仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第317話
1938年(昭和12年)七月一日
ポーツマス 海軍基地
「さらばポーツマス、再び見まえる日を待ち望まん」
「今回の出港、気が重いな」
「前の世紀におこったセポイの乱の再現という政治家もいるほどだ」
「あれほど、印度を二重にも三重にも分割し、相互の宗教対立をあおり、庇護者たる地位に大英帝国を引き上げた策が水に帰したとはなあ」
「印度に紡績業が発達し、印度人に職を提供しなおかつ所得水準があがった」
「所得水準があがれば、留学等の手段を用いて教育水準も上がる」
「女工の教育水準も上がるしな」
「そうして、大英帝国が印度から不当に搾取している事実が広まる」
「亜米利加独立以前の不穏な空気が印度中に蔓延する」
「それを妨げる策が分割統治。ヒンズー教徒を冷遇し少数派の宗教を優遇する」
「タタ一族の拝火教を優遇したのもその一環だな」
「タタは、政治の世界に飛びこまなかったが。ペニンシュラのアホがタタに対して起てた対抗策が引き金となって印度政庁に対して不信任を抱き、印度政庁の手足であることをやめた」
「そこに大英帝国で湧き出てこない原油の産出国ペルシャ湾で、貴族待遇の回教徒がいるという噂が広まった」
「事実だな。石油採掘機を操る技師が集まる都市ならば高給とりだしなあ」
「むしろ、石油の出ない大英帝国に都市丸ごと移住を薦めたいぐらいだ」
「イギリスで発達しなかった産業の一つに石油精製業がある」
「海軍はまだいい。重油は原油から精製してくれるが」
「空軍の求めるハイオクガソリンは、さっぱりだから。石油精製の技術をもつ回教徒一族そのモノを厚遇したいほどだ」
「亜米利加が持ち込むハイオクガソリンに対し、自国製油業のガソリンはどうみてもレギュラー規格だな」
「おかげで、空軍は亜米利加と戦争をするなとうるさいわ」
「なのになんで、ハイオク規格の戦闘機を作るかね。レギュラー規格のエンジンを作っておけば亜米利加との戦争でも困らないだろ」
「そうそう、同盟国独逸にできているのに空軍は、だらしないぞ」
「でも結局、俺たち海軍が出港する理由は、砲艦外交と変わらん」
「そうそう、戦艦の主砲を陸地に向けて印度植民地を恫喝するのが俺たちの役目」
「海港から奥地に向けて二十キロメートルは、大英帝国として安全地帯となす」
「そして、今回今までよりまずい理由は、印度が一つになったからだ」
「砂漠を乗り越え、印度の工芸品をアラブに運んでいた時代、アラブ人は文化もなく貧しいなとおのれを慰めていたが、ひそひそと商人からの噂が広がり砂漠の回教徒は、印度人より豊かではないかという疑心暗鬼が全印度中に広がったことだ」
「人は他人が自分たちより貧しければある程度満足できる」
「それが一転して、印度中に広がるデモストライキの看板は、
我々にナンを
英吉利は出てゆけ
印度は独立する
我々にはメイドが必要だ
要求が通るまでストライキだ
「このスローガンの前に、反対する印度人はいない」
「元々メイドがいる印度人なんぞ、王侯などのバラモンの階級だよな」
「おおそうよ、俺たち、英吉利軍人でも少将より上にならんと無理だろ」
「とてつもなく、要求がでかくないか」
「でかくすればでかくなるが、最低限必要な収入増は、現在の収入から二倍だな。今までの収入を維持するために、就業日数を半分にして残りの日々をメイドや執事として過ごせば、印度人全員が納得する」
「おお、ナイスアイディア、早速上奏しようではないか」
「だけど、それって俺たちこそに必要と思わんか」
「確かに。安月給の上、危険地手当はつくものの、印度にいったらいつ背中を刺されるかわからん」
「このまま、仏蘭西に戦争を吹っかけない?」
「悪くない。進路を変更して、カレー海峡を目指さないか」
「ジブラルタル海峡でもいいぞ」
「沈没しても助かる可能性が高いところがいい」
「そうだ。すぐにポーツマスに戻れる所に進路を変更しようぜ」
「よし、艦長室に押しかけようぜ」
艦長室
「という理由で、我々は仏蘭西との戦争を要求いたします」
「却下」
「なぜ、駄目なんでしょう」
「いいか、船は重油で動く。これはわかるな」
「イエッサー」
「重油は全て輸入品。これも大丈夫だよな」
「イエッサー」
「輸入品を買うために、印度から収入が必要だ。つまり、印度人を脅して大英帝国は金を稼がねばならん。そうしなければ、重油が手に入らない。これも大丈夫か?」
「イ、 イエッサー」
「よろしい。君たちの要求並びに給与は印度にある。そういうわけで当初の予定通り印度に向けて出港する」
「「「イエッサー」」」
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