仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第310話
1936年(昭和10年)十月五日
仏蘭西 リヨン 空軍養成所
「では、諸君。これより、飛行機に搭乗して実技試験の時間に入る。諸君も飛行機乗りを目指したからには、世間の風に遭遇したことだろう。明日、仏独開戦しても世間は驚かない。その用意ができているわけだ。だから、諸君に求めることは、いち早く一人前のパイロットになってもらうことだ」
「なあ、欧州大戦のヒロイン、アンナ少将が空軍学校の校長というのは、左遷?」
「妥協の産物だな。まず、空軍を目指す若者をがっつり釣りあげる役目は、彼女ほど適任なものがいない」
「確かに」
「そして、彼女に死なれては彼女の親衛隊及び仏蘭西国民が黙っていない。よって、死から一番遠い教官という地位に祭り上げるのは、誰も反対しない」
「おお、俺たちのためにヒロインが校長になってくれたのか」
「とまあ、空軍の扉をたたく女子のためであるようだが、彼女の階級があそこまで上がってしまうと、これ以上階級をあげるわけにもいかない」
「なるほど、もう一回戦争でもはじまって、中将にでも進級してもらうと誰も彼女を拝めなければならない。つまり、階級社会である軍隊でこれ以上、彼女が出世してもらうのを回避するための策ですか」
「とまあ、欧州大戦の功労者に今の立場以上に適した仕事を割り振ることができないというのが真相」
「なるほど、空軍というのは男女差が最も小さくなる仕事。空軍を目指す少年少女を増やすためにも教職者ですか」
「そうそう、大人の都合というやつね」
「で、俺たちが搭乗する機体だけど、コンコン」
「音と質感から考える限り、木製なんですけど」
「なんで、民間機で使われているような木製飛行機に載らないと駄目なの。だったら、民間機を調達すれば済むだけのことでしょ」
「それも大人の事情かな」
「えっ、この機体どうみても不安以外ないんですけど」
「それねえ、乗りやすさはずば抜けている。ここの飛行場、全長二千メートルあるでしょ」
「確かに、輸送機が離着陸するとなったらそれくらいいるよね」
「ま、論より証拠。まずは教官と二人三脚で離着陸してみろ。話はその後ね」
「‥‥‥。」
「あれ、離着陸って飛行機で一番難しい所だよな」
「だね」
「で、俺、離陸に五百メートルほどですんだんだが」
「みんなそんなところだね」
「俺たちってすぐ、実戦配置できるのか?」
「実は大人の事情で、練習機というのは戦闘機でもなく戦闘爆撃機でもなくあくまで練習機として仏蘭西製の戦闘機が割り当てられるはずだったんだけどね」
「え、あの故障ばかり多いMS406ですか」
「俺、それだったらこの木製飛行機で練習する」
「とまあ、裏事情を知っている保護者がついてまわる以上、飛行機見習いに死んでもらっては困るので、次善の策として日本製の木戦をもってきたわけだが、のってみさえすれば評判のよさそうな機体ですね」
「操縦かんの動かしやすさは文句なく一番ですからね」
「しかし、俺のきいた話。そんな建前でなく、敗者復活を狙っているとききましたが」
「しかし、そう簡単に空戦の結果が覆らないものだろ」
「国外の企業に発注済みだし」
「もし、その生産ラインを止めてくれというのならば、莫大な違約金を要求されるでしょう
「だとすれば、相当な成果が必要ですよ」
「そうそう、練習機というのは、最初にパイロット候補がのる機体ですから、戦闘機乗りならば練習機と実戦機と同一であるべきで」
「なおかつ、練習機がお気に召せばそのまま実戦機として要望されることさえあるそうですが」
「というわけで、世紀の博打は貴重な実戦経験を求めて、亜米利加製のp36 とMS406が中国上空で戦闘機の座を取り戻すために戦うそうです」
「なろほど、だからMS406が仏蘭西から見受けられないというわけですね」
「ええ、亜米利加製は、太平洋を越えて中国まで亜米利加からの新品が輸送されることになってますけど」
「で、どうよ。うまくいくと思う?」
「仏蘭西機の逆襲ね。ますます不利じゃねえ」
「仏蘭西戦闘機の決定戦は、仏蘭西という地元でおこなったんでしょ。地元の利を放棄して中国で決戦ね。何か隠し兵器があると思う?」
「十四気筒エンジンの馬力をあげるとか」
「無理。十四気筒エンジンそのモノに苦戦を強いられてようですよ」
「仏蘭西機の方が整備しやすいとか」
「みている限り、亜米利加製というのは、重量を損しても規格統一が図られる。そうだね、ねじなんて最小限まで少なくされている」
「これ、自動車で大量生産を可能にした技術の応用みたいだ」
「それを素人が扱う中国で戦うなんて、整備しやすさは亜米利加に有利になるだろうな」
「操縦士の技能に差がなければ、どんでん返しなんてありえないだろう」
「このおぜん立てをした人物もそれはわかってるはずさ」
「そうそう、仏蘭西国内の不満を解消させるために二度目の真実を突き付けるためにやってるだけだろ」
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