仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第42話

 1873年(明治6年)一月十日

 シャンゼリゼ カフェ モンブラン

 八十日間世界一周下巻が小説と浮世絵で同時に発売される

 「作者のジュール=ヴェルヌは、新聞連載の途中から大西洋横断の旅を選択される際に、相当外野がうるさかったらしい」

 「夢の世界一周に使われようと、欧米中の旅客会社からうちの船に乗っていただきたいと勧誘と名の催促を受けたか」

 「そら、この小説は次の世紀まで残るから会社よりも長生きをするかもしれない。何といっても宣伝効果はぴか一だ」

 「世界中からこの小説の再現をはかろうと二万ポンドを手に汽車と蒸気船を乗り継いで挑戦する者があらわれるな」

 

 下巻

  神奈川に到着したフォッグ一行は、サンフランシスコ行きの切符を購入しようとした。それを購入する窓口でサンフランシスコ行きの蒸気船が嵐に巻き込まれ五日間の修理のためにドッグに入ったことを知った。五日間の損失は痛いが太平洋を横断する船は、神奈川港で探し回ったもののチャーターすることはかなわなかった。船主の返事は、上海までなら、香港までなら途中途中に補給をすれば行けるさ、けど、太平洋を横断するには少なくともハワイに到着する燃料と食料が必要さ。それを確保できる船は相当大きいものでなくてはならない。東洋の果てにそんな船が遊んでいるはずないさ。港中をかけまわって無駄に一日を過ごした一行はホテルに三日間の延泊を申し込もうとフロントに駆け寄った。フォッグがフロントで三日間の延泊を申し込む間、残りの三人はロビーの一角でお茶にすることにした。そこへリュン=アニーと名乗る浮世絵師がアウダを美人画にしたいと名乗り出た。執事のパスパルテゥーは四日後にはサンフランシスコ行きの船に乗らなければならないといって、美人画の被写体になることは出来ないと丁重に断った。それでは、私に三日間被写体を務めてもらうことはできるはずだと食い下がった。双方が引かないまま、主人のフォッグがフロントから戻ってきて双方のやり取りを聞いた。フォッグは船の修理ができ次第、出発することを説明しいつでも出発の用意ができたら被写体の仕事として未完成でも我々は神奈川を発つことを約束させ、後はアウダが承認さえすれば承諾しようという運びになった。リュンはそれでもかまわないと承諾した。双方の話し合いをきいていたアウダは、スコットランド=ヤードの刑事であるフィックスが付き添ってくれるならばと承諾した。フィックスは内心複雑な気分であった。香港までなら英吉利領であり、強盗事件の令状をもって重要参考人であるフォッグを任意同行するつもりが英吉利領を離れたために、再度英吉利領に上陸するまで一行に協力するはずが印度で旅の連れとなったアウダの警護役になるとは。ともあれ、それから三日間、船の修理は期日通りであった。この間、主人と執事は船の切符売り場と太平洋を横断できる船の入港がないかを来る日も港とホテルの往復をする毎日であった。印度人と刑事はホテルと工房を往復する毎日であった。結局船がドッグから出てきたのは当初の予定通りで、一行は五日目の出発となってしまった。

 「フォッグ、八十日間でロンドンに戻れるか」

 「やはり、五日間足りません。これから先、詰めれるところは切り詰めます」

 「とはいっても、サンフランシスコまでは船任せだしな」

 「なにはともあれ、大陸横断鉄道に乗ってニューヨークを目指すしかない」

 「後は、ニューヨーク発リバプール行きに船に乗れるかどうか。これが最後通告になるでしょう」

 「嵐にあった太平洋横断船は責められませんから」

 「後は、人事を尽くして天命を待つ以外にないでしょう」

 「時間は誰にも平等ですが待ってくれません」

 

 

 サンフランシスコ港

 「予定より船が一日早くついた」

 「後四日、稼げれば問題ないと」

 「とにもかくにも大陸横断鉄道に移動です」

 

 

 サンフランシスコ駅

 「ニューヨーク行きは一時間後、予定通りニューヨークにつけば一日が稼げる」

 「では、後三日稼げば問題ないと」

 「それと切符を見たのですが、どうやら我々は日付変更線を越えたようです。ですから、太平洋を横断した地点で日付が一日遅れになっています」

 「つまりもう一日稼げたのですね」

 「後、二日分を稼げれば問題ないですが、太平洋横断の船は一本を逃すと次の船は三日後。予定通りにいっている場合での話ですから、予定の船に乗れなければ、挽回はほぼ無理でしょう」

 

 

 シカゴ近辺

 「やはり、列車に時刻表より早く到着するすべはありませんね」

 「時刻通りに到着しない鉄道は強国にはないだろうな」

 「ともかく、ニューヨーク港からリバプール行きの船はあきらめるしかありません。当初の予定がニューヨークとロンドン間が九日間。それを七日間で移動できる手段を見つけるしかありません」

 「はたして、新興国亜米利加に定期船より二日間を短縮できるすべはあるか」

 

 

 ニューヨーク駅

 「さあ、ニューヨーク港についたらとにかくヨーロッパに向けて出港しそうな船を口説きまわりますよ」

 「片っ端から当たってください」

 

 

 ニューヨーク港

 「ボルドー行きの船とロンドン行きの船の二択ですか。どちらにしますか」

 「ロンドン行きの船でしたら、七日間でロンドンまで送り届けるすべがあると言っています」

 「ボルドー行きの船は、船長が行き先を変更することに承諾してくれません」

 「後主人さま、どちらにしますか」

 「最善を尽くす意味でロンドン行きの船にしましょう」

 「では、そのように手筈を整えます」

 「では出発」

 大西洋航海を三分の一すぎた地点(西経五十度、北緯四十四度)

 「フォッグさん、確かに早いです。このままの速度で進むなら、七日間でロンドンに到着できそうです」

 「それは認めますが、この船は蒸気船です。早くも石炭を半分消費いたしました。この速度は釜の蒸気を最大限にあげることでなしたものです。しかし、消費が早すぎてこのままですと、大西洋を三分の一残して漂流するしかない」

 「では、七日でロンドンに到着するというのはほらだったのでしょうか」

 「わかりません。ただし、ひとつ言えるのはこの速度を守らないと八十日間で世界一周ができませんし、釜の蒸気を落としてもらえば、ロンドンに到着できますが期日には間に合いません」

 「では、我々にはどうすることもできないのでしょうか」

 大西洋の中間点(北緯四十五度四十分十七秒 西経三十七度十一分十四秒)

 「ご主人様、船長が呼んでます」

 「船長、何かありましたか」

 「申し訳ないが御一行がこの船に乗るのはここまでだ」

 「それはどういうことでしょう」

 「ボーボー」

 「あの音が聞こえたか」

 「亜米利加に向かう船のようですが」

 「ここでこの船からあちらの船に乗り換えてもらう」

 「我々だけ乗り移るのですか」

 「ああ、我々の船はこれから石炭を節約しながらニューヨークに引き返すからな」

 「ここまでしてくれたのはなぜなんでしょう」

 「向こうの船長にきいてくれ。その方がいいだろ」

 

 

 ポー号

 「ポー船長、七日間でロンドンにたどり着きたい我々の願いを聞いてくれたのはなぜでしょう」

 「そうだな、蒸気船のリレーでロンドンまで石炭を豪快に使ってまで送り届ける理由か。それは、そこにいる聖女のおかげだろ」

 「あの、アウダが聖女というのはどういう理由で」

 「日本で被写体になっただろう」

 「はい、確かに」

 「では、その美人画が日本で有名になってな。題名が『東洋の聖女』と名付けられてた」

 「確かにその通りですが、まだ話が見えませんが」

 「東の聖地、日本橋といえばいいか」

 「あのもしかして、オタク連ですか」

 「そうよ、東の聖地もついに海底ケーブルがひかれた。今年できたばかりのことだが」

 「で、我々がニューヨーク港にいれば助けてやれとネットワークでオタク連が動いたと」

 「そうよ、三日もアトリエに通えば、被写体ってなものは素性をあらかたはいてしまうものよ。印度の美女を連れた一行四人もしくは最小二人がいれば、最大限の努力を払ってロンドンに届けてやれっていうのが俺たちのところに来た。つまり、聖女がいなければそれを無視してよいといわれれてたがな」

 「では、我々がこの船にのせてもらえたのは、アウダのおかげだといいたいのですか」

 「ああ、さすがに七日間でロンドンにたどり着くのは蒸気船一つでは無理だ」

 「この地点に来るまでに俺たちはロンドンで電信を受け取って、船を二つ連れてきたぜ。一つはスコットランドからの石炭の補給船とロンドンまで一行を乗せてゆくこの船の二つだ」

 「では、三隻が我々四人のために動いたということですか」

 「三隻には違いないが、もうひとつの殊勲はどんぴしゃりと座標を合わせた航海士にいってくれ。三隻がこの場所で落ちあわない限りこの短縮は無理だった」

 「優秀な航海士で助かりました」

 「後な、刑事さん。俺たちはスコットランド=ヤードにも連れがいる。いいたいことはわかるか」

 「俺は、船を最後に降りる。それまで船室で寝かせてくれ。出ては来ない」

 「悪いがそうしてくれ。俺たちも勝ち馬に乗りたいからな。ヤローども、後はひたすらロンドン港を目指せ」

 「「「おうっ」」」

 「なぜか、皆さんものすごいノリですね」

 

 

 十二月二十一日午後八時二十分

 リフォームクラブ

 「フォッグは、日本の港で五日間の足止めを食らったな」

 「ああ、それがなければ八十日間で世界一周も成功したかもしれない」

 「そう、世界は小さくなった。しかし、今日英吉利に到着した定期船は全て我々の知り合いが調べ上げている。フォッグは乗客にいなかった」

 「この賭けが終われば五千ポンドが一万ポンドになる。誰かがこの賭け札を売ってくれといってもたとえ一万ポンドでも売ったりはしない」

 「ああ、これだけロンドン中で話題となった賭けだ。この場にいるだけで名誉だ。どれ後、二十四分を優雅に過ごそう」

 「諸君、お待たせした。賭けの期限まで残り二十三分。期限内に世界一周できたことを認めてくれるかい」

 「やや、フォッグ。我々は英吉利に到着する船は隅々まで調査したつもりだが」

 「ああ、チャーター便だったからね。定期船には乗らなかったのさ」

 「よかろう、賭けは君の勝ちだ、フォッグ」

 「おめでとう、二万ポンドは君のものだ」

 

 

 日本橋 料亭梶

 「以上で八十日間世界一周は完か」

 「ニューヨークとロンドンを貸し切って船旅をする連中が現れそうだな」

 「後、世界は海底ケーブルで日本とロンドン、ニューヨークが一つにつながったことを知ったな」

 「それから世界は、リュン=アニーと名乗った人物が実在のものか討論することになるだろう」

 「仏蘭西語を日本語訳するとリュンで月、アニーで年」

 「この二つの言葉を織り込む浮世絵師といえば当代一の浮世絵師月岡芳年とするのが妥当か」

 「月岡芳年の美人画か。北斎が生涯三万点の作品を残したのに比べ、彼の作品は作品数が多い時期と少ない時期の差が激しい」

 「外国に持ち出すだけで、彼の作品というだけで高値がつくだろう」

 「実際、北斎、広重を継ぐのは彼だ」

 「ただし、彼の弟子は様々な分野に手を出している」

 「洋画に手を出す者がいるからな」

 「洋画の技法を学んだ者がその技術を浮世絵に活かすのも一つの手だが」

 「後は、ジュール=ヴェルヌの観察眼を改めて正しいことを証明したわけだ。誰か、海底二万里に影響を受けた者がいないか?」

 「モネ船長、俺も潜水艦を作ったぞ」

 「そういってしまう世の中になるのか」

 「少なくとも日本では無理だな。軍艦をつくる技術もなければ、鉄鋼もない」

 「ふふ、俺は知ってるぞ。今、鉄鋼所を鹿島に造るために仏蘭西に研修に出かけている連中のことを」

 「もう少しすれば研修を終えて帰ってくるだろう。なにもない日本だが少なくとも鉄鋼は出来るようになるかもしれない」

 「鉄鋼がうまくできるかはわかりはしないが、蒸気船と蒸気機関車のどちらが先に製造できそうか」

 「歴史は、先に蒸気船を作った。西暦1783年のことだ」

 「蒸気機関車ができたのはそれに遅れること二十年の1804年だ」

 「日本だったらどっちが先に国産で製造できるかわからんな」

 「蒸気機関を小型化するのに手間取った分だけ蒸気船の方が先行したんだが、日本でもその歴史を繰り返すか」

 「その前に、きちんと工作機械で金属板の切断、曲げ、打ちこみができないと話にならないけどね」

 「鋳物なら何とかなるが、先は長いな」

 

 

 

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