仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第316話

 1938年(昭和12年)四月六日

 印度 ムンバイ 貿易商

 「ジャムシェトジー=タタが前世紀に切り開いたムンバイ=江戸間航路の開通から七十年。彼を再評価する声は高まりつつある」

 「タタ財閥が本拠を構えるのは、ここムンバイ。彼は、日本の成功をなぞろうとしたのか?」

 「最初にやったのは貿易商。これで印度中の綿花製造業の人間は、西欧まで綿花を海上輸送するのをやめた」

 「もちろん、当時の印度貿易を取り仕切っていたペニンシュラは、対抗値下げを実施。タタが十二ルピー ( / 3.7立方m )なら、こちらは十九ルピーから十分の一に下げることを表明した」

 「これって、印度資本つぶしの典型例だよね」

 「タタが十二ルピーをやめたら、元の十九ルピーに戻そうという大資本による中小資本つぶし」

 「けれど、タタはこれを好機とばかりに印度綿花をペニンシュラの船舶に搭載して江戸まで輸送、日本で綿織物に加工してそれを印度で販売をしてぼろもうけ」

 「東海道鉄道会社から同航路に使おうとリースしていた輸送船二隻は、タタつぶしの表明を受けた後、ムンバイ=クウェート航路間に転用。印度に天然真珠をもちこんで大儲けをした。ペニンシュラが翌年度からムンバイ=江戸航路の輸送運賃を十九ルピーに戻すのをみて、再び、十二ルピーで顧客を開拓」

 「ペニンシュラは、もう一度、十分の一まで値下げを決行。その後、タタが十二ルピーでの輸送を開店休業に追いやることの繰り返しがしばらく続く」

 「タタ以外の貿易商は、西洋まで綿花を輸送するうまみよりも工賃が安く、印度に対して腰の低い日本人、中国人に綿花を売る方がもうかることを発見」

 「ただし、ペニンシュラの同航路輸送運賃十九ルピーではうまみがないことも発見した」

 「その結果、ペニンシュラのアクドイ商法に振り回されるのを回避するために、タタと五年以上にわたる長期契約を選択。ここに東海道鉄道株式会社の船舶二隻を使った印日定期航路の開通となった」

 「しかし、この流れに乗りタタ財閥とよばれるようになったタタ一族は、政治に手を出さない。商圏も本拠地のムンバイとそれに接する州までしか広げない」

 「タタは、政治的野心も大財閥への拡大にも興味がないのか?」

 

 

 

 タタ財閥 定時総会

 「タタ財閥の創始者が死んで三十三回忌は過ぎた。もう創始者に縛られる立場から脱却すべきではないか」

 「少なくとも印度一の財閥となるべきです。立場を強固しましょう」

 「創始者の言葉は二代目の目が黒いうち変更しない」

 「しかし、我々はゾロアスター教徒です。印度に縛られる必要はありません」

 「それは認める。それは大いに我が財閥に役立っておる」

 「はい。ヒンズー教ではその階級制度を親から引き継ぐことからまったく新しい仕事でなければ、本人はもとよりその一族からその出世した仕事に就けないと断られることが多々あります」

 「あれは、既存勢力の上位者が制度を食い物にする制度といっても新興勃発企業団からしてみれば大いなる災いと言うべきものです」

 「だが、既存勢力と英吉利が手を組むとどうにもならないことが多々起こる」

 「はい、創始者の機転で我々はペニンシュラの新興勢力つぶしをまぬがれましたが、あのとき印度政庁が我々にしてくれたことはなんだ?」

 「ペニンシュラの九割下げた印日航路料金を我々の抗議をききいれもせず認可いたしました」

 「それに、今の状況で大きく稼いでもその金は英吉利人が貴族の生活をするために取り上げられるだけだ。金は残さないのが基本だな」

 「はい、設備投資を怠るなという創始者の言葉は金言です」

 「では、我々は政治の分野に進出すべきです。そうすれば英吉利政府も我々に特権階級を用意するでしょう」

 「時期尚早だな。今、印度で広がっている噂を知っているか」

 「それはもちろんです。砂漠の民の方が印度人より裕福だと」

 「もし、それをきいて印度人の多数意見はどうなるか?」

 「絶望するか、その怒りをどこかにぶつけるでしょう」

 「どこにぶつける?」

 「特権階級か、もしくは英吉利かと」

 「どうしても内乱は避けられない」

 「内乱の主導権を取るためにも、印度人で成功した我々が先導すべきでは?」

 「創始者の言葉だが、我々が翼を広げる時は印度の問題を解決した後になる」

 「その解釈をしてみよ」

 「印度独立の時かと」

 「他に?」

 「ヒンズー教、イスラム教、仏教。この三つの対立が解けた時」

 「他に?」

 「ありません」

 「創始者の遺言だが、印度は英吉利から独立した後に二度戦わねばならん。宗教戦争を治めた後、多民族国家印度をまとめる旗印が必要だ。既存のヒンズー教の上位者、司祭と王族と決別した印度ができた時、タタは印度に貢献せよ。それまでは従業員をまとめよ」

 「いつになるのでしょうか。その夢のような日は?」

 「政治には当分口を出すなという遺言ですな」

 「二十世紀が終わってしまうでしょう」

 

 

 

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