仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第46話
1874年(明治八年)五月三日
源氏物語『松風』『薄雲』を浮世絵化
「しかし、えらいところの考えることはわからん。北京語訳のやつを作成しろと」
「希少価値のあるものを作りたかかったのかね」
六月二十日
紫禁城
「何氏、なにやら私に御用があるとお伺いしておりますが」
「岩倉大使、台湾にて困ったことがおありだとか」
「実はそうなのです。海岸線にそって建築用の木材を探しましたところ、そのような利便性の良いところには木が立っていませんで」
「なるほど、で、どうされるのですか」
「台北と新北市とを結ぶ幅十メートルの道路ができたとして使うしかありませんな。予定が大幅に狂ってしまいましたが」
「では、空振りアルか」
「半分そうですね。そこで、スコールでぬかるむ道を何とかしたくありまして、砂利を敷きたくあります。どうでしょう、日本人街の近くの山から砂利を削りだしてもよろしいでしょうか」
「それは難しいアル」
「では、これで」
「ま、今回は特別アル。この金髪の子がいいアル」
「では、次回は仏蘭西国内向けを中心にもってきましょう」
「よろしいアル。それがいいアル」
「では台湾のことで問題がおきましたら、頼りになる何氏にまたお願いに参ります」
「次も話だけは聞くアル」
「岩倉大使、これで台北と新北市の間で線路を埋設する下準備が整いましたね」
「後は、それを実行する人員確保か。これが難航しているそうだな」
「はあ、誰もが台湾の風土病におびえております」
「やむを得んか」
六月二十五日
江戸城 雁間
「仏蘭西大統領府からの電信だが日本もエジプトが手放すスエズ運河会社の株を買わないかという話だが」
「いかほど?」
「エジプトが手放す株は全体の二割五分。日本に一分、仏蘭西政府が一分五分を買い取ろうという方向で話が進んでいる。日本の持ち分であれば、八千万フラン。仏蘭西は一億二千万フランを用意すると」
「円に換算すると、日本分は三百六十万円か」
「幕府の蔵にはそのような金はない」
「しかし、あるところにはあるんだな、これが」
「どうする、幕府で公債を出して買うか?」
「それが一番なんだが、台湾に鉄道を走らせる策略の最中であるからな」
「では、六百万の公債を発行して、大奥に引き取ってもらうか」
「差額の二百四十万円が台湾に鉄道をひく費用か」
「老中よりも大奥総取締役の方に頭があがらないからな」
「誰か早く十六代目を産んでくれ。そうして大奥らしい後継争いをしてくれ。さもないと幕府の実権は大奥が握ってしまうぞ」
「十五代目は数え年で十二歳だからな、ぼちぼち始まるころか」
「皆、後三年の辛抱よ」
七月一日
博多駅
「博多発熊本行き一番列車、発車いたします」
「新北市淡水区から淡水河沿いに台北までの距離は二十キロ。台湾縦貫鉄道の初年度としいては、手頃な距離ではないか」
「日本でいうと神奈川港と日本橋のような関係であるからな」
「問題は、これが手始めでしかないことと機関士の疾患対策だ」
「生きのいい若手を送り込むしかないだろう」
「後、予備の機関士も連れて行かねば、時刻表に穴があきそうだな」
「それとだな、二年目を迎えた南海道鉄道株式会社だがな、今年の第一四半期営業係数で三十を出した」
「東海道鉄道株式会社より優良物件であったか」
「高松藩が十二万石、琴平まで利用する客は金刀比羅宮ぐらいしか見込めないと予想された会社がね」
「高松藩といえば、石高でいえば全国で三十二番目だ」
「つまり高松藩より条件さえよければ、営業係数三十が出せるということか」
「衝撃的な数字だな」
「社長自ら車掌を務めるなど徹底した経費削減をおこなったおかげとあるよ」
「わが社が機関士を貸しだしたらこうなりましたか」
「わが社の機関車が貸し出しのために底をつかなければいいがな」
「このことが世間に出た場合、自藩で鉄道をひこうという気になる藩はいかほどある?」
「佐賀藩は、有望だな。長崎と九州縦貫道とをつなげれば利益が出るのは確実だ」
「加賀藩と越前藩は相互で路線をひくことを検討するだろう」
「後は、自らが鉄道をもたない岡山藩か」
「あそこは、姫路と結んでもいいし、広島までの路線も有望だ」
「なにはともあれ、機関士さえ用意できればいくつもの藩やお大尽が鉄道をひき始めるとみていい」
「機関士の確保が最重要課題となるか」
「何として、早期に台湾縦貫道でも現地民に鉄道運営をまかせれるようにせねばならぬな」
「わが社は、今後、幹線道の確保に尽力するべきであろう」
「わが社が基幹を押さえ、他社がわが社の駅に接続するように誘導すべきであろう」
「形はともあれ、仙台から鹿児島まで路線埋設のめどがついておいてよかったよ」
七月十日
武蔵野のとある武家
「うちの寛、いきなり勉強を始めて気でも狂ったのかね」
「それも絶対開成に受かるんだといいだして」
「開成の試験は、七月三十日。あれで受かるんかいな」
「寛は三男だからね。開成に受かって幕臣になると進路を決めたのかね」
「半年前までは、町一番の暴れん坊の寛がね」
「半年前といえば何かあったか」
「世間の噂だと、第二のスエズという話が広まったね」
「スエズの時は、安政三年から安政七年にかけてだったかしら」
「今からだと十五年ほど前の話だな」
「前回は五年の歳月が必要だったな」
「あ、あれか。台湾で鉄道を走らせるという噂か」
「噂では、線路を敷く工夫を日本中から集めるということになるという話だったかね」
「今回は、期間は短いのだろ。何もそんなに根性を入れて勉強をしなくてもいいだろうに」
「巷の噂だけどね。砂漠では気候は厳しいが先ず死ぬことはないそうだ。だが、ジャングルでは、いかなる風土病が待ち受けているかわからないという話らしい」
「つまり、寛が恐れているのはどっちだ?」
「青春真っ盛りの人間が未開のジャングルに放りこまれるのを恐れているのか」
「ジャングルでうつされる病気におびえてるのか」
「やんちゃ坊主だった寛が恐れているのは、やはり未知の病気だろうな」
「なるほど、開成に入学できれば我勉学に励んでいる最中であります、とても土木工事に参加するほど暇ではございませぬと断れるものな」
「中等教育を受けている連中を幕府もわざわざ台湾まで連れて行くようなまねはしないさ」
「そりゃ、将来の幕臣候補だからね」
「後、二十日、寛ががんばっている間はつきあってやるか」
吉原
「ここ最近、侍の足が遠のいたね」
「公示は出ていないが、どの藩の侍も台湾に送り出されるのを避け始めたからね」
「藩の鼻つまみ者がサハラ砂漠にやられたころを思い出すよ」
「わたしゃ、吉原で働く者のいうことでないかもしれないけど、普段威張り腐っている侍連中が小さくおびえている姿を見るのが大好きだね」
「ほう、その言い方だと三年に一度はこのような土木工事をすべきだというのかい」
「そりゃそうよ」
「しかし、なんで侍なんだ?別に平民でもいいだろ」
「サハラ砂漠に派遣された連中は、現地でラクダ兵のやつらと一戦を交えている」
「今回の出兵の大元は、台湾の原住民に殺された琉球の民のせいだ」
「つまり、台湾に行けば台湾の原住民と一戦を交えるかもしれないせいだね」
「日本は清と戦争にはならなかったが台湾に派遣される連中にしてみれば、いつ日清間で戦争が始まってもおかしくないさ」
「もし万が一、両国間で戦争が始まれば最初の標的されるのは台湾に派遣される連中だからね」
「そりゃ、両方とも平民では務まらないよ」
「最も、サハラの時は鎖国していたんだ。平民が自由に海外に行けない時代だったがね」
八月一日
日本橋 料亭梶
「巷で噂になっている台湾での線路埋設だが、幕府が公示を渋っているのはなぜだい」
「今回のことは仏英米に根回ししていることとはいえ、清に知られて良いことは何一つない。よって、各藩にも密書という形で台湾派遣の人選を進めよとおたっしが出ているのであろうな」
「あの大国の清がまだ鉄道を敷いてなかったとは」
「我が国と同様に鎖国状態が長い国でしたから」
「しかし、開国したのは安政五年のことだろ。むしろ、日本より早かっただろ」
「日本で有名なのは太平洋天国の乱であるが、それ以外にも清国内で反乱が相次いだせいで鎮圧に目がゆき、経済の話にまで発展しなかったようだね」
「日本は砂漠で運河建設に苦労したが、それ以上に清は国内が不安定であったか」
「で、台湾の原住民だが先行して台北にいってる連中との折り合いはどうだい」
「広東省出身者が多くて連中を介して台湾の原住民とはまずまずといったところだな」
「しかし、連中は琉球の漂流者を襲った連中だろ?」
「隙を見せれば襲われるかもしれない。ただし、刀を装備しているとわかっているのだ。日本人街にまで攻めてくるようなことはない」
「とりあえず、文化衝撃を与えるのがいいのではないかといわれだしているようだ」
「では、最初の線路を埋設する際には、原住民の協力は期待できずか」
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