仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第39話

 1871年(明治五年)五月三日

 源氏物語『須磨』『明石』が発売される

 ロンドン 英吉利情報局

 「政治とは、男が動かすものだとばかり思っていたが女が政治を動かしたな」

 「影響力から考えて、ヨーロッパ中から十カ国が普仏戦争の調停に名乗りをあげさせたのだから大英帝国を繁栄に導いた女王達よりも破壊力がある」

 「それが今日発売された『須磨』『明石』だ」

 「どうみても一人の色男があっちでほいほい、こっちでポチポチしているだけの話なのだが」

 「それが今回は都落ちした零落した男の話だ」

 「女にとってみれば、男の判断基準は顔、服装、身分ということか」

 「それが悔しかったら、カラフルな色遣いをした印刷機を作りなさいと俺は妻に言われた」

 「女の要求は実にシビアだ」

 「無理難題もできないのも気にしないからな」

 「そうなのだ、俺たちは上から命令が来なければ仏蘭西の弱体化を喜んでいたはずなのに」

 「上からの命令には逆らえんな」

 

 

 六月一日

 徳山駅

 「徳山発下関行き一番列車、発車いたします」

 「競合相手は、姫路まで伸延させた後は九州上陸か」

 「博多と小倉はおいしい市場ですな。大魚をさらわれたようなもの」

 「それは言われんでもわかる。下関から博多が陸続きならわが社でも足を伸ばしたい」

 「では、何か策はないか。相手に一矢報いるには」

 「鉄道会社ですが、下関と博多間で船を走らせましょう。そうすれば、徳山から将来的には博多まで線路と船で繋がることができます」

 「おお、それは良い策じゃ」

 「どうでしょ、まだ朝鮮の開国はなされていませんが、将来的には下関と釜山を結べば大いなる収入となるはず」

 「なるほど、国際路線をもつ初の鉄道会社となるのだな」

 「下関と博多間の船便がその第一歩でございます」

 「ふむ、我らは毛利水軍の子孫も多々いる。鉄道会社といえど、船舶を取り込むか」

 「はい、四国との連絡船も宮島航路も船だけで就航できる分だけ、初期費用が少なくすみます」

 「蒸気機関車と蒸気船の違いしかあるまい」

 

 

 六月十五日

 江戸城檜間

 「対馬藩より長崎から電信を使い速報がまいっております」

 「六月十日、五隻の軍艦をひきいた亜米利加艦隊が江華島を砲撃後、陸戦隊を上陸させた。しかし、夜間に朝鮮部隊の奇襲に遭い、これを退けたと」

 「これで、朝鮮は仏蘭西海軍を二度、亜米利加海軍を一度退けたか」

 「今後も朝鮮の鎖国はひき続くとのことです」

 「朝鮮は苦い前例がある。我が幕府が軍備を整えようとしたら、軍拡反対と増税反対の声に乗り幕府財政は、三年前の水準から一割減が続く」

 「皆に辛抱をかける」

 「しかし、巻き返しの策は施しておる。しばし、結果を待て」

 

 

 七月一日

 博多駅

 「小倉行き一番列車、発車いたします」

 「ついに九州上陸か」

 「薩摩藩は安政四年に出資をしてくれたのだから、かれこれ十一年も待たせてしまった」

 「薩摩藩の勘定奉行からは、配当を渡していますからホクホクと会話が弾むのですが、城代家老と会いますと、いつも顔にはまだかまだかと催促されているような」

 「山陽道鉄道会社は、下関と博多間を蒸気船で結ぶと連絡がまいっております」

 「ふむ、それに対する対策は、博多は下関から遠い。よってわが社は門司港まで路線を延長するゆえ、門司港に連絡船をつなげるように誘導せよ」

 「あくまで博多に乗りいれるのであれば、塩飽衆を使って門司港と下関間でわが社の連絡船を走らせると阿吽の呼吸でいわしめよ」

 「了解。どうやら、山陽道鉄道会社は下関という立地からして九州に四国、大陸へ蒸気船の路線を延ばす戦略のもようです」

 

 

 九月十三日

 北京 紫禁城

 「大使、今回の清日修好条規は、双方にとって有益あったアル」

 「ええ、我々も清との間で互いの関税自主権を認めあい、有意義なものでした」

 「そうアル。我が清もこれを手がかりに欧米との不平等条約を平等条約に持ってゆくアル」

 「大使、よろしかったので。仏蘭西の同盟国たる我が国が清に不平等条約を押し付けることはそう難しくなかったのでは」

 「外交とは、ときに武威をみせねばならぬ。我が国は仏蘭西のように砲艦外交が可能か?」

 「いえ、軍艦は十分ではありませぬ」

 「お偉方は、苦虫を飲まされた朝鮮との外交交渉を重視している。日本と清が対等な条約を結んだのだ。それで外交の第一歩としては十分であるとはいえぬか」

 「確かに朝鮮の宗主国と対等条約を結んだのですから、その付属となっている朝鮮との対等条約はかなり障壁が低くなりました」

 「後は、朝鮮の鎖国がなくなりさえすれば朝鮮との交易もできるようになる」

 「どちらかといえば、清の方がまだ利益が出そうですけど」

 

 

 十二月四日

 一橋大学 理工学部 養蚕科

 「私が先月帰国した佐々木長淳である。仏蘭西にいた間、蚕の微粒子病に対する先端技術を習得することを成し遂げた。よって養蚕科の諸君には、日本にあって微粒子病が存在するか否かという命題につきあってもらう。まず、最初におこなうのは八王子の演習農園で昆虫採集ならぬ養蚕場からさなぎをこの研究室まで運んでもらうことである」

 「外貨を稼ぐので花形産業かとおもいきやおもいっきり地味な作業だな」

 「しかし、話にきいていたのだが微粒子病は日本にあるのか?」

 「欧州の養蚕業を壊滅寸前まで追い込んだのだぞ。日本にいるとしたら、日本でも病気が蔓延していないか」

 「そう言われれば普通はそうだな」

 「いるわけないよな。気楽にやろうぜ」

 「教授は産卵後の母蛾をみているがそんなんでわかるのか」

 「一体一体ごとに袋に詰めている蛾を顕微鏡で」

 「文献には、この病気は経卵伝播するから体内にできる微粒子を確認できればそれが微粒子病の保菌者ということになるようだ」

 「諸君、重大な事実がわかった。日本にも微粒子病に感染した母蛾を発見した。その証拠を見せるから、各自、この顕微鏡で微粒子病の病原体を良く観察したまえ」

 「ぞろぞろぞろ」

 「確かに微粒子が見えます」

 「では、第二弾を発表いたす。微粒子病の感染対策を全国に広めねばならぬ。それをまず諸君に理解してもらう。その後、文面で各地に微粒子病の対策を伝授することにする」

 「おいおい、大変なことになったな」

 「対策はある意味簡単だ。しかしこの対策にたどり着くまで仏蘭西人研究者は数年の月日を必要としたものだ。諸君、今後微粒子病の保菌蚕を取り扱うときは特に注意するように」

 「対策は簡単だ。卵を産み終わった母蛾は価値がない。せいぜい飼料として使うぐらいだな。しかし、次代の蚕を残す母蛾の価値は微粒子病が発見されて以降、格段と高くなった。要するに卵を産んだ母蛾の体内に微粒子があればそれが保菌者で次代の卵に受け継がれるのだ。微粒子対策は次代への感染を防ぐために、母蛾を一匹ずつ個別の袋に入れ、互いの母蛾同士で感染しないようにする。これが第一弾だ」

 「次に、母蛾の体内を顕微鏡で観察し、保菌者を発見すればそれが産んだ卵を全て廃棄する。微粒子病対策はこの二段階で成り立つ」

 「諸君に課題をあげよう。微粒子病に侵された蚕は通常死んでしまう。しかし、日本の養蚕業は大して被害を受けていない。では微粒子病に対する耐性をもつ蚕の品種を同定してもらう。これが養蚕科の最初の課題とする」

 「「「はい」」」

 「よろしい、すぐさま取り掛かってくれ」

 

 

 十二月十日

 「佐々木教授、考えますに袋に入れて微粒子病を防ぐのは、蚕同士が接触しないようにするためですよね」

 「その通りだ。蚕が接触しなければ蚕から蚕への感染もない」

 「だったら、蚕に個室をあげませんか。四センチ掛け六センチくらいの枠に蚕を一匹ずつ入れれば、もしのその中に微粒子病にり患している蚕がいてもその枠の中にある蚕を捨てればすむのですから」

 「ふむ、そんな方法が成り立つか。いや、成り立つぞ、画期的な発明だ。君これは全世界に向けて微粒子病の特効薬となるものだ」

 「あの、そんなにすごいことなのでしょうか」

 「すごいよ。これを『枠製採取法』と名づけようか、一々袋に取り出したりする手間暇がかからない。蚕を個別に枠に中に入れておけば自動的に袋に詰めた状態ができてしまう。画期的だよ。すぐさま、仏蘭西にその手法を伝える。そうして枠製採取法は世界に広まるぞ」

 「歴史的瞬間でしょうか」

 

 

 1872年一月三日

 中山道鉄道株式会社 岐阜駅

 「岐阜発梅田行き一番列車、発車いたします」

 「東海道鉄道岐阜駅に遅れること八年、やっと木曽路の入り口に立てたな」

 「岐阜と和歌山間が三百キロ。この路線が稼ぐ金をもってすれば、東海道なら四年で日本橋に到着できるのだが」

 「中山道を攻略するとなると、標高だけでも千メートル近くまでのぼらないといけませんし」

 「工事費は四倍ですかね」

 「東海道線なら毎年伸延できますが、中山道となると二年に一度路線を延ばすのが精いっぱい」

 「その点海はいいね。いつも平らな延長で、蒸気船さえあれば四国だろうと琉球だろうと足を延ばすのは自由自在」

 「連絡船を展開しようとする山陽道鉄道株式会社がうらやましいね」

 「あちらにすれば、京と大坂間の金のなる木をもっているわが社を羨むでしょうか」

 「ここからは、十年がかりでも高崎に到着できそうにない」

 

 

 三月一日

 日本橋

 告示

 現在、寺子屋で師匠をしているものが寺子屋を修了したとみなすとき、目録をさずけることとする。この目録をもって、各地の藩校等を受験できるようにするものとする。藩校等を修了いたしたとき、免許を与えることとする。この資格をもって大学校等の受験資格とする。なお、寺子屋が目録を授ける条件は、そろばんの時間に鉛筆を筆記用具とすることである。藩校等を修了する条件として、その学業機関で仏蘭西語を習得することがその条件とする

 「鉛筆を導入することが目録の条件か。確かに筆で英数字を書くのはやりにくいな」

 「鉛筆があれば、仏蘭西語の習得にも融通がきく」

 「改めて、寺子屋を初等教育機関と認定することで、政府の出費がかからない」

 「師匠は立場が強くなってホクホク顔だな」

 

 

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