仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第41話

 1872年(明治六年)七月一日

 大津港駅

 「水戸行き、一番列車発車いたします」

 「ついに関八州の境界まで来れたか」

 「ここより北は奥州。初の積雪地帯に突入ですね」

 「まだ、太平洋側はいい。日本海側の積雪だと列車が止まりそうだな」

 「仙台までつないだ後、雪が列車に及ぼす影響を調査しなければならないでしょう」

 「今現在、最も雪が降る地点は岐阜駅周辺。徐行すれば真冬でも問題ないそうだ」

 「ちなみにその場合の積雪はいかほど?」

 「一尺だ」

 「日本海側なら十尺も想定しなければなりませんね」

 「それは、どうみても無理がある。土壁に機関車をぶつけるようなものだ」

 「地道に雪かきするしかないようですね」

 「どうだろ。奥州の場合、冬場と夏場で客が多いのはどちらだ」

 「閑古鳥が鳴くのは、二月と十一月、後は田植えの終わった梅雨時かね」

 「奥州の田植えは早いから、梅雨時は暇だね」

 「やはり、冬は客が来ないな。もし、当社に列車を運行してくださいと要望が来ても冬場の客を基準に乗客予想をたてるように。決して夏場の客を当てにした予想では日本海側の路線を決めないように」

 「あの、冬場の客を集める努力はしないのですか。例えば、温泉が有名なところには冬場こそ行きたいですし」

 「白骨温泉とかか」

 「しかし、あそこは中山道沿いであって、当社では線路を延ばす予定はないぞ」

 「では、冬場の競技を主催するとか」

 「しかし、日本にそんな競技があったか?」

 「冬ならメンコ、カルタ取り、凧上げ、書道展といったところか」

 「それでは、取締役会で取り上げるわけにはいかぬ」

 「日本にないなら仏蘭西にはあるかもしれません。八王子製糸工場のお抱え技師に問い合わせてみてはどうでしょう」

 「よし、その件は仏蘭西人に任せるとしよう。で、水戸藩から依頼が来たのだが、日立の銅山開発がどうにかならぬかといわれたんだが」

 「あの黄鉱石の鉱山ですか。駅から近く便利なのですが、一帯は水田地帯。鉱山を掘ると銅の廃液よりも何も排水で稲ができなくなると苦情が来るばかりの鉱山ですか(硫化鉄の廃液で硫酸が合成され、排水が酸性に大きく傾く)」

 「鉱山の利便性は良いが、百姓の仕事を奪うのならそれに見合うだけの仕事を与えねばならぬ。採算がとれんか」

 「今現在、銅は輸出品目です。国内で必要な数量は大したことありません」

 「国内で消費するにはそれなりの製品が必要か」

 「これは、一橋大学に調査を依頼すべきでしょう。将来的な銅の消費量を算出してもらってからになるでしょう」

 

 

 七月三日

 八王子製糸工場

 「ポール技師、本日は生糸と関係ない話ですが、どうでしょう、仏蘭西で冬にやる競技とは何でしょうか」

 「どういった競技をお望みでしょうか」

 「冬季には鉄道に乗る客が減ります。だったら、鉄道を利用してもらう行事を鉄道会社で企画すればよいのではないかという命題があがりました。さて、わが社の集客に貢献するような競技もしくは行事というものがあるでしょうか」

 「冬といったら仏蘭西アルプスで雪と遊ぶ橇を楽しむこともあるが、やっぱり、冬といえばフットボールだ」

 「それは、どんなもので?」

 「京の下鴨神社に招待されたとき、蹴鞠を見たことがある。蹴鞠は御存知ですか」

 「公家の楽しむ優雅な宮殿行事です」

 「八人制と個人戦があって、長いことけっていられた方が勝つのが団体戦。個人戦は毬を落とした者が負ける」

 「フットボールは、十一人ずつの団体戦でおこないます。競技場の大きさは、おおよそ、百メートル×七十メートル。両側の陣地に七メートル×二メートル半の枠があります。攻めていって相手陣地の枠内に珠を蹴り込むと一点がもらえます。所要時間、大人の場合、前後半各四十五分を経過した後、相手よりも一点でも多かった方を勝利とみなす競技です」

 「蹴鞠のように手を使わないんでしょうか」

 「一人だけ自陣で枠のすぐそばで球が枠内に入らないようにできる選手がいますが、それ以外故意に手を使うと反則です。手を使う球技は別なものになります」

 「論より証拠です。一橋大学の学生を集めてフットボールを実際にやってみるのです」

 「そうします。論より証拠。見てみないと我々も説明できませんから」

 「仏蘭西帰りの留学生なら留学先でやっていたやつもいるでしょう。説明が要らないかもしれません」

 

 

 七月五日

 一橋大学 運動場

 「それでは、留学生組対国内組の試合を始めます。双方、礼」

 「ピー」

 「ふむ、どうしても国内組はボールに手を伸ばしてしまいそうになるな」

 「留学生組は、単独で突破をはかりませんね。まわりこまれたら味方にボールを預けています」

 「ボールをもった選手を追いかけまわす方は、前半の半ばで息が切れるでしょう」

 「それまでいい勝負をしている風に見せかけていたほうが、前半残り十五分と五分に点を失ったら、後半は四対零」

 「試合結果は、前後半で六対零」

 「妥当なところでしょう。で、これからも試合がしたいと双方が言っていますか」

 「では、とりあえず地域の球団を作ってみましょう。八王子線沿線で毎週一回ずつ試合をしてみるとして、盛りあがったら、東海道杯と銘打って東海道鉄道株式会社が支援するものとする」

 「で、試合をする場所は?」

 「大きな運動場があるところといえば、田舎の一橋大学競技場。新宿駅から降りて五分。極めて交通便利」

 「では、最初は地域球団の総当たり戦で」

 「で、どんな人が参加するのかな」

 「江戸城、いろは四十八組町火消し、百貨店組合、浮世絵師、散髪屋等に声をかけてみることにします」

 「町火消は強いだろうな。相互の連携もよいだろうな。それに江戸の華だからいい男がいるんだろうな」

 「やめとく?」

 「いや、火消の中から最強の球団が出てくるのならそれで構いません。どんどん各町火消しの対抗心をあおればこのフットボールは成功します」

 「で、わが社の支援は?」

 「消耗品と競技場の準備及び各地の駅から新宿までの運賃を負担でよいのではないでしょうか」

 「とりあえず、自発的に盛り上がるのを期待しましょう」

 

 

 八月二十日

 日立鉱山

 「先生、日立鉱山は操業しても成り立つでしょうか」

 「品質が低い。要するに銅が鉱床の中に一分しかない」

 「つまり、百トン掘って銅になるのは一トンということですか」

 「それに鉱床が断層になっている。採算性が悪いな」

 「つまり、日立銅山は採算の合わない鉱山であると」

 「今現在をもってすればそうなる」

 「では、水戸藩には開発中止を進言するしかありませんか」

 「待て。銅山としては採算がとりにくいが、常磐炭田がある。今、開発するのであれば炭田を掘れば採算が合うじゃろ」

 「では、炭田として開発すればよろしいので」

 「ふむ、第一段階は炭田開発じゃ。第二段階は硫化銅のとれる地層を把握しておくことじゃ。黄銅鉱と黄鉄鉱は、銅鉱石としてまた硫酸の原料として使われる。いつか、経済が発展した折に銅の採掘と硫酸の精製をおこなうがよいじゃろ」

 「では、気の長い運営を取ればこの鉱山は成功すると」

 「ふむ、その理由はな。鉱山のすぐそばを通る常磐線のおかげじゃよ。鉱山のすぐそばを通る鉄道があるところなぞ他にない。石炭も蒸気機関で使われると思えば、常磐線そのものが石炭の買い手じゃ。しかも水戸藩は東海道鉄道株式会社の大株主ときた。水戸藩にすれば、石炭を売って儲けるのもよし。石炭をごく近所で買えるのもよし。炭鉱で働く仕事を供給するのもよし」

 「では、気長にこの鉱山と付き合えばよろしいので」

 「そうじゃ、ただし、鉄道路線に近い鉱山じゃ。人口の多い所に近いともいえる。鉱毒をまきらすなよ。長期にわたって開発してゆくつもりでおれ」

 「ありがとうございます」

 

 

 八月二十五日

 門司港

 「山陽道鉄道株式会社が門司港まで蒸気船による輸送を開始か」

 「関門海峡を隔てて両雄並び立つ」

 「その中間に巌流島がそびえる」

 「いざいざ、勝負ではござらぬ。双方に利益をもたらせばよい」

 「ああ、もう少しすれば鹿児島から日本橋まで二日の旅となるだろう」

 「それは、山陽道はあくまで東海道鉄道株式会社で路線をひくというものか」

 「それはないな。そんな暇があれば北海道に路線を伸ばしたい。何とか山陽道は山陽道鉄道株式会社の線路を借りれるようにするしかあるまい」

 「では、相互に列車を走らせるのか」

 「ついに寝台列車が必要になりそうだな」

 「ああ、なんとかぎりぎり一泊で日本橋と鹿児島を結びたいものだ」

 

 

 十一月一日

 水道橋駅

 「社長、四国和紙組合の方々が鉄道建設に合意をしてほしいと参られています」

 「会議室にご案内して」

 「はじめまして、私が四国和紙連合の代表をしております。渡瀬と申します」

 「東海道鉄道株式会社の社長をしております渋沢と申します」

 「単刀直入に申します。四国に鉄道を御社でひいてください」

 「では、いくつか質問をさせていただきます。まず、この遠い江戸まで出てこられたのは、山陽道鉄道株式会社にその話をもってゆかれなかったのですか」

 「同社に話をもってゆきますと、最大限協力をする。具体的には岡山と高松間、尾道と多度津間に蒸気船を走らせると回答をいただきました」

 「なるほど、それでは鉄道を走らせるために当社まで来られたのですね」

 「ええ、機関士を貸し出していただけるのは御社しか制度化されていません。ですから、機関士に蒸気機関車を貸し出していただきたい」

 「では、二番目の質問です。線路をひくにはお金がかかります。その代金はどこから」

 「浮世絵のおかげですね。浮世絵の生産が高まりますと当然のように和紙の需要も高まります。四国には日本三大和紙ともいわれる土佐和紙をはじめとする和紙の産地です。むろん、その原料となるコウゾ等が四国山脈から取れます。よって、四国を代表して四国和紙連合の代表が四国に鉄道を引っ張ってくる役をおおせつかりました」

 「わかりました。お金は四国の総意と思ってよいのでしょう。線路埋設等も速やかに進むと思われます。では、最後の質問です。どこに線路を埋設いたしますか」

 「できることなら松山と高松間に線路をひきたい」

 「確か、三百キロでしたか」

 「むろん、できるはずもありませんので、蒸気機関車を走らせるに条件の最も良い地形で皆の気持ちがまとまりました」

 「どこでしょうか」

 「高松と琴平間を多度津経由で結ぶことにしました。埋設距離四十四キロ。最大勾配1/80となっております」

 「ほぼ最適な地形ですね。当社でそれに匹敵するのは、姫路と尼崎間、東海道線の御殿場線以外の区間で日本橋と名古屋間ぐらいですね」

 「ええ、この際小異を押さえて大同をすることになりました」

 「当社といたしましてもそれだけの準備ができているのならばそれに協力するのはやぶさかではありませんが、仮に四国鉄道株式会社は配当をいたしますか?」

 「配当は設立から二十年は考えていません。配当に回すぐらいならば、高松と松山、その次に高松と徳島を、松山と宇和島を、最後に高松と高知を結ぶ方に金を費やします」

 「では、機関車と機関士の貸し出しで四国鉄道株式会社の株券二割を当社が保有することになりますがそれでよろしいでしょうか」

 「もちろんです。御社の規約通りで安心いたしました」

 「社長、配当金を受け取らねば株価が低迷しませんか」

 「しますね。しかし、地域の協力なくして鉄道は走らせません。もちろん機関士と機関手を二年貸し出してその貸し賃をいただく方が短期的には利益になるでしょう。しかし、四国に我々が手を出す必要がなくなったのです。第一人者としての役目も果たすべきでしょう」

 「四国の総意に敬意ですか」

 「もちろん、高松藩が黄門様の子孫であることも大きいですがね」

 「高松藩は南紀派の一角でしたが、その一角をへし折ったといいたい」

 

 

 十二月一日

 江戸城

 南海道に鉄道を埋設する許可を申請いたす

 南海道鉄道株式会社

 

 

 十二月十五日

 江戸城告示

 南海道鉄道株式会社に南海道の鉄道埋設許可を認めるものとする

  幕府

 

 

 十二月二十日

 一橋大学競技場

 「これより、一橋大学対『と』組の試合を開始する。双方礼」

 「ピー」

 「一橋大学は、堅守速攻で」

 「火消は、連携がいいね。後、空中戦もお手の物だ」

 「とある火消の組に言われたんだが、なぜ八王子に競技場をつくらなかったのかと」

 「確かにあそこで試合をすれば劇場を見に来た観光客も八王子製糸工場で働く女工たちにも観戦してもらえるな」

 「八王子は火消の連中にとっては遠いだろとやめたんだが」

 「江戸で大火が起きたらやっぱりすぐさま仕事場に向かわなければならないだろうしな」

 「火事ならまだいいさ。地震だったら汽車がとまる」

 「よって、八王子に競技場をつくるのは却下だ」

 「それよりも東海道杯に来年は昇格させることを目標にしようぜ」

 「だったら、どこかに専用の競技場をつくらなければならないな」

 「試合が終わったら検討しよう」

 「あ、大学が一点を取り返した」

 

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

誤字脱字・感想があれば掲示板へ

humanoz9 + @ + gmail.com

第40話
第41話
第42話