仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第36話

 1870年(明治四年)四月五日

 源氏物語『賢木』『花散里』を浮世絵化

 「都落ちする主人公がその原因を作ったのは、やっぱり夜這か」

 「高値の花ほど挑戦したくなるのだろ」

 

 

 四月四日

 セーヌ県知事であるジョルジュオスマンが遣り水(太鼓橋のかかった池)を模してパリの外周に掘を掘り始めて二年になる。掘った土で五重塔を模してセメント造りの塔を建造し始める

 「御池を掘って観光船を運行するようにし、景観を配慮した塔を建設するのは、パリ改造の集大成か」

 「八年計画よ。パリを東西南北で四分割し、北東部が二年がかりで第一部完成だ」

 「パリの中心部にプランタンを創出した魔術がまたさえるか」

 「オスマン化の最終章は、東洋との融和か」

 

 

 四月十三日

 ニューヨークでメトロポリタン美術館が開館

 「やっと、亜米利加にも欧州各国に劣らぬ美術館ができた」

 「建国以来、国が若いのだ。偏りなく美術品を収蔵することにしよう」

 

 

 七月一日

 水戸駅

 「鹿島神宮行き一番列車、発車いたします」

 「伊勢神宮がむくれないといいが」

 「工場地開拓路線では乗客が期待できませんので、関東一円からの参拝客を迎える鹿島神宮まで延長しました」

 「我々は、水戸に本社を移しました。水戸の繁栄は地元経済への還元であると開き直るか」

 「他人を当てにせず、自力本願でやるべきと言えればどんなにいいことか」

 「神を恐れぬ所存か。それとも鉄道は魔を払う力があるか」

 「仙台まで路線を延ばすよりも軌条の魅力に負けたからな」

 

 

 七月十三日

 バート=エムス(独逸 温泉地)

 「ビィルヘルム一世、謹んで願いがあります。将来にわたって、スペイン王位にホーエンツェレルン家から出さないようにお約束いただきたい」

 「仏蘭西大使、失礼ではないか。朕はすでにスペイン王位を辞退しておる。それを譲渡といわず、さらなる圧迫を求めるとは。断るのみ」

 「では、お約束はいただけないので」

 「当然」

 「執事、ビスマルク宛に今日のやり取りを電報で伝えておけ。二度とこんな不愉快な事態に遭いたくはない」

 「はっ」

 

 

 七月十四日

 ベルリン朝刊

 仏蘭西大使がスペイン王位を辞退したプロシア王にさらなる譲渡を迫る。永遠に渡ってプロイセンはスペインに干渉すべき力はないと。スペインの王位を辞退したので十分と思っていたプロイセン王ビィルヘルム一世はこれに激怒。仏蘭西大使を一喝してプロイセンから放り出した

 

 ベルリン市内

 「仏蘭西の増長はすさまじいな。誰かがこの大使を懲らしめねばなるまい」

 「徴兵令で動員があれがすぐさま、俺は戦争に行くぞ。ああ、百年の恨みを晴らさずにいられるか」

 

 プロイセン内閣府

 「秘書よ、どうだ、国内の反応は」

 「は、国民すべてが仏蘭西の横暴に反発しております」

 「策はすでに授けた。国王から受け取った電報をプロイセン人が反発するように編集したものを新聞各紙に発表させた」

 「ドイツ連邦諸国には、プロイセンが攻められたとき、プロイセン側について参戦してもらうように改めて外交官を派遣いたしました」

 「うむ、普墺戦争の際には、外交によるとりまとめで失敗したので単独で墺太利連合に攻め込むのは苦難であった。此度は、前回の二の舞はせぬぞ」

 「あのとき、しゃしゃり出てきた調停者は、勝利者であるプロイセンの主張をはねつけるばかりであった」

 「あの折、ビスマルク様は宰相という立場で国王とも意見の相違を生じ苦労されました」

 「ザクセンに手を出せば、次なる戦争の相手は、調停者である仏蘭西と敗者であるはずの墺太利連合と戦うはめになる。だからザクセンには手を出せぬのに、国王はそれを認めてくださいませんでしたから」

 「あのときだけは、皇太子さまに感謝せねばならないでしょう」

 「そうだな。いつも争ってばかりのわしらだが、墺太利連合に勝利したのも皇太子なら、国王を説得してくれたのも皇太子だった」

 「おかげで、あの戦争で得た者は墺太利の独逸からの排除だけ。なんと無駄ばかりの戦争であったことか」

 「しかし、宰相としての立場は強固になりました」

 「北独逸連邦の成立か。そして今回、仏蘭西が攻めてくれば残りの独逸諸国もプロイセン側にたって参戦の協定が仏蘭西の知らぬ間にできておる」

 「もちろん、この戦いに仏蘭西の協力国が現れないように外交をこなしている」

 「後は、仏蘭西の動員を上回る徴兵令の効果と鉄道路線七本をもって仏蘭西の侵攻に防衛線を築くのみだ」

 「さて、ボナハルト、君は攻めてくるか?」

 「くるでしょう。来なければ大統領として不適格という烙印を仏蘭西国民から押されるでしょうから」

 「仏蘭西の栄光は、ここ百年でかわったことを知らしめてやろう」

 「御意」

 

 

 七月十四日

 カフェ モンブラン

 「プロイセンに懲罰を」

 「ルクセンブルクを取り損ねた報いをせねば」

 「阿蘭陀は、仏蘭西の主張に目を傾けていたものを。プロイセンが突っぱねおった」

 「おかげで調停によりルクセンブルクは、中立国へ」

 「ザクセンをいただくべきだ」

 「ひと泡吹かせねばなるまい」

 仏蘭西政府が動員を開始する

 

 

 七月十五日

 プロイセンが徴兵令を発動する

 

 

 七月十九日

 仏蘭西大統領府

 対プロイセンの宣戦布告

 プロイセン内閣府

 「宰相、北部連邦がプロイセンに兵を送っています」

 「南部諸国もプロイセン側につきました」

 「露西亜はどうだ?」

 「我が国に友好的な中立を表明いたしました。墺太利を牽制してくれています」

 「英吉利は?」

 「植民地競争相手である仏蘭西の弱体化を狙っていますから、不干渉です」

 「では、仏蘭西の南はどうだ」

 「伊太利は宗教問題を抱えていますので、中立です」

 「後、エムス電報の効果で独逸語圏の中で対仏感情が悪化しています。ですので、調停者をしてもらったはずの墺太利でさえ、仏蘭西に対し非協力的な中立となっております」

 「よし、外交で勝利を収めた。後は整えた舞台で勝利を」

 「「「はっ」」」

 

 

 八月二十日

 セーヌ県庁

 「はー、外交でプロイセンにいいところをもっていかれた」

 「どうだ、電信によればプロイセンの動員数が予測できるか」

 

 ミュンヘン 酒場より

 「二十五万人の独逸兵を動員」 

 

 ケルン ギャラリーより

 「十八万人の動員」

 

 ニュルンベルク 教会より

 「二十二万人の独逸兵が南下見込み」

 「まずい。わが軍の二倍だ。できるだけのことをせねばならぬ。仏蘭西西部の諸都市に大砲をパリに輸送を願え。合言葉は、『聖地を守れ』だ。これであるだけの大砲をパリに送ってくれる都市があるだろう。それが効かぬ都市には、大統領の凱旋時に前代未聞の空砲を鳴らすつもりだから、一時的に大砲を仮借したいと申し出よ」

 「はっ」

 「パリ北東部で工事中の運河で人員を四倍にせよ。とにかく完成を急げ。掘り出した土で作る予定だった塔は、防弾を施し、射撃兵を配備できるようにせよ」

 「はっ」

 「ヨーロッパ中に次なる電信を出せ。『聖地の危機。我、各国より義勇兵を求む』」

 「はっ」

 「後は、市民の協力を得て、独逸側に不用品を積み上げさせよ。とにかく敵は多数だ。パリを籠城戦の陣地を描け」

 「はっ」

 「パリ以東の諸都市に電報をうて。もし、仏蘭西軍が敗れてパリに向けて退却すべき事態にあれば、その事態を周辺諸都市に連絡するとともに、パリ以西まで全ての資材を引き連れてパリの籠城に協力すべし」

 「わかりました、焦土戦ですね」

 「そんな事態にならねばよいのだが。プロイセンは、東欧の国々と戦争を繰り返しつつ成長したビスマルクがいる。もっていけるのは、せいぜい引き分けであろう。四分六分で応戦をするのみだ」

 「後、新聞を使う。今回のエムス電報の裏側をかけ。パリ市民が押し上げた普仏戦争だがこれは、ビスマルクが仕掛けた綿密な挑発であると。そして、仏蘭西軍は二倍の独逸連合と交戦する死地におびき出されたのだと。よし、この線で新聞社に通報をもってゆけ。一戦を交えずに帰ってくる大統領もしくは、負けて帰ってくる大統領を温かく迎える状況を作り出しおけ」

 「はっ」

 「よし、後は、神頼みあるのみ。大統領が死、もしくは捕虜となればその地点で仏蘭西の負け。さあ、後は現場のがんばり次第だ」

 

 

 八月二十一日

 セダン

 「大統領、初戦で仏蘭西に負けました」

 「‥‥‥‥」

 「全部隊に告げよ。パリまで鉄道で退却せよ。殿部隊は騎兵隊で、仏蘭西の全部隊がひいたら線路を爆破せよ。焦土戦だ」

 「はっ」

 「しかし、それでは士気にかかわりませんか?」

 「オスマンから電報を得た。敵はわが軍の二倍の兵力を動員している。これに対抗するには、敵の利点である鉄道による包囲せん滅作戦を回避せねばならぬ。よって、プロイセンが動員した鉄道による物量作戦を防ぐには、鉄道を使えない状況をうむしかない。つまり仏蘭西国内で線路を寸断してゆく以外にない。さあ、パリにまでひくぞ」

 「はっ」

 「俺たちを受け入れてくれると思うか、パリ市民が?」

 「難しいな。初戦で負けた我々だが初戦で動員したのは、三万人。残りの三十万人が戦闘なしで首都までひくのだ。しかも要衝といえるメスも放棄だ」

 「後は、パリまでの線路が一つしかないことだ。相手の虚を突いているうちにとっとと退却させてくれるとは信じがたいが」

 「やるしかあるまい。敵にナポレオン一世がいるようだ。とにかく火力の使い方がうまい」

 「わが軍から出ずに独逸連邦に天才が現れたか」

 「一斉退却もやむをえまい」

 「ああ、敵は電光石火の包囲戦を仕掛けるつもりだったようだ」

 

 

 八月二十三日

 メス プロイセン陣地

 「仏蘭西兵が引いただと?」

 「はっ、一戦を交えた後、総兵が退却いたしました」

 「宰相に電報をうて。仏蘭西軍が総退却だと」

 「こちらの動員力を見破られたのでしょうか」

 「確認に二日を要した。後一日早ければ、十万人の包囲が完成したものを」

 「敵の待避先は?」

 「パリのもようです」

 「仏蘭西は持久戦を選択したか」

 「宰相の指示を仰げ。総員、仏蘭西兵を追って、パリに向かえ」

 「各軍に連絡兵を出します」

 

 

 九月四日

 ランス

 「斥候、パリの様子はどうであった?」

 「は、パリの北東部に障害物が埋め尽くされています。また、その前方に水濠が見られ、その背後には塔があり、狙撃兵が詰めている模様です」

 「パリの包囲はできそうか?」

 「それが思いのほか、多数の兵が詰めています。旗を見ますと、伊太利、スイス、スペイン、阿蘭陀等の義勇兵が見受けられますので独逸側の北東部に兵を展開するのはできるでしょうが、それ以外の南東、南西、北西部を包囲するのは困難かと」

 「今度は、プロイセンが仏蘭西に引きずり込まれたか」

 「メスからパリまで二百キロ。その中間にランスか。メス以西は鉄道による包囲が効かぬ。宰相に指示を仰げ」

 「はっ」

 

 

 

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