仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第40話

 1872年(明治六年)三月一日

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。前年の開通区間は、小倉と博多駅間、秩父支線の開通、水戸と日立駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、三十四円でした。なお、今後、仙台方面、鹿児島方面、広島方面へと線路を延ばしてゆきますと、当該区域は営業係数が五十円を上回る区間が続きますので、今後の営業係数は四十円手前まで落ち込むものと思われます」

 「つまり、人口過密地は線路を掘り起こしたということか」

 「この後は、人口が先ではなく線路を先に埋設し、路線沿いに人口の増加を見込む路線が増えると思われます。まずは、来年の着工区間をおききしたい」

 「秩父支線がすみましたら、甲府までの伸延を。このまま路線を西に延ばして、中山道鉄道株式会社よりも先に中山道の分かれである塩尻に先に到達したく」

 「おおっ」

 「山陽道鉄道株式会社との競合では負けられません。小倉と門司港並びに博多と鳥栖。そして塩の盛んな赤穂と姫路間に線路をひきたくあります」

 「おおっ」

 「悲願の奥州に路線を延ばすために平駅(現 いわき駅)までの伸延を要請いたします」

 「ちなみにこのままの路線延長速度でいくと、塩尻、鹿児島、仙台までにたどり着くのは何年後か」

 「塩尻まで八王子から百六十キロ。甲府はその中間ですから二年後に」

 「小倉から鹿児島まで三百六十キロ。今回の伸延区間が認められますと四十キロ。残り二百六十キロですから、七年で」

 「日立と仙台間が二百十キロ。今回の伸延が認められますと六十キロ。五年で仙台までたどり着きます」

 「ふむ、日本海側は全く手つかずだが、本州と九州は攻略のめどがついたな」

 「少し申請の距離を削らせてもらうが、九州区間は全て認める。赤穂に関しては今回は却下。常磐線と中央線は二年分とし、今年はほぼ半分にあたる日立と大津港間、八王子と大月駅間を認めるものとする」

 「甲府までの線路埋設予定がたったところで、御殿場線の悪天候による路線不通期間対策並びに東海道線の迂回路線を検討したいと思います。御存知のように、土砂降り等で御殿場線の不通期間は機関車が三島駅と小田原駅に数珠つなぎとなってしまいます。わが社の生命線は東海道線であり、この路線こそ我が国の大動脈です。この路線が不通となった折に損害を最小限とするすべをたてていくのは財務を安定させる意味でも大きいと思われます」

 「では、ついに悲願の熱海線の埋設で」

 「いえいえ、中央線をこのまま伸延し塩尻まで到着させれば、岐阜経由で中央線を東海道線の迂回路として活用できます」

 「熱海線の開通予測は出来ていますか?」

 「仏蘭西で使われた削減機を用いて二十年の工事区間が必要です」

 「三島で不通となった貨物を仮に中央線経由で日本橋まで運んだ場合、必要な運行時間は?」

 「まず、中央線の開通までに四年。三島駅で引き返し中央線に乗り換えますと、主要時間は走行距離八百キロで二十時間が必要かと」

 「三島まで来て名古屋駅経由で中山道に入るのは、他社路線をまたぐので感心できません。また、所要時間も長すぎます。熱海線はまだ時期尚早かと。ですので御殿場線の不通に対応するには、御殿場線と同程度の勾配になりますが、富士駅と甲府駅をつなぐ身延線の埋設を申請したく思います。この路線でしたら、三島駅から甲府駅を経由して日本橋駅まで二百四十キロですみますから、現実的な路線かと思います」

 「御殿場線の不通に対し、引き返す路線距離が少ないのも現実的ですな」

 「甲府駅までの路線伸長がなされた後、中央線の西進より身延線の埋設を優先着工するものとする」

 「機関手と運営部がもろ手をあげて喜びそうですな」

 「真の勝利者は大奥かもしれぬ。これで八王子を経由する路線は、身延線のほか、八高線、秩父支線、中央線と日本橋駅を経由する路線数を上回る。八王子が副都心ならぬ鉄道では国内最大の起終点駅だ」

 「なるほど、八王子劇場にここまでの人集め作戦か」

 「八王子は将来性が高いな」

 

 

 三月四日

 品川 香田屋

 「師匠、我が子の目録習得はいつごろになりそうですか」

 「利発な子ですから五年ですね」

 「五年もかかりますか。何とか四年にならないでしょうか」

 「難しいところです。そろばんがどうやら苦手のようです。どうでしょう、そろばんの練習をお宅でもされてはいかがでしょう」

 「では、そろばんさえできるようになれば四年で目録がもらえるのですね」

 「ええ、他の分野は太鼓判を押させていただきます。そろばんをお宅で一日半刻でも練習されれば良いかと」

 「わかりました。息子の浩太には帰ってきたらすぐさま駅前の大田塾にそろばんを習いに行かせます」

 「それでしたら、私も安心できます」

 「最近多いね。目録習得年数をききに来るいいお宅のご両親」

 「自主的に個別科目の習得に励んでくれるお宅はいいんだ。だがな、俺に身分不相応の贈り物をするお宅は苦手だ」

 「師匠、寺子屋をする前は食い詰めた浪人でしたからね」

 「うむ。それが目録習得制度のおかげで町内の教え子を人質に取ったようなものといわれる始末よ」

 「確かに目録を与えるのは師匠の権限ですから。もう一年通わすべきかどうかの判断に苦労する教え子を抱える親御さんにとってみれば師匠の機嫌取りに来ますよね」

 「そうなのだ。つまり、俺が師匠をやっている間には親御さんは俺にぺこぺこしてくれるが俺が師匠でなくなったとき、ものすごく冷たい目で見られるかもしれないといつも不安なんだ」

 「師匠、それを心がけていれば問題ありませんよ。後、この子はこの点がうまくいけば今年中に目録を与えますと親御さんに言っておくのです。そうすればもし仮に目録習得が翌年までずれこんでも親御さんは納得してくれますよ。ああ、この子はこれができなかったからもう一年かかるは仕方ないか」

 「目録習得を急ぐお宅は、十人に一人か二人なんだ。俺は目録習得のためだけに寺子屋に来ているいいとこの御子息よりワイワイ寺子屋に来て騒いでいるやつらの方が好きだ」

 「師匠、相当まいってますね」

 「うむ、衣食に困らないようになったのに今の方が追い詰められてる気がする」

 

 

 三月十五日

 江戸城 芙蓉間

 「全国の寺社から門徒の集計をしたところ、日本にすむ住民は三千四百万人でした」

 「ふむ、後どれくらい穀物の生産余力があるか」

 「備蓄に回せる穀物量はさほど多くありません」

 「とりあえず、仏蘭西から優良な小麦の品種を導入いたそう。でなければ、米騒動が起こるたびに幕府批判が高まる」

 「では、北方から干鰯の輸送を増やしましょう。地力を高めねば、複数年にわたる輪作に土壌が耐えられませんから」

 「後は、流通の改善か。いつか米輸送を蒸気機関車で輸送するようになるほど経済発展して欲しいものだ」

 「御意。そうならねば幕府の歳入が膨らみませぬ」

 

 

 五月三日

 パリ外周北東部

 源氏物語『澪標』『蓬生』を浮世絵化にあわせ、通称オスマン運河(対普抗戦運河)の運用を開始する

 「パリは戦場にはならなかったが、この運河の効果は大きかった」

 「パリを要塞都市に見立てると、この運河は水をたたえた外堀の役目を果たす」

 「五重塔を模した塔になるはずの建物は、そのまま狙撃兵がこもれる砦の役目を与えられ、そのまま完成した」

 「プロイセンの動員力は、仏蘭西に匹敵するどころか独逸諸国を動員すると仏蘭西兵を包囲する力があったからな」

 「オタクの義勇兵を動員できなければ、パリは遅かれ早かれ籠城の憂き目に遭っていただろう」

 「仏蘭西も対外戦争をする余裕がなくなるというか、隣国に仏蘭西を狙う強国をつくりだしてしまった」

 「そして、プロイセンの宰相から独逸帝国初代宰相に昇格したビスマルクは鉄の宰相で対仏強硬派だ」

 「国内を徴兵令をまとめ上げ、独逸の電光石火に対抗せねばならないようになった」

 「仏蘭西も対外政策よりも内政優先だな」

 「今日は、パリの平和を楽しもう。この運河は遊覧目的であったのだから」

 「おお、六年後にはパリ外周を運河で囲んで遊覧船でパリ一周をしてみるさ」

 

 

 六月二十九日

 英吉利情報局

 「この浮世絵にされた現代の名工シリーズはいただけない」

 「今までは職人気質であったが、今回は仏蘭西が成し遂げた微粒子病対策を一橋大学の研究室がほぼ完成形にあたる『枠製採取法』をつくりだしてしまった」

 「いうなれば、日本の技術は仏蘭西より優れていますよと言わんばかりだ」

 「日本の愛国心が大いに高まるとともに、日本の養蚕業は世界をリードしていると主張している」

 「いい技術があれば、それを世界に発信する浮世絵。どうにかならんか」

 「認めるしかないでしょう。仏蘭西は日本から生糸を輸入しています」

 「それに最先端の技術を習得させた八王子製糸工場のおかげで日本の生糸は品質が向上しています」

 「仏蘭西は、今後、清にも製糸工場を建設する予定ですが、清の方は保険になりそうです。日本からの輸入が途絶えた時に備えてのものになるでしょう」

 「忌々しい。英吉利は綿織物で世界に覇を唱えたが絹織物ではリヨンを抜けない。おのれ仏日連合は目の上のたんこぶよ」

 「部長、その背後にみえるのは浮世絵にされた八十日間世界一周の上巻ではありませんか」

 「こっ、これはそれ、孫子にいう敵を知り己を知れば百戦危うからずというものだ」

 「わかりました。後で我々も敵の研究をしますから、読み終えましたらその浮世絵をお渡しください」

 「わ、わかった」

 

 

 日本橋 料亭梶

 「この八十日間世界一周上巻は世界が狭くなったことを実感させるな」

 「八十日間のうち、上巻はロンドンから神奈川までの四十二日間の旅を執筆させたものだ」

 「ジューヌ=ヴェルヌは、浮世絵が好きだな。三月から執筆した小説を未完成のうちから浮世絵にしている」

 「しかも、これからどんな結末が待っているのか、下巻が待ち遠しい」

 「俺は、期日までにロンドンにたどり着くと思う」

 「どの経路をたどるかも重要だな。亜米利加で待ち受ける難関は何か?完成したばかりの大陸横断鉄道に乗るのか」

 「大西洋を横断する手段は何か」

 「そして、印度で旅の連れとなった美女の役目は何か」

 「下巻を見ないことには何一つ解決されない」

 「早く下巻が読みたい」

 「世界中で源氏物語の新作を待っている淑女の気持ちがよくわかるな」

 

 

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