仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第313話
1937年(昭和11年)六月十五日
江戸城 幕府作戦司令部
「さて、次に欧州大戦が勃発したとしたらどこが激戦地になるんだ?」
「偵察機からの情報と合わせますと、仏蘭西がわかりやすいですね」
「ほう、英独による挟み撃ちか?」
「軸となるのは、永遠の敵国同士となる独仏ですね。ですから、両者の国境沿いでマジノ線を仏蘭西が整備。ここを中心としてにらみ合いとなりますよ」
「独逸がその手に乗らないという選択肢は?」
「そうだな、やっぱり英独で仏蘭西をたたくのが戦争早期終結への近道だろ」
「我々はそうさせないために頑張っているんですよ。なんですか、磁性探査機もその戦略の一端を担っているのですから」
「おう、海軍戦力を早期発見。その情報をいち早く仏蘭西に連絡することこそ、序盤の最優先事項というのは理解している」
「ええ、仏独が戦火を交えましたら、マジノ線以外でいえ、最大の火力が使われる海峡があります。その海戦に英吉利本国から応援に廻される海軍勢力を無効にすることが仏蘭西への最大の援助攻撃となるのです」
「おう、ロカ岬をまわってやってくる英吉利戦艦を無力化することこそ、第二の西班牙継承戦争再現への近道となるんだな」
「ええ、1703年、仏蘭西と阿蘭陀はこのロカ岬沖で戦果を交え、阿蘭陀を破っています」
「ただ、あの戦争、英吉利だけがおいしい思いをしていたよな」
「ええ、ジブラルタルが西班牙から英吉利に譲渡されたのは、その時のユトレヒト条約によるものです」
「だから、英仏でジブラルタルを挟んで要塞砲同士で打ち合いを始めれば、西班牙からジブラルタルを攻撃する仏蘭西に西班牙人は歓喜しますよ」
「仏蘭西は、二十世紀を象徴しているといっても過言ではない原油を握っているからな」
「ええ、ジブラルタルを要塞砲で破壊しつくした後、戦争に勝利した暁には西班牙にジブラルタルを返還すると密約を結んでおけば、少しばかりジブラルタル領からはみ出そうが、ボンボンジブラルタル対岸から要塞砲を撃ちこみますよ」
「そして、やむなく西班牙領に着弾してしまった砲弾も西班牙が補償すると事前に告知していれば、西班牙は仏蘭西に対し友好的な中立国になりますよ」
「こうやって、英吉利を英吉利たらしめる海軍力を大いに削いでやれば、早期終結に必要な英独による仏蘭西挟撃はありませんよ」
「ジブラルタルが仏蘭西側によって無力化された後、地中海は仏露によって内海化されます」
「仏蘭西政府も工場候補地として、仏蘭西内部を資金的および税制上の優遇をして誘致している」
「もちろん、地中海沿岸である北アフリカに工場を作ることも推奨している」
「地中海内海化によって、仏蘭西が受け取る利点は、大西洋を英独にくれてやってもおつりがくるのではないか?」
「くるでしょうねえ。地中海内海化の及ぶ範囲は、西の端がジブラルタルとするならば、北の端が黒海」
「黒海は、露西亜の制海権だよ。仏伊露三国による地中海艦隊は、英独による北海艦隊に対抗できるだろう」
「いえ、最大の利点は、東の端ですね」
「おお、ここでスエズ運河が絡んでくるのか」
「地中海内海化を進むと、いつどこからその三か国海軍戦力がジブラルタルもしくは紅海から出撃するか、英独海軍将校ら見通しをたてることができない」
「ということは、英国領である印度と紅海との境目であるアラビア海は、制海権が仏露に移行するのか?」
「そこまではいかないが、アラビア海をけん制する意味で英国インド艦隊は、インド洋に釘づけにされてしまう」
「なあるほど、地中海内海化の一番影響を受けるのは印度か?」
「それもあるが地中海内海化により、印度領、オーストラリア領、南アフリカ領と英吉利を支える三大植民地の資源は、英独の船籍で本国に運搬することがかなわない」
「そりゃあそうだよな、資源を積んだまま、喜望峰をまわってやっとこさ、ジブラルタル海峡を通過して本国に到着しそうになった時に、魚雷を食らって沈没となっては戦争継続能力に支障が生じる」
「というわけで、英独は植民地の金と石油を確実に調達するためには、中立国の船籍で運搬するしかない」
「ははっ、パナマ運河が通過可能な船をパナマックス、ついでスエズマックス、それより大きな船をケープサイズというけれど。戦争が始まったら、英吉利国籍の船はどこで海上輸送するのがいいのかな」
「北太平洋航路だろ」
「北米の港湾とアイルランド間なら、仏蘭西も手を出せまい」
「あえていえば、この制限を受けた船を大西洋の名前であるアトランティックオーシャンにひっかけて、アトランティックサイズといってしまうか」
「アトランタ大陸みたいで縁起は良くないが」
「仏蘭西はわかりやすいぞ。パナマックスだけ気をつければいい」
「そりゃ、地中海内海化だからその中で船を走らせれば、沈没はしないだろうな」
「そういうわけで、最初の問い、独がマジノ線戦を無視するかと言われればそうできないと考える方が自然だな」
「阿蘭陀経由で仏蘭西を攻める方法もあるが、これをすれば中立国は石油の禁輸に走る」
「独だけならばなんとかなるだろうが、独英まで禁輸されてしまうと、その地点で仏蘭西の勝利は近い」
「短期決戦に中立国の支持は欠かせませんか」
「短期決戦を回避できれば、永遠の対決、独仏。それからはみ出た英吉利は露西亜を攻めるしかあるまい」
「となると、仏対独、露対英、伊対墺の対決に持ち込むことが日本の仕事か」
「海軍戦力の探査、いいかえれば英吉利の翼をもぎ取るのが日本のお仕事」
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