仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第32話

 1868年(明治二年)四月五日

 源氏物語『末摘花』『紅葉賀』を浮世絵化

 

 五月八日

 日米通商条約、日英通商条約、日蘭通商条約、日露通商条約を締結する

 各国に与えられていた片務的最恵国待遇は通商条約の締結ととも名実ともに破棄される

 以下は、日仏通商条約に準ずるものとする

 

 日本橋 料亭梶

 「これで、各藩は関税さえ払えば自由に貿易ができるようになったか」

 「各国からへ輸出をし、外貨を稼ぐのは生糸に浮世絵などの出版物だからそれが集積する八王子と日本橋が外貨獲得の二大拠点となるであろう」

 「つまり、そこを所有する幕府が発言権を強めるとみていいのか」

 「今のところ、企業の立地があるところへ売上税が集まるのだ。経済活動の活発なところほど税収も増える」

 「開国して多いに潤ったのは幕府か」

 「赤鬼も彦根に引っ込むようだ。近江国の重心は、東海道鉄道が開業以来、彦根から草津に移動した。二年後に予定されている中山道鉄道の延長とともに彦根の経済活動を活性せねば領民の暮らしが成り立たないからな」

 「で、次の大老は徳川田安家の家長が将軍後見役を請け負っているため空席にするとのことだ」

 「将軍の父親が大老の代わりをするのであれば衝突は少ないであろう」

 

 

 七月一日

 日本橋駅

 「土浦行き一番列車、発車いたします」

 「今年は、水戸の路線が延びる最後の足踏みか」

 「ゴトン、ギ―、シュッ」

 「それよりも八高線の方がすごい熱意だったらしいな」

 「八王子と前橋間、日本橋と水戸間の距離はほぼ同じですから、先に手をつけた水戸街道を二年で、八高線を三年で開通させる予定で資材を準備していました。もちろん、工夫もその割合で割り振りました」

 「で、水戸街道は一日ごとに予定量の工事を進めました。こちらは予定通りでした」

 「しかし、八高線は違うんだよな」

 「朝一に工事を始めようとしますと、工夫が予定の二倍集まっている。おい、俺はこんなに人を集めてはおらんぞ、と監督官が叫んでもこの工事に参加すれば今年の公役を免除してもらうおたっしがあったで、おらたちそれでこの場に集まっただ、と言われれば、監督官も人員が当初の二倍に集まっているのをとやかく言うわけにはいきません。二倍の工夫がいますから監督官次第で工事速度が二倍になります」

 「で、昼休みになりますと今日の工事はここまでと監督官が解散を宣言します。なあ、明日使う資材はどこのあるんやと聞かれますから、ここから少し離れた資材置き場にあるというと、次の日にはその日使う資材がすっかり準備されている。そのうち工事進行に伴う資材の供給が間に合わなくなるほどでした」

 「で、水戸街道の工事に使う資材をよこせという要請がまいる。いやはや、おらが町の鉄道工事は工事期間を予定通りの期間まで延ばすのに苦労したと言われました」

 「生糸の出荷が順調だからな。あのあたりの庄屋は小金持ちであるから、その年の交役を鉄道伸延工事に割り振ってもやっていけるのだろう。危うく、水戸までの伸延が前橋開通よりも後になりそうなほどだったな」

 

 

 八月一日

 八王子製糸工場

 「工場長、お抱え技師のポール氏より相談がしたいことがあるとのことです」

 「すぐさま、工場長室に御案内して」

 「こんにちは、工場長」

 「ポール氏、なにか不手際でも」

 「工場の勤務体制について改めて聞くが、三勤四交代制にした理由は何か」

 「予想より女工に応募人数が多かったので、一日を三分割し一組余った者たちを休日にあてていますが」

 「この国の休みはいつか」

 「商家の場合、正月と小正月の一月十五日、それにお盆です」

 「毎週決まった休みというのはないのか」

 「ありません、年間の休みは十日ほどです」

 「そうか、それで女工からこう言われたのか、私たち休みが多すぎませんか」

 「確かに週に二日以上休みがありますが不規則な勤務です。夜勤になじむために女工たちも苦労しますから休みが多いとは思いません」

 「うむ、それは彼女たちの立場を考えれば理解できる。彼女たちはここを務めあげたら各地に散らばって生糸工場の女工を指導する立場になるのだ。へとへとになってもらうつもりはない。毎日、学んだことを理解してらうことが大事なのだ。しかるに彼女たちは休日の過ごし方を知らない。彼女たちに休日の過ごし方を指導するように。そして休日が終わればリフレッシュして戻ってくるように」

 「わかりました、彼らに指導をしておきます」

 「お願いします。優秀だからこそ、きちんと休日を充実した過ごし方をしてもらいたい。これも仕事のうちです」

 「早速検討に入ります」

 

 会議室

 「妙なことになったが、お抱え技師からの要請だ。むげにはできまい」

 「要するに女工たちが充実した休日を過ごせるようにすればよろしいので」

 「何か案があるか」

 「八王子繁華街の割引券を配るとか」

 「うむ、悪くはない」

 「これは仏蘭西の浮世絵から発見したのですけど、野山を歩くハイキングというのはどうでしょうか。会社持ちでハイキング道を整備するのです」

 「あれだな。平安の時代であれば熊野詣というやつだな」

 「あの来月開演する八王子劇場の団体割引券を会社で引き受けてはどうでしょうか。希望者がいれば、会社を通して配ればよいのでは」

 「よし、ものはためしだ。全てやってみて、女工たちに選ばせるぞ」

 「「「はい」」」

 

 

 九月十五日

 八王子劇場

 「開園して半月。どうやら複数回来てくれるひいきがいるようね」

 「それは、初演のジャンヌ=ダルクが面白いせいではないでしょうか」

 「それもあるが二度三度来てくれる客は貴重だ」

 「数回見かける顔の中から聞いた話だけど、どうやら彼女たちは八王子製糸工場の女工だってよ」

 「週に二度も休める職場か」

 「彼女たち、その代り充実した休日を過ごすことが半分義務となっているらしいわ」

 「そうかそれで、繁華街やこの劇場に来てくれるのか」

 「休日明けの勤務評価にその日の表情というものがあるらしい。表情がいいと間違いを犯す回数が少ないとお抱え技師からの指摘で始まったらしい」

 「それは私たちの劇場に来てくれるのなら、役者にとっても大勢の客が来てくれるのならやる気が出るからね」

 

 

 1869年一月四日

 大学校の設立を発表

 「幕府も昌平坂学問所、開成所、医学所を統合してこの十月から大学校を開校するとのことだ」

 「ということは、官吏養成と医学、洋学が一つのところで学べるようになるのか」

 「幕府の泣き所は、留学した者が極めて少ないことだ。開成所で洋学を学んでいますと言っても、鉄道を日本に導入するのに少しも役に立っていない」

 「そうだな。そのへんは全て一橋大学の出発点となっている西洋文明を理解する上で二年間ほど仏蘭西に留学するほうがよっぽどものになる連中ができる」

 「しかし、仏蘭西留学は金がかかるよ。単独で留学するのなら数年間で一人頭一万円が必要だったという話だ」

 「まあ、さすがに仏蘭西に貿易拠点を構えていれば衣食住を提供できるから一万円で六人ほど送り込める」

 「そうだろう。仏蘭西に機関士見習いとして留学した師範機関士が競合会社の引き抜きになびかなかったのも大金がかかっても育ててくれた恩を忘れなかったのも大きい」

 「しかし、安価に人材を育てるなら大学という話になったのであろう。今回は、三月に派遣する田安使節団に官費留学生が帰国する際の受け皿に大学校を準備したというのもある」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。前年の開通区間は日本橋と土浦駅間、八王子と坂戸駅間、尼崎と兵庫駅間でした。百円の収入を終えるために必要な経費は、三十五円でした。オテル日本橋が黒字経営になりました。昨年、七月一日より八王子製糸工場が稼働しました」

 「今年、牧場と農場見習いのために仏蘭西に留学していた連中が帰国予定となっております。彼らが帰国次第、留学生の要望を聞いて葡萄畑と牧場を開設せねばならない模様です」

 「当社の経営ではありませんが、大奥が開設した八王子劇場は日本橋と八王子間の乗客となってくれておりまして、当社の経営に寄与してくれています。おかげで八王子劇場からの要請が入ってきております。八王子駅までの路線充実を望んでいるとのことです」

 「八王子駅は、日本橋駅に次ぐ起終点駅となりつつある。八高線が前橋まで完成すれば、次は甲州街道だ。八王子劇場の要請うんぬんの前に、甲州街道までは確実に八王子駅は発展する」

 「わが社の八王子製糸工場の社員が八王子劇場の入場者として貢献しているのであるから、問題はあるまい」

 

 

 三月十五日

 神奈川港

 「田安家藩主の兄弟である慶永公を団長とした欧米使節団か」

 「これで幕府の内弁慶振りが改善されればいいのだがな」

 「徳川家で留学経験があるのは全権大使である慶喜公のみ。敵を知らねば、敵を知ってる慶喜公の言い分が通りやすい。これは幕府の現政権にとって由々しき事態との認識から使節団を送り出したのであろう」

 「留学生を含む総勢百人余りか」

 「そのうち半分が留学生だ」

 「どうやら、大学校で教授を取る連中がその留学生のようだな」

 「一橋大学に後れを取ってるのを挽回する意味での使節団だな。教授する人数も一橋大学に匹敵する人数だ」

 

 

 四月七日

 サンフランシスコ港

 「なんだかしらんが、えらい人出だな。万次郎殿、この人数はどうしたことであろう」

 「どうやら、浮世絵で出てくるちょんまげをした人物を実際にみたい連中が今日この場に集まったようで」

 「では、我々を見るために集まったのか」

 「ええ、船で太平洋を渡ってきた我々は和服に日本人独特の髪型いう民族衣装を着ているものと思われています」

 「ならよろしいでしょう」

 「大使、この後昼食会によばれていますが問題ないでしょうか」

 「この中にいる連中は、オテルで仏蘭西料理の作法を学んだ連中ばかりだ。問題はあるまい」

 「では、会場まで案内してもらいます」

 「大使、我々を歓迎して今晩、ダンスパーティを開くとのことです」

 「何かまずいのか」

 「ダンスは経験がなくては踊れません。今晩は、ダンスを踊る者たちを見学してください」

 「うむ、わかった」

 ダンス会場

 「ジョン殿、ここに集う連中を見ていると男は女の奴隷か。全て女性優先ではないか」

 「亜米利加は、建国して日が短い国です。その昔、この国の中部は開拓者が集う地域で江戸のように男女比が四対一より大きかったそうです。そのため、女性は貴重な存在でそのため、全ての場で女性が尊重されるルールができました。女性が現在でも優遇されるのはその名残です」

 「ほう、日本では考えられる風習よのう」

 「ただし、この国は世界最強と言われた大英帝国と戦争をして勝利をおさめ独立を勝ちとった国ですから我々より強国なのは確かです」

 「ま、そうでなくては日本に圧力を掛けてこれぬわな」

 

 

 四月八日

 ユタ州

 「亜米利加という国は広いの。今日走っている線路上は未開地というほかない」

 「大陸横断鉄道が完成するのは、一月先とのことです。今であれば、未開通区間を馬車に乗って移動しますから、この国の首都に行くまでサンフランシスコ港から二週間かかります。日本に直すと日本橋からでしたら鹿児島までいけるでしょう」

 「では、大陸鉄道がなければ気の遠くなるような距離か」

 「多分、この国が一つになるには鉄道で西海岸と東海岸が結ばれる必要があると思われます。日本でいうと下関から仙台まで一つの線路で結ばれるより困難があると思われます。言い換えますと中山道鉄道を完成するようなものでしょうか」

 「日本も東海道が完成してよかったわい。そうでなければその規模に腰を抜かすところだったか」

 

 

 四月二十二日

 白い家

 「大使として、日本より日米通商条約の締結文章を持参いたしました」

 「これを見ていかないか。今から十年前に慶喜公から受け取った富嶽三十六景の裏富士シリーズというらしいね」

 「ええ、ここに立ち寄る最中にみたロッキー山脈に匹敵するような素敵な山の描写です。しかし、これはいつもここにあるのでしょうか」

 「それは、国賓級のものだからね。普段はメトロポリタン博物館に収蔵されてる目玉といわれるもので、その当時の大統領が寄付したものだから此度は特別に借り受けたものだ」

 「では、此度将軍から預かってきた根付をお納めください」

 「おお、それはすばらしい。我が国にはそれに匹敵するような宝物がない。では、我が国からは種牛十頭を贈らせていただこう」

 「シェイク、シェイク」

 

  

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