仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第44話

 1873年(明治七年)七月二十日

 第一銀行設立

 「渋沢、無理をさせるな」

 「やむを得ないでしょう、両替商から銀行への転換。その仕組みを知る者は少ないですから、第一銀行の監査役を引き受けるのは」

 「金貨から銀貨へ両替しただけで手数料として一分を差し引く両替商では、市中から金を集めて大口の融資先と仲介して利益を得ることもままならん」

 「藩札の人気が極めて低いために藩札の回収からしなければ、幕府が保証する兌換紙幣の流通もままなりません」

 「藩が抱える隠れ借金か。財政に余裕がある藩ほど藩札の回収が進んでいるのですが」

 「大名を脅しているのだがな。そのうち、藩札を回収して大口債権者として藩政を取り仕切られると、幕府にお家取りつぶしにされるとな」

 「ええ、売上税がその藩札回収に使われているようですが」

 「健全なる金融市場が成り立たねば、民間に銀行が育たない」

 「いいかえれば、鉄道もそうです。鉄道を敷くために設立された銀行もあるとききます」

 「とりあえず、銀行は信用の創造だ。両替で手数料が派生しないことと銀行に預金すれば利息がもらえることを広く徹底するのが第一段階だ」

 「わが社も両替商には泣かされますからね。日々日銭を集めて両替商にもってゆくと貨幣の交換をするだけで、売り上げの一分をもってゆかれる」

 「今までの両替商では、円滑な金融市場が育ちませんからね」

 「両替商を介するのが嫌だから、わが社の日銭は駅から回収した分につきましては、そのまま列車にのせて線路の埋設するところにもってゆき、賃金の支払いに使ってますからな」

 「やむを得ない部分もあるがな。京から江戸に徒歩で向かう場合、関所が二か所もあったからな」

 「両替商が金融市場の関所では市場の発展もままなりませんな」

 「ヨーロッパでは、遠隔地も多く国を越えて活動する資本家が多いために銀行業務が発達しているな」

 「銀行業務に関しては仏蘭西に習うしかないでしょう」

 「せめてもの救いは、日本に金貨銀貨が流入しているおかげだな」

 「大奥様々です。印刷事業の元手は微々たるものですし、国内で資材を生産できますからね」

 

 

 八月七日

 閑谷学校

 「庶民のための藩校であった閑谷学校も時代の流れには逆らえぬ」

 「仏蘭西語を必修といたすことで中等教育を担う場として寺子屋で目録を得た生徒を受け入れるようになってしまったからな」

 「もちろん、寺子屋の役目も果たすからわが校に通えば、目録と免許を得ることができる」

 「中等教育から始まる教科も多いけど」

 「旧制の漢学は、仏蘭西語にとってかわられた。儒学は清と朝鮮を学ぶ者しか必要がなくなったから、世界史を学びなさいというおたっし。結局、仏蘭西を学びなさいということだけどね」

 「それと蒸気機関車が世の中に出てきたのだから、数学に理科を就業科目に追加」

 「浮世絵で稼いでいるのだから、美術の講師を、仏蘭西に行けばダンスの一つも踊れないといかんということで音楽と体育の講師も用意する必要があったな」

 「藩の寺子屋が二百棟。毎年、各校から二人ほど受け入れると四百人の校舎で仮に四年とすれば、千六百人分の寮が必要となる」

 「藩も悲鳴をあげたね。岡山城下に中等教育機関を新設することにしたよ」

 「仏蘭西語の講師は足りなくて、各校をもち廻りしているよ」

 「わが校の免許獲得一期生も免許を取らないうちから仏蘭西語講師としてつばをつけられている」

 「ただな、なぜわが校の免許取得日は暗くならねばならぬのだ」

 「免許を取って高等教育機関を受験する生徒を見送るのは、岡山港まで行かねばならぬ」

 「なぜだ、岡山藩に鉄道がとおっておらぬのだ」

 「姫路駅にまで見送りに行くわけにはゆかんしな」

 「こうなったら、藩の高官を口説くか」

 「どう?」

 「岡山から南の四国に行くのは船が出ています。ならば初の日本側に通じる路線として、岡山と米子を鉄道で結びましょうと」

 「金がないといわれそうだな。では、中等教育機関の新設は取りやめるか」

 「それはもっといかん」

 「では、フットボールで藤枝杯に出て優勝賞金を狙うか」

 「今のところ鉄道が来なければ出場資格がないよ」

 「藩の高官よ。姫路と岡山間に出資して備前藩も藤枝杯の参加しようぜ」

 「それは異存がない。要は、播州を乗り越え岡山藩管内に一駅できればいいのさ」

 「赤穂藩よ、備前まで鉄道の駅を引っ張ってきてくれ」

 「そっちの方に現実味があるのが癪だな」

 

 

 十月十四日

 公示

 以下の日を祝日とし、仕事を休む日とする。

 一月三十一日 東照大権現生誕日

 八月二十四日 当代将軍生誕日

 春分の日

 秋分の日

 幕府開設の日 三月二十四日

   幕府

 「仏蘭西人からしてみれば、世界はキリストが定めた日曜日、マホメットが定めた金曜日を休息日にあてているが、日本人は働き者だな。此度、仏蘭西人の働きかけで祝日が制定されたが、相変わらず年から年中働き蜂だよ」

 「働き者であることが世間から認められる国だからね」

 「他国と比較されることがないせいかね。清なぞ、漢民族からしてみれば征服されている状態だから、監視が行き届かなくなるとすぐさま構内にある物をもちだして休んでいるぞ」

 「その物って、食べ物それとも椅子?」

 「あるところでは、運搬用の馬車だったり、店内で売られているベッドだったり、店内の売り物である瓶づめだったりする」

 「あかんな、在庫管理は内部犯行を防ぐためにあるようなものだな」

 

 

 十二月四日

 御茶の水大学が来年十月より開校する告知を出す

 「大奥のための大学か」

 「毎年、源氏物語の印税で裕福なところだからな。幕府は火の車だというのに、大奥の予算は潤沢だからね」

 「私たちで稼いでるんでしょ、私たちの収入を当てにせず、自分たちで稼げばよいでしょと老中にはいいきったところだからね」

 「日本に貢献しているだけに老中も大奥の稼いだ金に手をつけれない」

 「世界中の版権を探すために外国語学部を看板に。理学部、経済学部、文学部を配置」

 「幕府の大学校を脅かす地位に位置しそうだな」

 「女子大学だからそこは、問題ないでしょう」

 

 

 1874年一月三日

 恵那駅

 「恵那発岐阜行き一番列車、発車いたします」

 「競合会社が塩尻駅に先着しそうになりはりましたで」

 「甲府から南下して三島駅まで東海道線のう回路を作りはるそうでどうやらその話はお流れですねん」

 「そやから無理してでも中山道を進んでおりはるますんや」

 「此度は、無理して八十キロを東進しましたんや」

 「次も無理して塩尻でっか」

 「そやな、今度は山岳道を百キロや」

 「わてらだけかいな。こんなに線路を新設するのに苦労してはりますのは」

 「そやけど、敦賀を経由して日本海側に抜けるのもまた同じような苦労をしはりますで」

 「甲府と塩尻間も標高は高いで」

 「あそこは後回しにされた線路やろ」

 「わてらは悪路の開拓者やな」

 「せやけど、山道さかい人口を維持するためにも鉄道は必要でっせ」

 「線路の新設をするために営業利益をそれに廻しているのはどこもかわらへんやけどな」

 「はよう、高崎に抜けたいのが本音やけどな」

 「ああ、高松は一橋派の手が伸びてしもうたな」

 

 

 二月二十日

 江戸城 雁間

 「一昨年、宮古島から琉球へ年貢を輸送の最中に遭難いたしました島民ですがなんと台湾まで流され、原住民に五十四名が殺害され、命からがら逃げかえった島民が十二名とのことです」

 「で、清はいかに?」

 「原住民は管轄外であるから、原住民相手に賠償を請求するなり、首謀者を殺害するなりしてくれと言っています」

 「これを受け、薩摩藩がこの交渉が不成立ならば我が藩で攻め込むといきこんでいます」

 「それだけではないんやろ」

 「昨年は、備中に所属する船が台湾に漂着いたしましたところ、原住民から暴行を受け四名が負傷との報告があがってきております」

 「海軍奉行は何と」

 「仮に出征となりますと十分な補給線が確保できかねると申しております」

 「これをほおっておけばどうなる」

 「薩摩藩が台湾に出兵いたしますでしょう」

 「よろしくないな」

 「戦わなければ、幕府の弱腰外交というわけか」

 「後、薩摩藩をなだめなければなりませぬ」

 「何か良い手はないか」

 「困った時こそ、全権大使に相談ではないでしょうか」

 「そうよの、明日、水道橋駅に出向いてみるか」

 「全権大使には、薩摩藩も遠慮をするでしょう」

 「よし、薩摩藩には全権大使に一任いたしたと連絡せよ。しばし、時間が稼げるであろう」

 

 

 二月二十一日

 水道橋駅

 「幕府から全権大使に今回の台湾問題の解決をはかっていただきたい」

 「幕府の方針は?」

 「できれば戦争回避の方針で。軍艦が十分ではないゆえ」

 「では、まず最初にお伺いいたしますが、清は何と?」

 「管轄外ゆえ、日本国で原住民相手に交渉をしてくれと」

 「次にお伺いいたしますが、台湾の原住民は山深いところに本拠を置いているとみてよいのでしょうか?」

 「そうなります。後、この問題を難しくしているのが薩摩藩で単独でも出兵いたすと息巻いております」

 「改めて問いますが琉球は清と薩摩藩と両方に朝貢いたしておりますよね」

 「今のところ、琉球の位置づけは明確ではございませぬ」

 「では、同盟国たる仏蘭西を動かしましょう。仏蘭西を通して抗議と根回しとを」

 「仏蘭西に抗議してもらうのはわかりますが、根回しとは?」

 「台湾出兵を日本が検討していますが、仏蘭西と英吉利及び亜米利加の方針はいかがでしょうかとお伺いしてください」

 「台湾に領土の意欲をもっているならば、日本に同調してくるでしょう。意欲がなければ日本に対する妨害はいたしますまい。要は、日本が台湾に出兵いたすつもりですが、どうか強国の皆さん、異論はございませんよね。と確認してきてください」

 「了解いたしました」

 

 

 二月二十七日

 水道橋駅

 「仏蘭西を通して抗議してもらいましたが、台湾の原住民は管轄していないと同じ返事がいただきました」

 「英仏米双方の国からも台湾に対する侵攻の予定はないとのことです。また、日本が台湾出兵をした場合でも友好的な中立を保つとの返事をいただきました」

 「では、あげ足を取りましょう。琉球の民が殺害されましたが清国は国外であるので不干渉を貫きましたと薩摩藩には伝えましょう。要するに琉球は清国に保護をしてもらう対象でないと彼らが認めたのです。薩摩藩には、琉球王朝に今後薩摩藩にのみ朝貢するように交渉をさせてください」

 「なるほど、これで薩摩藩は納得いたしますよ。琉球を版図にできるのですから」

 「では、台湾出兵を各国に通達してください。清からの返事は出兵後に届くように少し遅らせてください」

 「では、台湾を日本がいただくので?」

 「いえ、そうではありません。台北にのみ日本は出兵します。台北に日本人街を作り、今だ台湾原住民の討伐に成功せずと居座ってください。清が手を出せないなら、日本も台湾原住民に手を出す必要はありません。交易のため台北で日本人街を建設するのが今回の目的です。英吉利と亜米利加の強国を刺激するのは良くありません。今回の目的は琉球が薩摩藩の属領であることを認めさせるのが日本側の要求です。台北の出征した兵はいつでも引けるようにしておいてください。台北の日本人街は建設できなくても今回は琉球が日本のものであると世界が認めれば十分に日本の要求は満たしたとことになります」

 「清に対し、あわよくば台北に日本人街ができたぞと認めさせれば濡れ手に泡というやつですよ」

 「わかりました。駐清大使を通じまして各国に通達させます」

 

 

 三月十五日

 北京 日本大使館

 「大使、日本はなぜ台湾に出兵いたしたのですか?」

 「清からの返答をいただきましたよ。台湾は清の管轄外であると。ゆえに、日本人五十四名の霊を慰めるまで、清にかわり日本が原住民討伐の兵をあげたのです」

 「もうひとつ、琉球に清への朝貢をやめさせたのはなぜですか」

 「琉球の民が自国民というのならば、台湾で殺された琉球人のためにも原住民に出兵いたしたでしょう。わが日本は琉球の民が自国民であると認識していますから台湾に出兵いたしました」

 「では、日本が台湾から兵をひく条件は何でしょう」

 「あなたの立場を顧みますに、どうでしょう、日本は台湾に出兵したのではないとそう明文化してもかまいませんが」

 「それでは、台湾に出兵している兵は何になるのでしょうか」

 「清への朝貢をするために中継基地である台北に日本人街を建設するための警備兵です。ちなみに琉球国は、日本に朝貢し、さらに日本が清に朝貢する形となりますが」

 「よろしい、今回は名をいただきましょう。琉球は日本への朝貢国であり、日本は清への朝貢国であると」

 「御理解してもらえてありがたい」

 

 

 三月十八日

 日清互換条約

  一、琉球は日本への朝貢国とする

  二、日本は清への朝貢国である

  三、台北に建設中の日本人街は清と日本を結ぶ中継都市とする

 

 

 

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