仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第45話

 1874年(明治八年)三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。前年の開通区間は、鳥栖と大牟田駅間、大津港と平駅間、大月と甲府駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は、三十六円でした。今年は、九州並びに奥州、身延線の伸延距離を決定する必要があります」

 「大藩である熊本駅までの伸延でいいのでは。大牟田と熊本間は五十キロだ」

 「富岡駅まで伸延すれば奥州で四十キロ」

 「身延線は全長八十八キロ」

 「身延線は何年で完成するかだな」

 「さらに甲府からもしくは富士川のどちらから工事を始めるかだ」

 「双方の中間に日蓮宗の総本山である久遠寺があります。身延山までの参拝客を通り込むのが上策かと」

 「これまた、伊勢神宮から催促が来そうな路線配置ですな」

 「江戸と京から身延駅までの路線距離は?」

 「江戸からですと、富士駅経由で百九十キロ、甲府経由で百八十キロ」

 「京からは富士駅経由で四百十キロ、甲府経由では未着工区間があります」

 「では、富士駅側から身延線を二年で建設することとする」

 「水戸藩からの連絡がありました。当藩は、四月より仏蘭西帰りの工夫とともに鹿島に製鉄所を建設する運びとなりましたと」

 「ついに、軌条も国産化のめどがつきつつあるか」

 「これで発注すれば一ヶ月後には資材がそろうのか」

 「皆さん、とらぬ狸の皮算用といわれるのでないかと思いますが。九州を縦断した後、もう一度、同程度の島で縦断線路をひく仕事を検討してもらいたくあります」

 「九州と同程度と言えば?」

 「北海道」

 「サハリン」

 「小さいが琉球」

 「国内ではありません。九州縦貫の延長として、台湾に縦貫線路を建設したくあります」

 「いくつか問題がありますよね」

 「第一は、清には汽車が走っていません。当然、紫禁城も許可をださないでしょう」

 「それにつきましては、台湾は治外法権だと清から返事をいただいたのです。これを盾に取ります。それと台湾は天津条約の結果、高雄港を対外的に開港しています。よって諸外国と一貫した要求を出すのです。このままでは高雄の利便性は不都合がありすぎるから台湾に縦貫線路をひきたいと各国で協調するのです」

 「その仕事をわが社で請け負うつもりですか?」

 「わが社は、機関士と線路埋設の技師を派遣するのみで行きます。工事に携わる工夫には、原住民と各藩から派遣した人物とを充てたくあります」

 「スエズの折は砂漠でしたが、此度の線路埋設地は亜熱帯地方になります。風土病はどうでしょうか?」

 「これが最難関です。特効薬のないマラリアにかかると成人男性の場合、死亡率が三分といわれています」

 「百人で三人か。此度、工事期間の見込みは?」

 「九州縦貫にかかった時間の二倍が必要と思われます。ただし、人海戦術を使えば一年で建設ができるでしょう。台湾の西部は東海道線にも匹敵する平野になっております」

 「日本人がこのまま機関士を続けるわけにはゆかないでしょう。文字通り、原住民もしくは広東州からの移民組を最終的には機関士として養成してゆく必要があるでしょう」

 「では、採決をおこないたくあります。台湾縦貫鉄道に反対の方は挙手をお願いします」

 「三名の方が手をあげられましたが、賛成多数とみなします。よって、わが社は台湾縦貫鉄道の建設に関与することになりました」

 「以上をもちまして此度の決算報告を終えます」

 

 

 三月二十日

 日本橋 料亭梶

 「日本が清に朝貢を始めるというのだが、巷での評判はどうだい」

 「理屈では、皆理解している。朝貢は形式のみだとね」

 「確かに、清はここ最近朝貢をする国をいくつも失っているから、琉球を日本に実質取られても日本が朝貢をするというのならと面子を立てた」

 「幕府も薩摩藩に琉球という褒美をあげたのだから、世の中丸く収まるのを期待している」

 「しかし、日本は砂漠の中苦労してまで仏蘭西との同盟を勝ち取ったのだ。何で落ち目の清に朝貢をしなければならぬと気持ちがおさまらぬ輩は多い」

 「倭の国といわれた時代、遣隋使に遣唐使、勘合貿易と古代からの事例は多いな」

 「で、誰が朝貢の責務を負うのか?」

 「朝廷を担ぎ出すことに成功したようだ。清に派遣する代表には岩倉具視大使を充てることになった」

 「御公家はんもお仕事が回ってきたんや」

 「しかし、ただ単に朝貢するだけでは騒がしい外野は納得しないだろう」

 「で、清に代わり台湾にいる原住民を漢化するということになった」

 「漢化ねえ。日本化の間違いではないか」

 「使うものは、文字の読めない原住民のために浮世絵を原住民にただで配ることにするようだ」

 「確かに、スエズ運河建設の際、日エジプト友好に役に立ったのは既成の事実」

 「で、それでも騒がしい奴らは台北に行き、日本人街の建設に従事しろとのおたっしだ」

 「住みやすいの?」

 「台湾は台風の通り道だからね。高温多湿そのもの」

 「日本と変わらないではないか」

 「風土病がひどいなあ。マラリアという病気は特効薬が存在しない。発病したら高温に襲われるそうだ」

 「ただの高温ねえ」

 「ちなみに高温に襲われるのは三日おきに高温が発症する。つまり、何度も何度も高温になる。三度目の発熱で死に至る者が続出するという話だ」

 「いや、それは困る。砂漠も住みづらいが死にいたることはない。マラリアを防ぐ手はないのか」

 「蚊帳をして虫刺されを防ぐことぐらいだそうだ」

 「病死は尊王攘夷を唱える者でもごめんというものが多いだろう」

 「つまり、騒ぐやつは台湾に強制連行するおたっしだ」

 「第二のスエズ運河となるか」

 

 

 四月四日

 駐日亜米利加大使館

 「大使、此度、日本から提案させていただくことがあります」

 「どんな話でしょう。我が国にも益があるのでしょうか」

 「あるのでできれば協力をお願いしたい。話は高雄の活性化に関してです」

 「つい最近、日清で戦争直前までいった台湾に関してですか。台湾の原住民には我々は直接関与していませんが、なかなか思うように利益の上がらない島ですなあ」

 「台湾で対外的に開港させられた港は二つ」

 「北の新北市と南の高雄市ですな」

 「幕府といたしましては、第一段階で新北市から台北までの線路をひき、第二段階で台北から高雄市までの線路建設を請け負いたくあります」

 「それは良き提案だと思いますが、亜米利加としては二点気になることがあります。まず一点、紫禁城からの許可は必要ないのでしょうか」

 「清の高官にはわいろ攻勢をかけます。つまり建設終了まで見て見ぬふりをしていただきます」

 「なるほど、漢民族と女真族とのねじれを利用されるのですな。これはまず問題ないでしょう」

 「では、現地の風土に関してはいかがでしょう?亜米利加でも台湾縦貫鉄道の建設を検討しましたが、原住民対策並びに風土病の点から断念いたしました」

 「原住民には浮世絵の無料配布です。日本を知ってもらうこと、そして害意をもってもらわぬこと、できましたら台湾縦貫鉄道の建設に従事してもらうことの三点に集約されます。なお、風土病対策ですが、これは良策がございません。台湾の原住民の教化がすみましたら、できるだけたくさんの原住民に線路の埋設に従事してもらうことです。後は、スエズ運河を建設した日本人の勤勉さをもって短期で線路を埋設することぐらいでしょう」

 「なるほど、マスメディアを制している日本ならば不識字の住民にも教化が成功するかもしれませぬな。よろしい、亜米利加にも益のある話です。もし万が一、清からの鉄道妨害運動が出てきた場合、清に対処することを約束いたしましょう」

 「ありがとうございます。これで仏英米からの協力を得ることができました」

 

 

 四月十五日

 紫禁城 

 「皇帝の御前である。日本の大使は朝貢する物の目録をもって上程せよ」

 「清の皇帝におかれましては、日本の大使である岩倉具視から謹んで朝貢する物品並びにその一分を捧げます」

 「大使に問う。書物が多いようだが、その中身はなんぞ」

 「世界一の発行数を誇る浮世絵で源氏物語の既刊をもってまいりました。さらに無理をさせて来月発行予定の新刊までをここに持ってまいりました。この作品は、ヨーロッパの淑女にたいそうな人気を誇り、必ずや皇太后様以下の歓心を買うことができると思います」

 「なるほど、大使は皇太后の歓心を買う策に出たか」

 「それに西洋の人気作者が書きました小説を浮世絵にしております。八十日間世界一周、海底二万里、二都物語、三銃士、若草物語等を献上いたします」

 「御苦労であった。何よ、清王朝から恩寵を授けよ」

 「はっ」

 

 

 待合室

 「何氏、実は台北の日本人街建設ですが、一つ困ったことがおきまして」

 「何でしょう。私が対処できることですかな」

 「実は街を建設するための木材が足りなくて困っております」

 「ほう、ではどこから調達してくるというかアル」

 「海岸線沿いにそって木を切りたいのですが」

 (あほアル。そんなところには木はないアル)

 「どうでしょう、清当局の許可を得るわけにはいかないでしょうか」

 「私ひとりの力はないアル。駄目、駄目」

 「そこを何とか」

 「ふーむ。よろしいアル。何とか私の派閥の長から許可をいただいてくるアル」

 「ありがとうございます。これからも何事か不足する物があれば、何氏を通して要請してもよろしいでしょうか」

 「アイや、此度は特別アル。次回はわからないアル」

 「わかりました。次回も期待していただきたい」

 「そうアルな。次回も話だけ聞くアル」

 「そうですか、何氏に話を通してもらって有意義なものでした」

 「いや、なになに」

 「大使、清の高官買収はお安くてよろしいですね」

 「国内で発禁処分を受け、幕府が回収した浮世絵を処分するために清に持ってきただけの話だけどな。ま、それは半分までだな。後半分はどこの国も共通のもんだ」

 「今回の人物は漢民族でしたが、女真族と漢民族のどちらが効率いいのでしょうか」

 「それは難しい質問だな。清王朝が成立してから二百年。建国当初はもちろん、女真族の方が崩しにくかったが、現在、ていたらくしているのは女真族という話だ。女真族そのものが特権階級になってしまったからな」

 「清と江戸幕府の成立時期は良く似ています。清の買収のしやすさを見ていますと明日は我が身かと思いますよ」

 「江戸幕府の下で大規模な反乱がおこらないとは言わないが、日本の平民から幕府への突き上げは緩い。なぜだと思う」

 「事なかれ主義の日本人だからでしょうか。それとも五人組の成果でしょうか」

 「正解はないがひとつ言えることは、江戸幕府は支配層である士族が総じて貧乏なせいだ」

 「それは言えますねえ。裕福なのは商人というのはず――と変わっていません」

 「商人そのものに課税する法は今だない。農民は年貢にあえいでいるが、商人は稼いだ分をそのまま懐に入れることができる」

 「武士は長氏相続だがやはり時代を経るに従って形見分けや分家に対する譲渡でやせ細ってゆく。なのに収入は増えないのが相場だからな」

 「清は政府の高官になれば一族を養ってゆくほどの利権がついてくるが。江戸幕府の場合、高官になってもつきあいや見栄のはりあいで出費がかさむ者が少なくありません」

 「とりあえず、貧乏な武士であるうちは恨みを買いにくいからなあ」

 「長期安定政権が続くのでしょうか」

 「幕府に入る金次第だろうな。此度は、『台湾で日本人街建設のために海岸線に沿って幅十メートルの伐採を認める 紫禁城』をもって帰れば上々よ」

 「これで線路埋設の土地を更地にしても問題ありませんね」

 「後は、枕木を線路建設予定地に並べておくことだな。盗まれては元も子もないが」

 「陳氏、いつもお世話になっています」

 「何氏、よくわかっているね。これはなかなか手に入らないものだよ。どうだ、また手に入る予定はないか」

 「そのうち、入ってくるかと思います。その際には、一番に陳氏に声をかけます」

 「そうかそうか、見返りは用意しておくよ」

 「それは、そのようなお気づかいは無用です」

 「何々、お礼はせねばなるまい」

 「では、つてを伝いまして最善を尽くします」

 

 

 四月十六日

 駐清日本大使館

 「何氏、今日の御用命はいかがなものでしょう」

 「昨日、紫禁城で皇帝に謁見した岩倉大使に恩寵された品物を受け取ってもらいたいアル」

 「それが岩倉大使は、急きょ、幕府からの指令が入りまして香港に向かわれました」

 「では、何か、岩倉大使は香港での用事が済み次第、北京に寄られる予定はあるか」

 「しばしお待ちください。本来丸秘の事項でありますが何とか岩倉大使の予定をききだしてまいります」

 「よろしく頼むアル」

 「お待たせしました、岩倉大使の北京へやってくるのは六月二十日ですね。その間、滞在日数は三日となっております」

 「結構アル。では、この大使館で恩寵された品物を受け取ってほしいアル」

 「了解しました。岩倉大使が北京に立ち寄る際は、何氏まで連絡を差し上げましょうか」

 「ぜひ頼むアル」

 「バタン」

 「出世の糸口は、二ヶ月後まで北京に姿を見せないアル。私の出世の糸口に競合相手は必要ないアル。次回もうまいこと、いただくけるものをいただくアル」

 

 

 六月十八日

 仏蘭西大統領府

 「大統領、エジプトよりエジプトのもつスエズ運河会社の株を購入しないかと話がまいっております」

 「エジプトの持ち分はいかほどだ?」

 「25%です」

 「よろしい。仏蘭西政府と日本政府で株式を買い取ろう。相手の言い分はどのくらいだ」

 「英吉利硬貨で一千万ポンドを要望されています」

 「フラン換算で二億七千五百万フランか」

 「まずは値切れ。後は、日本大使館に連絡をせよ。日本にも一部権利を渡そう」

 「はっ」

 

 

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