仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第312話

 1937年(昭和11年)四月三十日

 江戸城 幕府作戦司令部

 「世界中でここを押さえておけば、敵が出てこない重要海峡もしくは海域は?」

 「海の要所というと、アジアで筆頭はシンガポール沖だな」

 「今のところ、英吉利領か」

 「英吉利海軍東洋艦隊本部があるところね」

 「ここを日本が攻撃すると落とせるか?」

 「敵勢力は、旧式戦艦四隻。そうですねえ、日本の海軍力を全てぶつければ勝てるかと」

 「しかし、独逸と連合されてしまいますと、単独では勝てません」

 「さらに、英吉利には印度艦隊がいます。その三者が合流するまで要塞から出てこないという手もあります」

 「だとしたら、東洋における勢力はどこが一番なんだ」

 「そうだな、次のような感じかな。

    英吉利東洋艦隊≒日本海軍<英吉利独逸連合<日仏露三国太平洋艦隊」

 「でも、一応、日本は欧州大戦の当事国でないから、こんな考え方もできる

    独英東洋艦隊と仏露太平洋艦隊の戦力が均衡していて、独英が日本に戦争を吹っかけない限り、東洋では平和が保たれる。日本は、戦争抑止力として働ければ仏露両国も満足」

 「幕府に余分な金はない。仏露が要求する金を集めて、軍事に投資するだけで精一杯だ」

 「だから、これ以上軍備に金をかけない。周辺国家に侵略国家と認識されないのも立派な鎖国思考で生き残り戦略だ」

 「それに、戦争を呼び込む地域というのは世情が不安定なところだよ。欧州大戦が英吉利の停戦命令で終わったために不完全燃焼のままだから。欧州で軍事費が膨らんでいるからな。日本は、それにつきあってはいくが、弾薬庫に火をくべるようなまねはしない」

 「だから、俺たちは飛行機で海底地図と航空写真とのつきあわせを第一に欧州で偵察活動を活発化させている」

 「うまくやれば、磁性に反応して海底資源にぶつかるかもと思ってやっているんだが」

 「そんなにうまくはいかん。出てきている結果は、地道にどこの海域が深いとか浅いとかいった地味な作業だよ」

 「欧州で重要な海域は多すぎるね。世界の国家生産の過半数が集まるところだから、重要港が多く、同盟国家だけで精いっぱいだわ」

 「そうだな、英吉利領と独逸領まで手が回らない」

 「というわけで、せっかくの磁性探査飛行機も攻勢には使えないか」

 「海底地図と航空地図とのすり合わせが終わったら、次は磁性探査機の性能向上に取り組まないとね」

 「さすがに戦艦も性能が上昇するだろうし、潜水艦がどこまで潜水深度を上昇できるか、予測がつかないからな」

 「現状、判定できる水深は?」

 「通常型の潜水艦であれば、水深五十メートルまでは判定できますが」

 「それ以上の深度も可能性があるのか?」

 「未確認情報ですが、独逸製ですと水深百メートルは軽々と越えるとの報告があります」

 「窒素固定を実用化する能力といい、独逸の鋼板は性能が良すぎないか?」

 「世界中が欲しがるクルップ鋼ですね。あれは軍需物資そのものですよ」

 「日本製でいえば、同じ能力を出すために、鋼板を五割増しですめば御の字ですよ」

 「それって、潜水艦で可能か?」

 「一言でいえば無理ですよ。潜水艦は居住空間を確保しなければ航続距離が稼げません。日本製で同じことをしようとすれば、居住空間なしの無人潜水艦になっちゃいますよ」

 「その場合、どうするんだ?」

 「最大深度を五十メートルで止ますよ。独逸以外の国はそれで妥協しますね。優秀な漏水対策ができなければ、それで妥協しなければなりません」

 「はあ、だとすれば独逸の潜水艦を発見するための練習はどうしたらいい?」

 「独創的な潜水艦だとしたら、磁性のないアルミニウム合金で潜水艦を半分作るのも手です」

 「却下、空軍以外にアルミニウム合金を回せるだけの余裕はない」

 「だとしたら、最大深度である五十メートルで確実に発見する練習をするしかないでしょう」

 「ま、それ以外日本ができる方法はありませんよ」

 「それ以外、それ以上効果を発揮しません。できることをするだけですよ」

 「よし。予算がそれ以上つかないことにする」

 「そうですよ。海底鉱山を一発掘りあてたとしても、あくまで発見だけですよ。唾をつけとくだけでそれを採取するとなったら、金山かもしくは銀山でなければ採算があいません。磁性探査機で発見できる鉱山はほとんど鉄鉱石ですから、金がないというのは非常に信ぴょう性があります」

 「何事も金がないといってあきらめるのが最善なんだが」

 「官僚はそれでは駄目なんですけど」

 「そうそう、利権にしがみつき、予算確保に躍起になり全体の利益に目がいかなくなっている場合が多すぎますよ」

 「平和が四百年続くと、官僚制は腐敗するからな」

 

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