道に鉄道を埋設する役目をいただきました。どうかよろしくお願いします」
「それでは、改めて大坂支店を開設することによる路線埋設の優先順位の変更がありましたらこの場で決議したと思います」
「水道橋駅の管轄であれば、水戸まで伸長するのは変更なしでよいと思われます」
「今年できる八王子製糸工場の完成までに水戸までの伸長工事におりかかっていれば、八王子製糸工場も強く路線開設を要望することもできないでしょう」
「では、工場の完成後は八高線を延ばすか」
「延ばすべきです。線路を敷く資金はいただいたのです。ただし、機関士は間に合いますかな」
「今年の六月までは機関士の養成が間に合いません」
「では、路線を敷いている最中に七月になっているだろうし、工場の完成時期もそのくらいだ。機関士の方は問題ない」
「八高線は、八王子製糸工場の完成後、取り掛かるものとする」
「大坂支店の管轄では、三年をめどに姫路まで伸長する予定を立てています。その後、博多と小倉間の埋設を予定しています」
「そちらは問題と思います」
「では、当初予定にしばらく変更を設けないことを基本とする。今年取り掛かる埋設工事は、三か所。水戸街道並びに八高線及び山陽道とする」
「以上をもちまして第八回決算報告を終えます」
四月一日
日仏通商条約締結
日本は、三番目の通商国家として仏蘭西を認定する
日仏双方は、両国に外交官を配置するものとする
日本国内を仏蘭西人が自由に旅行してもよいものとする
関税を課す権利は双方が有するものとする
日本の開国にあたり、函館に加え神奈川、新潟、兵庫、長崎を開港するものとする
両国の商人は、日仏双方が取り決めた条約にのっとり貿易をすることができる
貿易をするために、日本が輸入したものは幕府に関税を支払う義務が生じる
日本国内で生じた刑事事件は、日本政府が判決を出すものとする
日仏通商条約締結に伴い、仏蘭西以外に与えた最恵国待遇を破棄するものとする
四月二十八日
大英帝国 諜報部
「ついに日本も開国か」
「仏蘭西は、日本に関税自主権と仏蘭西人に対する裁判権を認めたか」
「微粒子病に対する日本の貢献並びにスエズ運河の共同出資者であり、生糸の大口供給者に対する敬意の表れでしょう」
「実利としては、仏蘭西のみ最恵国待遇を維持したというところです」
「仏蘭西以外は、最恵国待遇の破棄に対し抗議をしてもよかったのだが、実がないんだよ」
「貿易をしていないときの片務的最恵国待遇はあまり意味がありませんから」
「さて我が国も通商条約の申し出をしてみるか」
「毛利藩が我が国から鉄道一式を輸入しようとしているのだ。その手続きを踏まねばなるまい」
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