仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第314話

 1937年(昭和11年)十月二十九日

 トルコ アンカラ 陸軍司令部

 「共和国になってから、二十五年の節目の年。だが、反転の兆しはつかん」

 「イスタンブールを失ったのが全ての根源だからな」

 「地中海と黒海を隔てる要衝というだけではない。あれさえあれば、東欧はトルコにおもねくばかりだからな」

 「地中海への航路を防がれたくなければ、トルコの邪魔はするなよ。そうしないと当該国の船はいつまでたっても地中海へ出られないからね」

 「東欧諸国へのにらみが利かなくなったとともに、観光客の半分も失った」

 「カッパドキアの奇想天外な風景は確かに重要な観光資源だけど」

 「現在のトルコ国民が土人の祖先をもつとはっきりと主張しているようなもんだし」

 「ああ、おれもイスタンブールでまた日光浴がしたい」

 「バカンスができる楽園。それが今一番トルコに必要だ」

 「今までアラブの覇者はトルコだったんだ」

 「その下に山賊あがりのクルド民族を従えていたものが」

 「露西亜がイスタンブールを所有。そして、トルコに再びイスタンブールを取られないようにするために、何重にもわたって策を練った」

 「イスタンブールとトルコ共和国との緩衝地帯をクルド民族に配分」

 「国をもたないはずの民族クルド民族が曲がりなりにもアンカラとイスタンブールの間に国家を樹立」

 「のみならず、交通の要衝イスタンブールで仕事を斡旋」

 「支配階級、露西亜貴族。中間管理職、クルド民族。下働き、トルコ民族という三階級に区分されるようになってしまった」

 「露西亜に対するクルド民族の忠誠心は高い。もし我々がイスタンブールを取り戻そうとすれば、たとえ最後の一兵になるまでクルド民族は我々に牙をむく」

 「たとえ、イスタンブールまでの道を独逸戦車も以って陸路で攻めようと、トルコ山岳部に残るクルド民族の原住民が後方を脅かす」

 「さらに、トルコ陸軍の兵站線を脅かすべくゲリラ戦を仕掛けてくるだろう」

 「さらに、トルコ陸軍を攻撃すべく露西亜海軍が出撃してしまえば、戦車砲対軍艦という構図が成り立つ」

 「こりゃあ、トルコ軍は戦艦の射程圏内に前進することかなわず」

 「空城の計も敵は持ち合わせているからな」

 「せっかく攻めていっても万が一にもイスタンブール攻略がかなおうと、敵は欧州大陸に引き上げてしまうトンネルも持っている」

 「忌々しいが、普段は観光列車を兼ねたユーラシア大陸横断列車を受け入れる経済の大動脈になっているが、戦争時の有用性もぴか一だ」

 「だが、忘れちゃいけない。今の生活が維持できるのは露西亜がイスタンブール近郊で用意している仕事をトルコ人がこなしているからであって、露西亜は雇用主である」

 「そういうわけで、反露西亜は極めてまずい」

 「イスタンブール周辺は、避寒を求めて南下する露西亜人が開放的になる場所。その場に反露西亜のプラカードをかかげた群衆が押し寄せてもみろ、すぐさま、露西亜はイスタンブールの露西亜領にトルコ人の出入りを禁止してしまう」

 「欧州大戦を記念してできた共和国宣言をした祝日は、王制を廃止した名誉ある日とされているが、元王族からしてみれば、敗戦記念日」

 「独逸側について、トルコの栄光よ再興あれとそれを打ち立てた王族が責任を取るのは当然だな」

 「トルコに足りなかったのは、イスタンブールを取られた理由そのモノだ」

 「機械化を推し進めた欧州国家の雄露西亜は、戦艦を前面に打ち出してイスタンブールを砲撃。それに対してトルコは戦艦そのモノがなく、残った英吉利から買い付けた軍艦も錆びついて動くこともかなわなかった」

 「それ以前に軍隊の機械化を推し進める金がない」

 「正確にいえば、戦争当時も金がなかった。それに戦艦を製造する国力もなかった」

 「だから、戦争強国に我が国にかわって加わった国が二国」

 「どちらも戦艦建造能力がある新興国亜米利加と鎖国を解いた日本」

 「亜米利加は、大陸が違うから情報が少なく国民は国名そのモノを知らないことが多い」

 「かの国は、南北亜米利加大陸そのものを戦略としているから、かの国に敵対心を持てというのは無理がある」

 「だが日本は、トルコになじみが深い」

 「アジアと欧州を結ぶトンネルを建造した土木国家」

 「そうよ、豊かなアラブといわれるようになったスエズ運河建造」

 「あれで、エジプトは船舶による輸送量が激増。観光地と化して仕事は激増。うらやましい限りだ。あれも掘ったのは日本と仏蘭西」

 「隣の国家が豊かになることほどみじめなことはない」

 「それもこれも日本のせいだと国民を誘導している」

 「反日の象徴というべきイスタンブール海底トンネル」

 「それだけではない。トルコに自負心を満足していた世界三大料理も世界認識がかわった」

 「完成された料理である仏蘭西料理、ブタの皮しか使わない北京ダックに象徴され高級路線の中華料理、そしてケバブといった味そのモノを売りにしたトルコ料理というものが欧州大戦が終わるまでの世界常識だった」

 「それが色彩豊かな料理という触れ込みでトルコ料理にかわって和食がその座を占めた」

 「憎たらしいことに和食を食いたければイスタンブールに停車するユーラシア横断列車に乗りさえすれば食えるときた」

 「それのみならず、トルコ人といえばアサシンという名の暗殺者として世界史に登場していたものがその役目は、暗殺という名にとって代わられ」

 「暗殺を請け負う職は、忍者になってしまった」

 「つまり、アサシンは世界史に登場しなくなり、忘れ去られた国家としてトルコが世界中に認識されてしまった」

 「まるで、トルコという国家、国民そのモノを消し去るような恐るべき国家、それが日本だ」

 「そう、欧州人にとってトルコとは、アフリカ奥地の未開の国と同じレベルの認識まで我が国を貶められた」

 「そして、露西亜と同盟している日本は我が国家にとって利用しやすい」

 「そう、世界一の反日国家として、露西亜にかわって我が共和国議会に国民からの不平不満がたまらないようにするための避雷針だ」

 

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