仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第43話

 1873年(明治七年)一月十五日

 幕府通達

 士族にある者は全て一年間に千発の射撃訓練を課すものとする

 「武士も鉄砲の時代か」

 「旧式となった火縄銃を回収して西洋式のライフル銃を配備するだけで一年分の軍事費が吹き飛ぶという話だ」

 「普仏戦争の戦訓結果に照らしたものだろう。建前を取り払うと、お前ら士族が射撃訓練をしないのなら徴兵制度を敷いて平民に射撃訓練をさせるぞ」

 「刀の時代なら質を求めて刀鍛冶でいいのだが、射撃を重視するようになると鋳物で薬莢、弾頭、火薬、リム、雷管を大量に用意しなければならない」

 「三千万の一割が士族。三百万人に一人千発だと、三十億発の弾とそれ相当の銃が必要になる」

 「その分だけ弾を撃ったら、使えなくなる銃も出てくるさ」

 「では、国内で消費する分は国内で生産しなければまずいだろ」

 「黒色火薬の原料は、硝酸カリウムに硫黄、木炭。大量に必要な硝酸カリウムは、チリからの輸入ものに。硫黄は、火山国日本であれば国内生産に支障はない」

 「温泉につきものだからな」

 「後、士族以外にけん銃を所持することが許される職業として、郵便配達夫に宅配便を取り扱う職業の者達が加えられた」

 「郵便配達を襲撃する事件が増えており、それならばその配達量を上回る宅配便も拳銃所持をすることを認めたそうだ」

 「これは、現金輸送の観点からやもうえんだろ」

 

 

 三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。前年の開通区間は、九州区間で門司港と鳥栖駅間が既存の小倉と博多駅間をまたいで開通。日立と大津駅間、八王子と大月駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は三十四円でした。なお昨年の取締役会での決定により、常磐線は平駅まで。中央線は甲府までの伸延となります。今年は、四国からの要請を受け、高松から多度津経由で琴平まで鉄道をひくことが決まっています。南海道鉄道株式会社の持ち株比率は二割となる予定です」

 「後は、九州をどこまで伸延するかだな」

 「ここは大牟田までとする」

 「三池炭鉱までか、九州も炭田と鉄道がつながったな」

 「柳川藩と久留米藩は、炭鉱を鉄道に使われる藩となるか」

 「今までの筑豊炭田と合わせると西日本に必要な石炭が確保できたな」

 「只今、一橋大学の競技場で行われているフットボールの普及をはかりたくあります。この競技は輸送需要の低迷する冬季に開催するのが都合よく、将来的には東海道杯として全国一強い球団を決定する運びとしたくあります」

 「大学で行われている総当たり戦で強いのはどこだ」

 「連携と個人の釣り合いが取れているのが町火消しです」

 「だとしたら、町火消しだけで四十八組が参加するのだから、現在参加する球団はいくつだ」

 「百を越える球団が参加しており、半期の対戦をこなすために六つに区分けし、その中で総当たり戦をし、そのうえで各連盟の最上位者が決勝の勝ち抜き戦をおこなうようになっています」

 「では、その盛り上がりを全国的なものにしたいようだが、参加範囲はどうする」

 「当社が路線をひいてる州すべてに参加を募ります。州ごとに選抜をおこない、州代表として参加してもらった方々を一か所に集め、勝ち抜き戦をすることになるかと」

 「では、必要な期間は」

 「予選に二カ月。本選に一月を想定しています」

 「当社が負担する費用は」

 「州代表になった各球団を一ヶ月間輸送費と宿泊費用を負担するつもりです」

 「優勝したものに与えるものは何か」

 「優勝した球団には優勝杯のほか、選手一人一人に機関士一年分の賞金を、準優勝の球団には機関士半年分の賞金を与えるつもりです」

 「開催時期と開催場所は」

 「十月と十一月を予選に、本選は十二月に行いたくあります。開催場所ですが、雪の降らないところで十二月も競技に適した気候をしていることのほか、わが社の路線の中心ともいえる場所ということで藤枝を開催場所に指定したくあります」

 「では、この勝ち抜き戦の名称を藤枝杯といたす」

 「以上をもちまして今回の決算報告を終えます」

 

 

 三月十五日

 日本橋駅

 告示

 只今、一橋大学の競技場で行われているフットボール競技を広域開催するものとする。前年までに東海道鉄道株式会社が路線を敷いている州の代表球団を毎年、十月と十一月に予選会を開き、勝ち抜き戦で各州一球団が決勝に進めるものとする。決勝の舞台は藤枝に新設する競技場とする。十二月の一カ月をかけて勝ち抜き戦をおこない、優勝球団には藤枝杯の優勝杯のほか、正機関士一年分の給与を賞金として選手一人ひとりに贈呈するものとする。準優勝の球団には正機関士半年分の給与を賞金として贈呈する。十二月に藤枝に集まる球団には輸送費と宿泊費用を当社が負担するものとする。各球団の構成人数は十八人以下とする

   東海道鉄道株式会社

 「すごい賞品だね。正機関士一年分の給与が選手一人一人に与えられるのだから」

 「東海道鉄道株式会社が路線を敷いている州は、東海道線に十二の州。関八州のうち三州、山陽道に一州、それと甲斐と美濃、筑前と筑後ぐらいなものか」

 「ということは、州の代表に選ばれた地点で二十分の一の確率で優勝できると」

 「できるだろうが、最初のうちは一橋大学で実際にフットボールをしている球団が強いよ」

 「では、武蔵の国を勝ち抜いてくる球団が優勝候補の筆頭か」

 「町火消しの対抗意識は相当なものだときく。今では、あっちこっちへとふらふら遊んでいた連中が各地の空き地で球を蹴ってるという話だ」

 「江戸の華が球技で火花を散らすか。どれ、今年の冬は予選会場にでも足を運んでみるか」

 

 

 三月二十三日

 合衆国のレミントンランドがタイプライターの生産を始める

 「タイピングをする速度が実用的な速度となったな」

 「英数字は、三十六文字のタイプする指位置を覚えればブラインドでタイピングできるからな」

 「ただし、タイピングしている最中、文字が見えないのが難だ。改善の余地はある」

 

 

 五月一日

 ウィーン万国博覧会が開催される

 「ジャポンを知らしめるために、寝殿造りの配置か。室内には浮世絵を張りまくった」

 「目玉は、神々しい歴史絵を月岡芳年に描かせてみた」

 「さらに実演するのはなぜか、大工によるかんなで削り取った鉋くずの乱舞」

 「派手でいいのだろうかね」

 「西洋の石造りではこうはならないからね」

 「職人気質がジャポンの売りかな」

 「浮世絵に出てくるから団扇を配ってみたんだが、三日でなくなってしまいそうだ」

 「確かに、浮世絵を張っていましたとも。小品まで神経をいきわたらせた心遣い。これがジャポニズミかね」

 「驚くような質問が解説係にとんできたよ。日本人だとそれは当然と思っていったような箇所にも詳細な質問があったね」

 

 

 五月三日

 源氏物語『関屋』『絵合』を浮世絵化

 「物語の中に絵画が出てくるのだ。絵合を担当した浮世絵士は相当な苦労をしただろうよ」

 「物語を浮世絵にした中に絵画を入れる。文章にしたら実際の描写は必要だが、それを筆にするとなると難しいな」

 「須磨にまで出向いて下絵をつくらないとならなかっただろう」

 

 

 六月一日

 「岩国発下関行き一番急行列車、発車いたします」

 「総延長百六十キロ、営業距離にしたら大したものだが」

 「航海距離が、関門海峡に岡山と高松間、尾道と多度津間で百キロ」

 「鉄道会社か旅客会社かどちらなのか」

 「しかただないだろ。航路を開拓しなければ、競合するように蒸気船を走らされてしまうから先に押さえておかねばならない」

 「船はいいね。トンネルもない、登坂もない」

 「中国山地が突き出たようなところは走らせることはできないし。なるべく、1/100より緩やかな勾配を選ばねばならないからね」

 「それよりも同じ山陽道でも尼崎と姫路間は違うぞ。国内最速時速六十キロを記録している」

 「だったら、国内で最も速い汽車に乗りたければ速いところ、姫路まで延ばしたいもんだ」

 「その前に広島だ。山陽道一のにぎわいを得てようやく他社と互角に戦える」

 「山陽道の全線開通が東海道より時間がかかるのが残念だ」

 

 

 七月一日

 平駅

 「水戸行き一番列車が発車いたします」

 「とうとう、奥州まで足を伸ばしたか」

 「大藩である仙台藩と薩摩藩の双方に気を使った結果、到着年次をそろえようかと取締役会に議題として出してみるか?」

 「どちらが先に到着しそうなのだ?」

 「このままで行くと仙台までがやや先行しています」

 「夢は、日本縦断寝台列車を走らせるか?仙台を出て鹿児島駅までの千八百キロの旅で三日間の旅」

 「亜米利加の大陸横断鉄道には及ばぬがこれはこれで楽しみだ」

 「それを実現するためには、山陽道が完成する必要があります。九州を縦間しても姫路と岡山間に手がつけられていない可能性があります」

 「それを言われると頭が痛い。しかし、山陽道にあるのは中規模な藩ばかりでどうも食指が動かない」

 「確かに、加賀百万石を除けば、大藩は薩摩藩、仙台藩、御三家に熊本藩、広島、萩藩くらいなものか」

 「加賀百万石は難しいのう。もし仮に当社が金沢に向けて線路を伸ばすとしたら候補はどうなる」

 「最短は、北陸道で米原から若狭経由で金沢ですね」

 「これは中山道鉄道株式会社の管轄じゃ」

 「だとしたら、新潟から北陸道をひたすら金沢まで路線を伸ばすというもので三百キロ。途中の親不知が熱海線並みに難所ですね」

 「悪いが、これは先に身延線を開通させてからの話だ。当社では少し持て余しているな」

 「しかし、露西亜との関係を考えますと、新潟までは線路を延ばさなければならないでしょう。太平洋側ばかり優遇しているとなればそれはそれで問題となります」

 「だとしたら、高崎と新潟を結ぶというものだが」

 「それが最善でしょうね」

 「勾配もそれほどきつくはありませんし」

 「こちらをたてれば、次はこちらをたてねばならぬ。世間の風は結構冷たいものだ」

 「何を言われます。線路のない州からは、きままに線路を建設しているとみられても仕方がないのですよ」

 「誓っていう。わが社は日本をまとめるために鉄道を走らせているのであって私意はない」

 「そうでしょうか。我が社の役員は南紀派を目の敵にしていますが」

 「そ、そうであったな」

 

 

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