仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第37話

 1870年(明治四年)九月五日

 ランス プロイセン陣地

 「宰相の指示は、ランスで待機か」

 「仏蘭西の出方として考えられるのは、普墺戦争で墺太利に貸した借りを返してもらうというものが考えられる」

 「墺太利に今度は逆に調停者になってもらい、普仏戦争を停戦に持ってゆくというのですね」

 「もし、調停者として墺太利が出てきたのをプロイセンが突っぱねた場合、仏蘭西と墺太利による挟撃をされる心配がある」

 「兵隊が同数になれば、挟撃される方が断然不利ですね」

 「いくら、露西亜がプロイセン寄りだとしても調停者を突っぱねたプロイセン側にたって参戦するのは東欧の反発を買いかねん。つまり、外交によるプロイセンの優位はその地点でひっくり返される」

 「では、仏蘭西は墺太利に調停を要請するのでしょうか」

 「外交交渉のカードとして最後までとっておきたい札ではある。最初に切っても効果は高いが、欧州世論がプロイセンに逆風が吹き始めた時に切ると効果は倍増だな。一気に親仏が増える」

 「では、伊太利を動かすので?」

 「伊太利が動く条件は、あれだ。ローマ教皇庁と手を切れば伊太利の参戦を誘える」

 「つまり、伊太利に対する国内問題に手を出すのをやめれば、喜んでローマ教皇庁を接収してイタリア統一がなり、南からフランスの援軍がやってくると」

 「後は、プロイセンの国内体制だな。国王と宰相に現地で指揮をする将軍。勝っている最中は不平論が出てこないが戦線が停滞した今となっては、三つの頭から命令が出てくると、前線の兵がむくれるし、独逸諸国からなる連合軍ゆえの連絡不備もでてくるだろ」

 「では、持久戦ではプロイセンの利がないと」

 「そして、地力の差だ。いくらプロイセンががんばっても元は氷河地形であるフィヨルド地形。プロイセンは、氷河時代に肥沃な土壌ができたがいかんせん、北欧に近い。小麦ができない」

 「ドイツ南部は、氷河時代に肥沃な土壌が削られた地ですからね。やせ地ですから」

 「ヨーロッパの食料製造を一手に引き受ける仏蘭西の持久戦を戦う力は侮れない。我々が前進できないのもすぐさま食料不足とはならないが、持久戦をすればプロイセンの食料価格が上昇するのは目に見えている」

 「後は、ボナパルトとオスマンというホットラインが電信時代に威力を発揮している」

 「我らの電撃作戦を破られましたから」

 「そう、後一日でプロイセンによるメス包囲が完了する前にボナハルトは、オスマンからの電信を受け取ってパリにひいた」

 「ここにそれを記したパリの新聞記事があります。『罠にはめられた仏蘭西。プロイセンは仏蘭西に戦争を吹っかけるために二年の準備をし、仏蘭西が戦争を仕掛けるのを待っていた。ドイツ諸国に密約を取り、仏蘭西に一致団結して攻め込む謀略ができていた』とあります」

 「これで、パリ市民も頭を冷やした。市民がたきつけた対プロイセンの開戦も仏蘭西兵を死地に追いやる手段だとしたら、一戦して負けた仏蘭西兵のパリ帰還を大いに歓迎したとある」

 「俺が停戦を求められたら、停戦を承諾するよ。後は、賠償がどれだけになるかだね」

 

 

 仏蘭西 大統領府

 「オスマン、これからの策は?」

 「持久戦を仕掛けます。そして、外交では交渉をするふりだけしてください。例えば、墺太利に調停を依頼するとか、伊太利に参戦を要請するとか。それは、もう一段戦況が悪化するまで譲歩しないことです。自発的に墺太利が調停者を名乗りあげるまで。伊太利が教皇庁の話し合い抜きで参戦するのであれば。それらを拒む必要はありませんが、こちらからは相手の譲歩を引き出すまで言質を与えないことです」

 「では、戦争は終結しないのではないか?朕は無能といわれぬか」

 「プロイセンは今外征をしている最中です。向こうの方が前線までの距離が長いのです。そこをつきましょう」

 「それは理にかなっている。で、具体的には?」

 「電信を用いて各国にまだ残っている義勇兵を独逸諸国に対しゲリラ戦を仕掛けます。要は、産業基盤を落とせばよいのです。ダイナマイトをもって線路を爆破させます。プロイセンの電撃作戦を逆手に取ります。補給が停滞し、独逸諸国に厭戦気分を撒き散らしましょう」

 「よし、では国内でやるのは独逸兵への斥候だな。ランスまでであれば、補給線をたたくことはできないだろうからな」

 「後、パリ近郊に出てきた独逸兵を捕まえてください。たどたどしい仏蘭西語を使う兵隊や商人が入れば、容赦なく牢にぶち込んでください。この戦い、最後は捕虜の数で賠償額が決まる可能性が高くなりました」

 「よし、野暮な格好をしているやつがいれば問答無用でひっ捕まえろ。仏蘭西国民であることを証明できないのであれば、停戦まで豚飯を食わせろ」

 「はっ」

 

 

 大統領府 近衛兵詰所

 「お前のうちはどうだった?」

 「ああ、俺が帰ってきたのを見て涙を流して喜んでくれた」

 「ああ、俺の家では幽霊を見るような驚愕ぶりだったぞ」

 「いいよな、お前らは」

 「そうだよな。俺は行方不明組だ。後三カ月は家に帰ることはできない」

 「既婚者はうらやましいぞ。独身者はたいてい幽霊扱いで後三カ月は近衛兵に復帰できない」

 「そうだな、オスマンにより俺たちは『裏切り(関ヶ原)』の薩摩兵を演じたことになっている」

 「うむ、大統領を逃がすために近衛兵はわが身をすり減らしつつもメスからパリへの帰還を達成したとこになっている」

 「ま、そうでもしなけりゃ。一戦負け戦をした我々を歓迎するパリ市民はいまい」

 

 

 十月三日

 ランス プロイセン陣地

 「宰相、昨日はリューネブルクで列車が爆破されました」

 「おとといは、ゲッチンゲンで列車が脱線しました」

 「独逸諸国から兵を国内の見回りにまわしたいとの要請がひっきりなしにあがってきています」

 「ランスに滞陣しているだけで、利がない」

 「これは、どこかに停戦を斡旋してもらうほかあるまい」

 「後、パリ近郊に出した斥候の帰還率が急減しました」

 「おしゃれな兵隊がやぼったい格好をするのはそう難しくない」

 「しかし、仏蘭西国内で仏蘭西語の話せる独逸兵はそう多くない」

 「しかも、芸術の都といわれるパリ近郊では仏蘭西兵は独逸兵よりもおしゃれだ」

 「よって、やぼったい格好をした商人なり兵隊は尋問の集中攻撃に遭う。我々が捕まえた仏蘭西兵より仏蘭西国内で行方不明になった独逸兵の方が三倍多い」

 「我々が墺太利に停戦を要請したくなった」

 「ああ、オタクはどこにでもいるな。これ以降も独逸国内で線路を爆破するゲリラ作戦が続行するだろう」

 「ただの爆弾魔も独逸国内でやれば、聖戦士だ」

 「面白半分に独逸国内でダイナマイトを仕掛ける愉快犯も出てくるだろう」

 「不確定要素が増えたな。オタクの聖地オペラ界隈を独逸に渡すなというのがヨーロッパにいるオタクの合言葉だ」

 「外交で勝利のはずが」

 「オタクの庇護者、ナポレオン三世にオタクの代表ジョルジュ=オスマンの連携は見事だ」

 「うむ、彼の名言に『今日から私はセーヌ県知事になる』といのがある」

 「オタクの代名詞であるなにか一つのことに優れた手腕を発揮する者というのを代表して、見事な芸術の都パリをつくりだしたのだからな」

 「おかげで、爆破オタクは独逸に行き線路の爆破を続けている」

 「こんなことを事前に察知はできない」

 「ああ、オスマンは、ナポレオンの後を継いで大統領候補の最有力候補に上りつめた」

 「この戦争が終わったら、オスマンの株が急上昇するな」

 「オスマンのための戦争といわれるのは避けたい」

 「どこから停戦の調停者が出るか」

 

 

 1971年一月三日

 ザクセン州 ハノーバー 駅前書店

 「店長、源氏物語『須磨』、『明石』の予約注文ですが、注文をされた方全員に発売延期の手紙を出すんですか」

 「そうしてくれ、ヨーロッパの浮世絵は全てパリを経由されて各国に輸送されている」

 「ああ、普仏戦争のため発売延期ですか」

 「そうだ、戦争が終わらないとパリのオペラ界隈に日本からの出版物を安全に輸送できないと連絡があった」

 「ですよね。たとえ、パリまで入荷できてもザクセンでも線路の爆破が毎日のようにある限り、ハノーバーまでの入荷は確約できませんよね」

 「毎年の恒例行事だったんだが、うちとしても手痛い損失だよ。早く戦争が終わってほしいね」

 「初戦の勝利に浮かれてみたもののその後、景気の良い話は聞きませんよね」

 「ああ、パンが値上がりするばかりでいいことない」

 

 

 一月十日

 ランス プロイセン陣地

 「調停者が十カ国現れた」

 「では、誰が代表して調停をするので」

 「代表に大英帝国を、理事に阿蘭陀、伊太利、露西亜、墺太利の五カ国体制での調停だ」

 「それは、もうほとんど調停を無視できませんね」

 「ああ、この調停を無視したらプロイセン包囲網ができてしまう」

 「しかし、なぜそれほどたくさんの調停者が名乗り出たんで」

 「各国の政治家が妻妾から突き上げられたようだ。あなた、普仏戦争の停戦調停に名乗りあげなさい。でなければ、『須磨』、『明石』が読めないではないですか。半年、戦争をしたのですもう十分でしょ。調停をして普仏の双方に恩を売っておきなさい」

 「では、自発的な調停者の名乗りあげですか」

 「ああ、仏蘭西は外交で伊太利と墺太利にのらりくらりと話を延ばしていただけだ」

 「では、後は金銭の問題で」

 「ああ、オスマンがいっていた捕虜の数で金が動くことになりそうだ」

 「つまり、多数の捕虜を抱えた方に賠償金が支払われると」

 「後は、伊太利は鬼のいない間にローマ教皇国家をつぶしたよ」

 「さすがに仏蘭西は、伊太利に手を出すほど余裕はありませんでしたから」

 「で、我々が確保した捕虜が一万人。行方不明になった独逸兵が六千人。その差額の分だけ、賠償金が支払われると?」

 「ああ、後は停戦の場で一人頭の賠償金が決められて、和平交渉となるだろう」

 「停戦がそのまま、和平ですか」

 「結局、オスマンのための戦争か」

 「和平がなればナポレオンは退位を表明するであろう。病弱でもあるしな」

 「後、大英帝国で浮世絵にたぶらかされないための義務教育が始まったな」

 「八割の不識字率だと絵で読む浮世絵の独断場ですからね」

 「普墺戦争につつき、普仏戦争も独逸統一が対外的に認められただけですか」

 「これからは独逸として強国の名乗りをあげた戦争として記憶されてほしいが、後世のものはオタクの戦争と副題をつけるかもしれぬ」

 「オタクの代表、オタクの庇護者から大統領を受けつぐ。プロイセンとしては戦果に乏しいもので」

 「初戦以降、合戦がなかったからな」

 

 

 一月十五日

 ランス会議

 「仏蘭西が確保した捕虜、六千人。プロイセンが確保した捕虜一万人。その差四千人について、賠償金が仏蘭西からプロイセンに支払われるのでよろしいな」

 「一人頭、二万五千フランで合計一億フランをプロイセンに支払うものとする」

 「仏蘭西は、独逸諸国に干渉しないように」

 「普仏間での国境に変動はないものとする」

 「双方の捕虜交換が終わった地点で、停戦から和平条約が遂行されたものとする」

 

 

 ランス会議室裏側

 「しかし、オスマンは見事に敵を欺いたな」

 「彼の頭には、自発的にヨーロッパ諸国が調停に名乗りあげるのを待つ余裕があったのであろう」

 「でなければ、プロイセン兵を一人でも多く捕まえる策を思いつかまい」

 「オスマンは、プロイセンが戦争前に商人にふんした独逸の測量兵が仏蘭西の地形と産業分布を詳細に書き込んでいる情報を得ていたらしいな」

 「ああ、おかげでプロイセンの初動は電光石火であった」

 「各国に徴兵制が導入されるであろう。人口の少ないプロイセンが兵の動員で圧倒したのだ。これからは市民が戦争の主役だな」

 「後は、電信が連絡手段になったことも今回の戦争の主役だ」

 「鉄道を用いた兵の大量動員もそうだが、それを電信で情報として敵国が受け取れば、それに対抗する策をたてられる。今回は兵が拮抗するまで前線を引き下げるものだったが」

 「情報を制する者が戦争を制するようになった。情報を制する者は勝てない戦争をしない」

 「後は、パリ市民の頭を冷やさせたプロイセン謀略説にパリ市民に敗戦の仏蘭西兵を温かく迎えさせた情報操作力」

 「影の主役は、聖地だな」

 「東の日本橋。西のオペル界隈」

 「プロイセンはオタクの聖地を攻めて、独逸諸国内でゲリラ戦を仕掛けられた」

 「戦争がこう着すると、聖地から浮世絵の供給が絶えるという連絡」

 「あれは、ヨーロッパ中から女子の反感をかったな」

 「補償金が富嶽三十六景博物館の初期展示物の価格と同じというのもパリ市民は納得するだろう」

 「富嶽三十六景博物館が稼ぎだした金額からすれば、今回の補償金に初期展示物代金の合計二億フランは、軽く稼ぎ出しているからな」

 「戦争で捕虜が還ってくるのであれば、仏蘭西中からの補償金一億フランはやむを得んということになるだろう」

 「これで、聖地としてオペル界隈がヨーロッパ中に認知された。聖地巡礼の旅として、パリ旅行が一段とはやるだろう」

 「で、その成功はオスマンセーヌ県知事の功績となるか」

 「プロイセンは、独逸諸国の代表として独逸のまとめ役となったが新たな火種を抱えたな」

 「国王と宰相の二頭体制か。戦争に勝っていれば不平不満は表面化しないであろうが」

 「両者間で権力のやり取りでぎくしゃくしそうだな」

 

 

 二月一日

 仏蘭西 大統領府

 ナポレオン三世の退位を表明。三月一日に大統領選の実施を決める

 

 

 三月一日

 ジョルジュ=オスマン前セーヌ県知事が大統領に就任する

 「パリ改造の成果を仏蘭西中にもたらす」

 

 

 カフェ モンブラン

 「県知事から大統領に出世か」

 「外征の多かった前任とは違い、内政に力を入れそうだな」

 「前任は、退陣とともに治療生活という話だ」

 「六十歳の退陣か。潮時とみるか」

 「禅譲とみるか」

 

 

 

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