仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第38話

 1870年(明治四年)十月六日

 イタリア王国がローマを首都とする

 

 十二月二十六日

 初のアルプス縦断トンネルであるフレジュルス鉄道トンネルが開通し、翌年よりパリとローマ間で直通運転が開始される

 「全長十四キロメートル。フランス側からとイタリア側から双方ほぼ半分を掘った。開通まで十四年。黒色火薬と人力で掘り始めると、当初、四年間における月間の掘進む長さは十四メートル」

 「そのままであれば、七キロを十四メートルで割ると五百カ月」

 「だから仏蘭西は、伊太利との約束において二十五年で掘れなかったら工事代金を払わないぞと言わしめた」

 「その後、削減機を使ったため、七キロを工事期間の百七十カ月で割ると平均で月間四十メートル。削減機の使用期間で五十メートルだ」

 「伊太利は仏蘭西との賭けに勝って、工事代金の半分を仏蘭西に払わせ、豊かな仏蘭西の市場を得るとともにトンネルの管理権を得た」

 「ただ、蒸気機関車がこの長大なトンネルを通るのだ。車掌に機関手は煤との命がけの格闘だな」

 「下手すると、窒息死が待っている」

 「名誉ある死かといわれると俺はそうは思わない」

 「チキンレースかな。誰かがババをつかむか」

 

 

 1871年一月二十八日

 初の日刊新聞『横浜毎日新聞』を創刊

 「日本語の活字は難しいのに、ついに日刊紙が日本でも発行か」

 「英語ならアルファベット二十六文字と英数字十文字で活版印刷ができるが」

 「日本語なら少なくともひらがなとカタカナで百文字余り。漢字を入れると二千文字の活字が必要だ」

 「だから、活字でなく彫る作業をするいわゆる使い捨ての木版画である瓦版が幅を利かせていたのだが」

 「電信の活用がそれを後押ししたな。電信ができれば、大坂の記事を日本橋でその翌日に記事にできる」

 「これで記事を足で稼ぐのではない生粋の編集人が出てくることになるだろう」

 「ともあれ、主要な輸出品となった浮世絵とはすみ分けができるであろう」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。前年の開通区間は、水戸と鹿島神宮駅間、八高線の全通、明石と姫路駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、三十三円と前年と同じでした」

 「水戸藩の鉄工所に対する進展は?」

 「水戸藩の職人が二十名、仏蘭西のメスで鉄鋼所の研修に向かいましたが、普仏戦争の影響でパリに避難いたしました。よって、目下のところ普仏戦争は停滞していますが、昨年末現在、戦争が継続しておりまして研修再開のめどは立っておりませぬ」

 「「「はああ」」」

 「それで、仏蘭西の一大事であろう普仏戦争のめどは?」

 「ただいま、仏蘭西側が一敗しておりますが、現在、パリの以西百キロというところで独逸軍がランスを占拠しており、パリとランスでにらみ合いをしております」

 「ではなぜ、戦争が停滞しているのだ?補給に難があるのか?」

 「パリに詰めている各国の義勇兵が思いのほか多く、パリに進軍しても包囲ができないと判断した独逸は、ランスでの持久戦を選択しました。ある筋によれば、双方とも手づまりになっているため、周りの国による調停を欲しているとのことです」

 「では、仏蘭西の敗北は遠ざかったということか」

 「はい、早ければここ三カ月で停戦が成立する可能性もあります」

 「ほっ。これで日本は同盟国仏蘭西を失わずにすむ。仏蘭西は日本から送り出した浮世絵をヨーロッパ中に売りさばく重要拠点ゆえに」

 「では、今年の新線ですが、候補を募集いたします」

 「八高線の続きである秩父支線は、八王子製糸工場との約束ゆえ外せません」

 「姫路以西の路線として播州赤穂まで路線を延ばす案がありますが、ここは大株主である薩摩藩に敬意を払い、小倉と博多間で線路の埋設を始めたいとおもいます」

 「鹿島神宮まで路線が延びましたが、このままでは成長が見込めません。将来的には、佐倉経由で日本橋までの大環状線を建設すべきです」

 「異議あり。汝は南紀派の佐倉を通るというのか」

 「もちろん、成田山までの路線延長でもかまいません」

 「そちら方面に線路を延ばすのでしたら、銚子まで線路を延ばし九十九里浜沿いに路線を拡げる法を選択すべきです」

 「わが社は、鉄道を通して日本に貢献すべき宿命を負っています。水戸から仙台方面への路線延長が危急な課題となすべきです」

 「今年度の路線延長は、小倉と博多間、水戸と日立間、秩父支線の三線を優先すべき路線とし、この区間を着工するものとする」

 「以上をもちまして決算報告を終えます」

 

 

 四月一日

 ヴィルヘイム一世がベルリン大聖堂にて初代独逸皇帝として即位する

 「宰相、パリの宮殿で即位するのは夢であったか?」

 「論点として、それは仏蘭西にとどめをさすベルサイユ宮殿での即位でしょうか?それともパリ市民の寄付でできた富嶽三十六景美術館のことでしょうか?」

 「ふーむ。パリを占拠せねばベルサイユ宮殿での即位はできぬな。オタクの代表であるオスマン大統領の聖地である富嶽三十六景美術館は仏蘭西に攻め入った地点で仏蘭西に勝たねば無理だったか」

 「御意。後一歩というところで仏蘭西軍の包囲をすり抜けられてしまいました。今、ヨーロッパのオタクにとって我々は聖地を占拠しようとしたオスマントルコ軍とも言うべき立場です」

 「オスマントルコは、聖地エルサレムを統治しているが、我々は聖地のあるパリを占拠できなかった。オタクにとって我々は、占拠に失敗した中世の十字軍か」

 「オタクはどこにでもいます。しかも一芸に秀でているからこそその呼称を許されているのです。我が国では、祖国を守れというナショナリズムに大きく助けられましたが。が、一歩祖国から仏蘭西に入ると聖地に対する反逆者としてヨーロッパ中のオタクの目の敵にされました。ナショナリズムも聖地防衛も政治家がたきつけるには難があります。一方の主張に目をむければ他の主張をないがしろにします」

 「外敵は、独逸を一つにしたが、侵略行為は神速が必要。しかし、電信は我々にも利したが、敵にも利を与えた」

 「情報は、世界をめぐるようになりました」

 

 

 四月二十日

 郵便局の設置が江戸、大坂、京である

 「なあ、飛脚便と馬借便と郵便のうち、どれを使うねん?」

 「近距離は、馬借便や。江戸までは飛脚便やな」

 「ほな、郵便はどないすんねん」

 「江戸と大坂間であれば、威張った役人の仕事なんかけったくそわるいわ」

 「そやなら、郵便が全国展開して飛脚便でも馬借便でも届かへんところに届けてくれるゆんなら、そんときにでも使いまひょうか」

 「そんなら、郵便の重量規制は厳しいさかい、普段はご遠慮しまひょ」

 

 

 五月三日

 カフェ モンブラン

 「独逸は、強国の名乗りをあげたな」

 「五大強国は、英吉利、仏蘭西、露西亜、墺太利、亜米利加かな」

 「これからは、各国で独逸の採用している徴兵令が広まるだろう」

 「そして、その徴兵令が浸透するように愛国教育が始まる」

 「仏蘭西は劣勢だったが、これ以降聖地としてオペラ界隈をめぐる旅がはやるだろうから、一億フランなんかさっさと取り返せばいいんだ」

 「そうだ。パリとローマを結ぶ国際列車も走らせて観光の街に呼び込もう」

 「うってつけのものがある。パリの外郭を掘る予定だった運河を抗普戦線の一端を担い、パリ開放を成し遂げた立役者として観光船を走らせまわろう」

 「将来的には、パリを一周する予定の運河だ。北東部が完成したところで大々的にお披露目をしよう」

 「さすがオスマン、目の付け所が違うね」

 「しかし、我々も独逸が採用した徴兵令の採用は免れようもないな」

 「後数年したら、議会で徴兵令が法として通るだろう。その前に遊びつくさねば」

 「よし、戦争に負けなかったからそれには目をつぶろう。しかし、仮想的には独逸だな。油断をすれば足元をすくわれる」

 「ああ、祖国防衛のためなら独逸野郎どもには負けはしないぞ」

 「とりあえず、メスとの連携を重視せねばなるまい。パリとメス間で線路をもう一本ひくか」

 「電光石火の策に対抗するには議会にあげねばならないな」

 

 

 五月十日

 江戸城 檜間

 「仏蘭西に派遣している外交官から普仏戦争の終結を知らせる文が届きました」

 「ふむ、していかに」

 「双方、痛み分けであります」

 「よろしい、ではこれからも仏蘭西は頼りになる同盟国とみなしてよいか」

 「「「ほっ」」」

 「そして、注目すべき点として徴兵令という制度があります。時代は刀から銃の時代に移行していますゆえ、銃の練習を士族のみならず、平民にもやらせるべきであると。そして平民には、軍隊での演習に複数年強制的につきあわせる必要があると報告にあります」

 「これは思わぬ難題を突き付けられた」

 「平民に銃の訓練が必要か?」

 「日本の士族という制度が時代にそぐわぬか?」

 「まずは、士族に銃の練習をさせねばならないでしょう。士族全員に銃の演習をさせたうえで、平民まで徴兵制度の対象にするのか長い目で検討する必要があるでしょう」

 「後、英吉利で義務教育が始まったとあります」

 「日本でいう寺子屋教育のようなものか?」

 「寺子屋教育を全少年少女に受けさせるのを義務とするものです」

 「江戸はほぼ全員が寺子屋教育をしているのだ?大英帝国たる者が何をいまさらの感があるが?」

 「報告の続きに大英帝国の識字率は二割とあります。それを十割にするのが今回の義務教育制度です」

 「では、日本ではそれに対する策はなにも必要ないのではないか?」

 「検討課題としては、寺子屋を初等教育に位置づけ、寺子屋の師範が卒業と認めれば各地にある私塾の入学を許可するものとすればよいかと提案されています。この場合、私塾を中等機関に取り込むこととし、大学校への進学に必要な位置づけとし、大学校を高等教育機関、私塾を中等教育機関、寺子屋を初等教育機関とすべきと提案されています」

 「寺子屋は、師匠が一人前と認めると修了だが、人によっては三年から六年で修了が待ち受けている?それでよいのか」

 「子供の段階に合わせての措置だからむしろ推奨すべきと報告にあります」

 「されに、師匠に初等教育修了の認可を与えるのです。この機会に書道以外の時間で鉛筆を使用させるべきだと」

 「なるほど、寺子屋の師匠が初等教育修了の認可権を得るのだ。ほとんどの師匠は、鉛筆の使用を受け入れるだろうな」

 

 

 

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