仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第315話

 1938年(昭和12年)一月一日

 印度 ムンバイ 貿易商

 「この都市は、スエズ運河開通以降、発展が加速した」

 「南インドに貿易の拠点を構えて有利だったのは、全ての船が喜望峰回りだった時まで」

 「それが、南部に拠点を構えるということは、アフリカ大陸は近くになるが欧州からはスエズ運河利用から遠くなる。よって貿易に携わる人間は印度の宗主国の英吉利に近くなったインド西部の主要都市ムンバイに拠点を置くようになった」

 「それ以上に、インド南部にコンテナを降ろすと、印度の首都がある北部まで遠くて輸送日数がかさむ難点を商人は禁忌する」

 「大英帝国が栄える最大の理由は、源泉は印度植民地にあり。この認識は東印度設立当時からは変わりがない」

 「印度で生産された綿花を使い、英吉利本国で綿織物に加工。衣料品として印度国内で販売。印度は、原料供給地と共に巨大な市場の役割を果たしてきた」

 「それが揺らいでいる。日本が始めた生産委託方式が印度にも押し寄せてきた」

 「印度は巨大な市場だ。だったら、そこに紡績工場を建てて製造販売すれば大いに儲かるという方程式ができてしまった」

 「おかげで、英国民は紡績業の仕事を大いに失い、失業率が上昇した」

 「植民地からのあがりで生活する英国民が増え、言葉を整えると王侯貴族の生活」

 「行く末を憂う有識者からは、印度植民地に依存する寄生者」

 「大英帝国なんかいらんという風潮が印度を覆い始めているな」

 「そりゃ、印度に原料供給以外の製造業が広がり始めているのなら、稼げる仕事があれば大英帝国の威光がきかなくなってもおかしくない」

 「それに追い打ちをかける噂が出まわり始めている」

 「やっかいだ。この打ち消しは難しい。印度人の根本的な魂が崩壊する事態が起きるやもしれん」

 「アラブ砂漠の民の方が豊かな印度デカン高原より豊かな暮らしをしているという伝説が」

 「産業革命以前ならすぐさま切って捨てるんだが」

 「いやいや、印度は石炭王国。蒸気機関が輸送手段の主役のうちは、それがひっくり返るはずはないといいきれたんだが」

 「その論理、二十世紀初頭までの話ですよねと言われると反論は難しくなる」

 「二十世紀を支配する産業は、石油です。石油は亜米利加に始まり、三大産地はそれとルーマニア、露西亜というのが少し前までの定説だった」

 「スエズ運河が世界の海上輸送を革命したように、スエズ運河完成の後、普仏戦争を仏蘭西はどうにか乗り切り、中東の利権を独り占めした」

 「で、出たんだよな。中東に砂漠という平地に」

 「砂漠は、石油が出たといって、牧草地のように農業補償をしなくてもいいかんね」

 「それ以前、環境汚染に対して反対意見がほぼ出ない」

 「油田周辺の買い占めが容易」

 「なにか現実逃避している論調だが、アラブの石油は埋蔵量が膨大で、発掘も容易。そのうち、亜米利加を超えるだろうと言われているほどだ」

 「そうして、世界中の富がアラブという砂漠地帯に吸い込まれているわけだが、実際、アラブの民は富豪か?」

 「今まで通り、遊牧の民は貧しいですよ。モンゴル人とそう変わりはありません」

 「では、伝説はあくまで伝説か?」

 「いえ、アラブを垣間見てきた商人の話をきいている限り、そういう自治領があると言えるでしょう」

 「どんなふうに豊かなんだ?」

 「亜米利加があり余る石油で、集中冷暖房。プールサイドでひなたぼっこ、移動に自動車を使うというのは良くきく話ですが、それの再現された世界があるといっても過言ではありません」

 「おいおい、それって単に油精製等、石油技術者が亜米利加からやってきた高給とりのことを言っているんじゃないか」

 「いえ、彼らとは違う民族ですよ」

 「多国籍民族の亜米利加人と違う民族というのはこれいかに?」

 「アラブに住んでいるのですから、当然、彼らはイスラム教徒ですよ」

 「ほう、それは豚肉を食べない亜米利加人ではないんだな」

 「ええ、亜米利加人以上に砂漠の熱気に弱く、あっ、でも寒さにはめっぽう強いですね」

 「なるほど、そこまでの話で集中冷房システムが必要なわけがわかった」

 「要するに、砂漠の暑さを吹き飛ばすためにクーラーが必要なんだな」

 「ええ、ベドウィンのように砂漠を横断する民族ではありません」

 「もしかして、露西亜から引き連れてきたユダヤ人と言うオチではあるまい」

 「露西亜から来てもユダヤ人はあくまでユダヤ教徒ですよ。だから露西亜は関係ありません」

 「うーん、後、仏蘭西から忠誠を裏切らない民族というのは思いつかんな」

 「正確には露西亜は関係ありませんが、露西亜のバクー油田で研修した民族といえますから、露西亜が彼らを連れてきたといっても間違いではありません」

 「そこまで言ってもわからん。その民族は?」

 「ペルシャ湾の最奥部に自治領を構えているのは、オスマントルコから分離したクルド民族ですよ」

 「なるほど、解放者、露西亜の仲介があれば仏蘭西も使いやすいわな」

 「でも、仏蘭西人を石油採掘業に採用しなかったのはなぜです」

 「石油の油田を掘り当てるのは、山師の仕事といっても間違いではありません」

 「ラテン民族の共通語。山師はもてない。だからその仕事はしない」

 「そうかもてない仕事だからか」

 「おかげで、印度で暴動が起きる理由になりつつあるんだが、もしかして仏蘭西の深慮遠謀というやつか」

 「何にも考えていないからこそ出てきた偶然ですよ」

 「そうそう、だからこそ英吉利はその尻尾をつかむことができなかったわけですよ」

 

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