仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第320話
1938年(昭和12年)七月四日午前中
亜米利加 アパラチアラジオ放送局
「本日、亜米利加合衆国は独立記念日であり、国中でパレードを今か今かと待ち受ける人々で、ごったかえしています」
「当然でしょう。今をさかのぼること百六十一年、亜米利加の祖先は、当地を植民地支配していた英吉利より独立を達成した。いわば、国家が奴隷解放をなした日であります」
「そして、世界は今、この独立国であることのありがたみに直面しています」
「はい、英吉利の植民地である印度は治安が不安定となっています」
「それは、英吉利側から見た評価ですよ。英吉利から独立した亜米利加側に立って考証してみますと、印度の生み出した富を英吉利市民が搾取していると考えれば、ボストン紅茶事件を引き起こしたのと同様の争議が持ち上がるかもしれません」
「そして、印度の不安定さと相まって英吉利の艦隊が出港しました」
「今その艦隊は、英吉利植民地が広がるアフリカ南部にて消息を絶ったとのことです」
「はい。突飛でもないことを考える人々はこのまま、パナマ運河を破壊するために英吉利艦隊が出撃したとみなしたいみたいです」
「そんなバカな考えがあるのですか」
「仏蘭西の金の卵をうむ運河は、一つ。スエズ運河です」
「これは、英吉利の攻略対象なのはわかります」
「ええ、スエズ運河が破壊されれば、欧州とアジアの最短ルートを破壊できたことになります」
「仏蘭西は大打撃ですねえ」
「けれど、この運河を破壊するのはかなり難しいですよ」
「ええ、砂漠を掘ってできた運河ですからいくら大砲をうちこもうが、戦艦が引き上げた後、もう一回掘れば簡単に修復できます」
「では、英吉利がパナマ運河を攻撃する正当性をもたせるにはどうすればいいのでしょうか?」
「えーと、戦争相手がいればいいのでは」
「ええ、戦場がたまたまパナマ運河になって、その戦場であるパナマ運河を構成する水門を破壊すれば、パナマ運河は少なくとも二年は不通になります」
「ええ、パナマ運河は一番上のガトゥン湖から段階的に水門がありますから、その重要箇所に大砲なり爆弾を放り込めば、ダムが決壊するかのように大洪水を引き起こして全破壊ということで、もう一度最初から建築し直さねばなりませんからね」
「ええ、だから戦争相手さえいれば、この仮定は成り立つんですよ」
「解説の方はそうおっしゃいますが、もう一点、パナマ運河を破壊する利益がなくては戦争が成立しません」
「やってやろうじゃないかよ。その無茶ぶりに挑戦してやる」
「では、これから解説者によるガトゥンガ湖での戦争話をきかせていただきましょう」
「よし、まずは英吉利艦隊がガトゥン湖にやってくるきっかけとするなら、英吉利らしくオカルトによるお告げだ」
「なるほど、いかにも英吉利らしいですよね」
「ああ、いつかオカルトがもとで近代戦争が起きると俺は思っている」
「えっ、古代の話ではないんですか?オカルトが絡む戦争というのは」
「馬鹿いっちゃあいけない。中世の魔女狩り。あれも局地的な戦争行為だろ」
「まあ、確かに」
「それにさ、十字軍というもの、あれって宗教戦争だろ」
「ええ、東西文明が衝突した戦争とも言えます」
「ここで、宗教というもの。あるキリスト教の宗教指導者がお告げを受けてアラブに戦争を吹っかけていったとするならば、十字軍が終わるまでオカルトによる戦争といっても問題あるまい」
「とするならば、第九回十字軍をもって十三世紀まで世界はオカルトで戦争をしていたということですか」
「もっというのなら、宗教戦争というものはオカルト戦争といっても過言ではあるまい」
「確かに。十七世紀の三十年戦争をもってしても、プロテスタントとカトリックの戦いが起こっています」
「ま、ここでは宗教対立が重要じゃない。オカルトによるお告げ、これは十分な戦争のきっかけとなる」
「ええ、確かに。宗教がからんでいない戦争の方が少数派といっても問題ないでしょう」
「そりゃそうさ。人間がまとまる理由ってのは、どっちか二つっていう場合がほとんどさ」
「一つは、宗教の違いですね」
「ああ、そうさ。欧州大陸をもってくればわかりやすい。ゲルマン民族はほとんどカトリックがいない。だから」
「だから?どうなんです」
「だから、戦争相手の国教がカトリックというのなら、反カトリックでまとまることができる」
「なるほど、この解説者さん。一流ですね。取り合えず、我々はオカルトによるお告げで英吉利艦隊がガトゥン湖に向けて出撃した理由としてもっともらしい理由に納得させられました」
「で、その戦争相手だが」
「残念です。この続きは、CMの後となります」
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