仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第34話

 1869年(明治三年)四月二十日

 漢陽 王宮

 「ここに対馬藩主である宗義達は使者をつかわし、日本が開国したことを告げる。とともに、朝鮮に対しても開国されますようお願いに参りました」

 「使者にきくが日本は我が国と同じ鎖国を国策としてきたときくニダ」

 「その通りでした」

 「では、戦闘で破れて開国したニダ?」

 「いえ、一度も戦争にはなりませんでした」

 「では、圧力が以降に屈したニダ?」

 「決してそのようなことはございません。時局を見て開国いたしました」

 「では、何をして開国したか、朕が教えてやるニダ」

 「はあ」

 「砂漠の土民に混じって土木工事をして強国の歓心を買い、戦争を回避したニダ」

 「いえ、強国と呼ばれる国は複数あり、そのようのことをしても全ての国は納得しません」

 「ふむ、まず一つ事実が確認できたニダ。日本は仏蘭西の圧力に屈して土木工事をしたニダ。そして仏蘭西の下に立つことで、他の強国の干渉を防いだニダ」

 「我が国と仏蘭西は同盟関係にあります」

 「そうか、我が国と違うニダ。仏蘭西の宣教師を殺害した後、三年前に仏蘭西は我が国を攻めてきたニダ」

 「ニダニダ」

 「それを一万人の仏蘭西軍を二度も我が朝鮮は破ったニダ」

 「日本と違うニダ」

 「ニダニダ」

 「よって、我が国はその仏蘭西軍に敗れた清よりも強いニダ」

 「ニダニダ」

 「そう、清が植民地となった以上、我が朝鮮は中華思想を受け継ぐ唯一無比の存在となった国ニダ」

 「パチパチパチ」

 「あのう、日本からの開国要求はどうなりますでしょうか」

 「もちろん拒否ニダ」

 「ニダニダ」

 

 

 四月二十一日

 桟原城

 「あのう、日本政府から要請があった朝鮮に対する開国要求に対する朝鮮の返答はいかがいたしましょう」

 「事実そのままを書いてやれ」

 「つまり、両国間で戦争が起こってもやむを得ないような書き方をしてもよいというので」

 「事実を書けというのはそういうことだ」

 「では、そのように文章を作成させていただきます」

 「昔はよかったなあ。あのような国と応対するだけで疲れたものだが、実があった」

 「ですねえ。朝鮮人参に木綿。どれもうまみのある貿易でした」

 「それがいつの間にか双方とも国産化され、朝鮮との貿易も振るわなくなった」

 「よし、今度は幕府軍を対馬に駐屯させ、我が藩はその軍が使用する貨幣で潤ってやる」

 「そんな書き方でいいぞ」

 「はっ」

 

 

 四月二十八日

 江戸城

 「後見役、朝鮮は我が国からの使者に対し、どのような返事をいたしたのでしょうか」

 「抜粋すると、日本はアフリカの土民と同じように、仏蘭西に酷使され運河を開通させ、なおかつ仏蘭西に屈辱的な不平等条約を結ばされた。なお、それに対し朝鮮はその仏蘭西を二度も退け、清にとって代わる国になったと。よって、我が朝鮮のみが尊王攘夷を貫いたとある。もちろん、日本からの開国要求などはなから拒否だ」

 「では、我が国の対応は?」

 「売られたケンカを諸君ならいかがいたす」

 「「「買いましょう」」」

 「その意気やよし。海軍奉行、朝鮮に攻めてゆくのは可能か?」

 「軍艦が足りませぬ」

 「いかほど」

 「千人乗りの軍艦であれば後十隻程」

 「勘定奉行、その金を作るにはどうすればよい」

 「いくつか候補があります。借金を商人からする。もう一度円の上に仮に新円とする通貨単位を作る。年貢を物納から金銭納にする。売上税を二割にあげる等が考えられます」

 「では、商人からの借金か?」

 「これは商人どもが警戒しております。幕府は円騒動の際、商人に多大なる損害を与えました。これでは、戦争のための新規借金を頼みづらくなっております」

 「では、新円はどうだ」

 「新しい円という通貨単位になってから六年しかたっておりません。もし、新しい通貨単位を導入いたしましても世間はそっぽを向くかしれません。これを強行すれば幕府の通貨制度を根底から覆す事態になりかねません」

 「では、年貢の金銭納か」

 「これは百姓の多大なる抵抗に遭いまして、もし仮にこれを導入するにしても五年の猶予が必要かと」

 「では、消去法で売上税を二割にすれば軍艦を購入できるのだな」

 「他に手が浮かびませぬ」

 「よし、公示をいたせ」

 

 

 日本橋

 告示

 来年より売上税を二割に改定する

  幕府

 「なあ、幕府はなぜ売上税を二割にあげるんだ」

 「どうやら、朝鮮と戦争がしたいらしい」

 「ああ、それ聞いたことある。朝鮮は鎖国を続けているのに日本は開国になった。で、日本が朝鮮に開国を求めたところ、けんもほろろで断られたそうだ。で、幕府は面子が丸つぶれ、売られたケンカなら買ってやろうという話になってまず軍艦を用意するために増税することになったという話だ」

 「それは、迷惑な話だな」

 「庶民には、実質一割収入減だな」

 「天下泰平が三百年続いたのに幕府がそれを破るのか」

 「ほら、欧米からの突き上げがなくなっただろ。熱さのど元を過ぎるとそれを忘れるとよく言うやつだろ」

 「で、今度は欧米の立場になって朝鮮にやろうというのか」

 「上は、戦争をしたいだろうが、実際に戦う侍はろくに刀を振り回した者がいないのだ。勝てるのか?」

 「ひとつ言えるのは、ろくに軍艦に乗ったことのない連中ばかりだ。一人前になるまで五年は必要だろう」

 「では、少なくとも売上税の増税は十年は続くのか?」

 「軍艦を大量に作ったら、それに乗る人員をいつも確保せねばならないから売上税二割は半固定かそれ以上の増税になるであろう」

 「どうやったら、それを回避できる?」

 「抗議活動というやつか、では幕府の収入にならない土地で消費したらどうだ。例えば土浦とか」

 「おう、そうしたる。大金を使うときは土浦に行く。小金を使うときは免税されている棒手ふりから買うぞ」

 「俺、用事がない時は江戸にいないことにする。実家のある小田原に住んでることにするわ」

 

 

 五月一日

 中山道鉄道株式会社本社 摂津 梅田

 「これより臨時取締役会を開催いたす。議題は来年からの売上税二割への対応である」

 「わしらんとこも一割値上げでっか」

 「今回は納得いきまへん。そりゃ、わてらが税金を払っておらへんから売上税一割はすんなり納得できはったが、いきなり二割でっせ。そんなんありまっか」

 「実際に払うのは庶民ですから、わてらが負担するんとはちょい違いまっせ」

 「何を言いはりますねん。売上税一割を導入したときの話でっせ。あの折は、苦汁をのんでわてらの会社の運賃は値上げせんで頑張ったんとちゃいまっか」

 「せやせや。あの折は苦労した。それを何の相談もなしに軍艦を買うために二倍の増税でっせ。どや、来年は、一割しか納めんのはどうや」

 「そんなん通じまっか」

 「幕府が納得しないなら、わてらにも考えがありまっせ。どや、本社を彦根にうつさへんか。その前に彦根藩に確約をもらうんや。彦根藩は売上税を一割のままにしてもらうんや」

 「ええなあ。すぐさまやりましょう」

 「あんじょう、うまくいきますやろ」

 「うまくいかへんかったら、次は、信州上田藩五万石に本社を作るんや。対外的にはうちらの会社、中山道鉄道株式会社ですねん。中山道の難所に鉄道をひく覚悟を示しましたといえばいいねん」

 「せやせや、あそこは借金まみれやし、藩政を牛耳ってるのは近江商人や。なんの問題もあらへん」

 「ほな、明日の駅に告示すんで。今年十二月三十一日をもって中山道鉄道株式会社は本社を移転します。詳細は後日発表させていただきますとな」

 「「「異議なし」」」

 

 

 五月三日

 水道橋駅

 「本日の臨時の議題であるが、来年からの売上税二割に対する対策を聞きたい」

 「日本で二番目に売上税を幕府におさめている中山道鉄道株式会社にならうというのはどうでしょう」

 「異議なし」

 「では、売上税一割で我々を受け入れてくれる藩にめどはたってますでしょうか」

 「御三家でいうと水戸藩と尾張藩で受け入れの話がついています」

 「では、七月をもって水戸藩に本社を移すのはどうでしょう」

 「「「異議なし」」」

 「えー、これは例え幕府が売上税を一割に戻したところでこのような政策をおこなう幕府は信用できませんので、我々の本社は恒久的に水戸に登録したいと思います」

 「「「異議なし」」」

 

 

 日本橋駅

 告示

 「何々、東海道鉄道株式会社は七月の水戸乗り入れに伴い、本社を水戸に置くものとします」

 「ああ、なるほど、一挙三徳の手だな」

 「一つ目は故郷に錦を飾るというのだろ」

 「売上税一割のままでいたいというのが二つ目。三つ目はなんだ?」

 「仙台目指して路線を伸長しますという表れだろ」

 「そっか、庶民に対する受けがいいからではないか。水戸に本社を置けば運賃の値上げをしなくてもすむという話だろ」

 「なるほど、一挙四得であったか」

 

 

 日本橋にあるとある百貨店

 「わが社は水戸に百貨店を開設するとともに本社を水戸藩にうつすものとする」

 「ははっ」

 

 

 六月一日

 江戸城

 「勘定奉行、そちの進言に伴い売上税を二割にするという策、なぜうまくいかない」

 「それは、将軍の名で各藩に告示しなければなりませぬ。此度幕府は来年より売上税を二割にいたすので各藩もそれに追随いたすようにと」

 「ではなにか、幕府八百万石の中だけで話を決めても駄目だというのか」

 「はい、各藩で石高に対する税率は異なっております。ですので売上税を幕府のみ引き上げても各藩はそれに従う必要はございませぬ。我が藩は、この売上税のままで行く、その方が増収になるのでな。と言われれば、根回しをしていなければその主張を認める以外にございませぬ」

 「では、売上税一割の時はうまくいったのか」

 「あれは、大老自ら各藩のお願いをいたしました。各藩も増収になればやむなしと思っていたのでしょう。ただし、本社を日本橋、京、大坂に置く会社が多くございました。ですので幕府が一番得をしております。今回、また幕府ばかりが得をするのであれば、税率をあげないでおればおのが藩で増収になるのであれば幕府に歩調を合わせてくれませぬ」

 「ええい、やめじゃ。売上税も一割に戻せ。軍艦購入も征韓論も中止だ」

 「ですが、本社を日本橋、京、大坂に置く企業は半減いたしました」

 「幕府の独り負けか」

 

 

 六月十五日

 告示

 来年からの売上税は今年と同じ一割とする

  幕府

 「幕府もあせったな。今回の貧乏くじを引いた」

 「ああ、各地に企業が散った。一割に売上税を据え置いた藩はホクホクだな。幕府の勇み足をとがめたこともおいしいし、税収もかなり増えたからな」

 

 

 七月一日

 水戸駅

 「江戸行き一番列車、発車いたします」

 「今回は、機関手の選定がくじ引きだったな」

 「おめでたい席には、師範機関士が務めるものだが水戸出身の者たちばかりだ」

 「おかげで日本橋発水戸行きと現列車の機関手を選ぶのに苦労した」

 「日本橋と水戸間が三十里。最初に日本橋と土浦間に鉄道をひいていれば三年後には水戸駅にたどり着いただろうに」

 「そして関東平野だけで営業し、鉄道のない国々から不平不満が高まるのを待つか」

 「そ、そんなつもりはない。水戸まで開通してから京を目指すのはどうかといったんだ」

 「それだと今時分、名古屋あたりかのう」

 「それで東海の弓取ではないか。ほら、権現様にあやかってさ」

 「西国の雄藩が天皇を担いで幕府はけしからん。貿易を独占しているので鉄道を親藩だけで囲いました。これは天皇をないがしろにする謀略です。ぜひ我が藩に幕府討伐の勅旨をいただきたい、とか言われそうだが」

 「そんなに東海道に鉄道を走らせるのに理由があったのか」

 「半分はそうだ。江戸と京大坂が一日で行き来できるようになるのは誰もが納得する。三都の連携を強める意味でも、商人に便宜を図る意味でも」

 「そ、そんなに政治の奥は深いのか」

 「最大公約数というか、最大多数がいるのが東海道だ。ここを走らせれば最大多数の人に便宜をはかったことにもなる。だが、忘れてもらっては困る、株式会社は営利を求めるものであり、最大の利益を見込める路線に金を投じるのはごく当たり前のことだ」

 「では、これからも利益の見込める路線が延びてゆくのか」

 「最初に路線申請を出したころには競合会社はなかった。だから、我々の申請が通った。しかし、競合会社が路線申請をしていればよっぽどのことがない限り、他の会社に埋設許可は下りない。幕府次第だが、鉄道をひけば経済が活性化するのを誰もが理化し始めている。だから、沿線開発のために最初に路線をひくという手段をとる地域も出てくるだろう」

 「蝦夷地とか樺太とかか」

 「それはなんだ、鵜飼いの鵜なのか。せっかく東海道という金のなる木を作ったのに、これからはそのおいしいところを幕府に持っていかれるのか」

 「鉄道は、公共のためにもある。半分ほど幕府に協力せねばなるまい。自分で苗を植えてその木を育てることも必要になるだろう」

 「よし、ほんの少しだけ世の中に協力してやる」

  

 

 

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