仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第324話
1938年(昭和12年)七月四日午後八時過ぎ
亜米利加 アパラチアラジオ放送局
「臨時ニュースを申し上げます。地球に再接近した火星から火星人が攻めて来ました。皆さん、亜米利加は宇宙戦争に巻き込まれたのです。空から襲撃してくる火星人にご注意してください」
「ザザアーーー」
「ザザアーーー」
「視聴者の皆さん、お気をつけください。このアパラチア放送の短波がただいま宇宙から電波ジャックを受けています。我々の放送出力の百倍を上回る短波出力で成層圏から電波が降り注いでいます。ガッガー」
「地球の皆さん、よいお知らせです。我々が先端科学力を持って、火星より飛び立つこと二ヶ月、地球にたどり着いたわけです。ほら、南方に輝く星よりも明るい赤い球体。あれは、我々の母星火星」
「ほらほら、どの恒星よりも明るいでしょ。それだけ、地球に火星が接近している証拠。そして我々がまだ宇宙にいると思っている地球人の皆さん、ご愁傷様、我々はすでに地球に根を張っており、すぐさま地球人に攻勢をかけるつもりです。あ、ごめんなさい。我々が手を出す必要はありませんね。黒っぽい人たちが多数派に対して遺恨を持っているようだから、地球征服武器を分けてあげましたの。明日まで黒っぽい人たちが遺恨を晴らすのを見物してから、地球の皆さん、宇宙戦争をしましょうね。ではでは、我々と戦争になるまで生き残っておいてね。少しばかり歯ごたえがほしいのですから。それが惑星間飛行をした我々に対するお約束というものですよ」
「ザザアーーー」
「ザザアーーー」
「小声で、これは空想小説を朗読したものです」
「繰り返します、これは空想小説を朗読したものです」
滝線都市沿いのとあるパブ
「野郎ども、聞いたか、火星人が攻めてきたんだ」
「そんな悠長なことを言っている場合ですか、火星人の前に黒人との戦争ですよ。黒人を皆殺しにしないと、火星人との決戦の前に後ろから撃たれます」
「黒人を皆殺しだ」
「銃を手に取れ」
「銃を家から取ってきたら、町の広場に集合だ」
「そうだ。一人きりになっていたら、黒人が襲撃してきても反撃できないぞ」
「今夜は夜通しパトロールだ」
「パトロール最中、不審者と遭遇した場合?」
「黒人なら問答無用、撃て」
「「「イエッサー」」」
良識ある中流家庭
「パパ、火星人が攻めてきたって」
「え、火星から向かってくるのかい?」
「うん、火星再接近とともに攻めてきたんだって」
「そうか、では、戸締りをきちんと確認して今夜は寝なさい」
「パパ、こっちから攻撃してはだめなの?」
「ラジオから言ってきたんだろ。こんなとき、どうするか、普段から教えてるはずだけど」
「えーと、たしか、複数の情報源を確保せよ」
「では、ラジオの次に信頼できるものは?」
「新聞かな」
「だったら、明日の朝刊を買いに行ってこような。ひとつのメディアに頼るのは危険なことだからな」
「うん、わかった」
「あなた、それで大丈夫なの?」
「戦争で一番危険なこと、それは同士討ち」
「ああ、確かに、黒人と白人の同士討ちを狙っているような放送だったわね」
「それから、アパラチア放送の受信範囲は広すぎろ」
「標高千メートル級のアンテナから放送されてるんだわね」
「アパラチア山脈は、ミシシッピ湾からカナダまでを貫く全長二千キロメートルの長い山脈。この上から放送をかければ、東海岸すべてが受信範囲だ」
「とにかくだ。夜が明けなければ動きようがない。仮に火星人との戦争になるとしてだ、夜道で襲撃される可能性のほうがはるかに高い」
「自衛のためにピストル所持が認められる国家、それが亜米利加だよね」
「複数の情報を入手するまで動かないほうがいい」
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