仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第47話

 1874年(明治八年)八月二十日

 英吉利情報局

 「エジプトは、対外債務のために虎の子のスエズ運河株を仏日に放出か」

 「英吉利に持ってくれば買いたたいたものを」

 「仏蘭西は最大の危機、対普戦争を乗り切って運河株を買い取る余裕があったからね。英吉利が用意できる金額の二倍を示した」

 「同じ釜を食ったエジプトにしてみれば、同額なら仏蘭西に売るだろうし」

 「それに最初の話をもってゆくのは仏蘭西であり英吉利ではない」

 「さてどうしたものかね。スエズ運河を通る船舶の四分の三が英吉利籍なのだが」

 「スエズ運河を船が通過するたびに仏蘭西に金が落ちてゆくのは面白くないが」

 「それはスエズ運河会社もよく考えているよ。スエズ運河を通る利益と喜望峰回りで迂回する経費の釣り合いをとってスエズ運河周りの方が高収益ですよって誘導しやがる」

 「船の総トン数でなく、可載可能トン数で上乗せする料金体系に値上げしても船舶会社はスエズ運河を通りやがるからな」

 「それは当然といえば当然なのだが、私営企業である船舶会社に利益を追求するなとは口が裂けても言えぬ」

 「で、この仏蘭西が持つスエズ運河への対策は?」

 「スエズ運河に対する攻撃はするわけにはいかぬ。もし万が一、運河の封鎖をされれば最大の不利益をこうむるのは世界の海を支配している英吉利だからな」

 「今現在の仏蘭西とエジプトの関係を考えればエジプトに介入するのもためらわれる。英吉利がエジプトに金をちらつかせれば、その金を仏蘭西との話し合いにもってゆくだろう。英吉利はとある事例にこれだけの金額を提示しましたが仏蘭西はその分の提示をされませんか」

 「紅海に海賊をはびこらせるのも駄目だ。そんなことをしてみろ、スエズ運河の利益は減るが、英吉利国籍の船舶の方が被る不利益の方が多いし」

 「紅海にまで仏蘭西海軍を進出させる要因となるだけだ」

 「それに印度と英吉利の大動脈を分断するのは、植民地支配の観点からして議会が容認しない」

 「では、もうひとつの地峡を支配するか」

 「パナマ地峡を運河にするのか」

 「試算だけしておけ。パナマ地峡は距離にしてスエズ運河の半分だがこちらは山が立ちはだかっている。桁が二つほど違うはずだ」

 「海水面まで掘り下げると二億ポンド。トンネルを掘ると同額。閘門式なら一億ポンドか」

 「時期尚早といえるな」

 「大陸横断鉄道が幅を利かせる亜米利加大陸では損得が釣りあいません」

 

 

 九月一日

 台湾 新北市淡水区

 「結局、台北までは日本人街の建設要員で線路の埋設か」

 「それは言うな。たった二十キロを埋設したら、俺たちは帰国だ」

 「埋設が早いか高熱の発症が早いか。俺たちがその検査対象だろ」

 「ここで作業をできるだけましかな。体調不良と高熱を訴えて診療所のベッドに寝ている連中は一割いるからね」

 「通説通りか知らんが、二度高熱を発症した人物はそのまま船便で琉球行きだ」

 「せつないね、熱を出したのだからそのまま帰国させればいいのに」

 「原因不明ともいえる病気を日本に入れるわけにはいかん。よって二年間、石垣島で療養せよとのお達しか」

 「発病したら帰国とは言えない石垣島に島流しか」

 「幕府はその石垣島で成人男性の死亡率を見定めるようだ」

 「我々は日本の医学進歩にも貢献ですか」

 「元はといえば、宮古島島民の霊を慰めることから始まったのだが」

 「俺たちの霊を慰める人物は出てきてくれるのだろうか」

 「縁起でもないことを言うな。台湾にはそうでなくても男ばっかりでむさくるしいんだぞ」

 「そりゃ、開拓最前線といえば女はいないよ」

 「それもあるが、台湾に船で来れる清人は男だけだって言う話だぞ」

 「なんで、疫病の発症が見受けられるから女には渡航禁止か」

 「ここ台湾に来る清人は食いっぱぐれや海賊ばかりで紫禁城から見れば不良国民どころか反乱予備群か」

 「そりゃ、そんな奴の子孫を残すわけにはいかないな」

 「そんな広東人の相手をする台湾原住民はいさかいを起こすのはと当然か」

 「そのとばっちりが俺たちに来ていると思いたいね」

 

 

 九月二十五日

 江戸城のとある一室

 「またこの法案が今年も葬り去られたか」

 「どうも奏者番を通すことはできるのですがその上の若年寄になりますと、理解を示してくれるものは少数で、この法案をごり押しできぬようになっております」

 「俺は無理だと思う。奏者番は、大名で出世を狙う若手がつくことが多い。そのころには自分は大丈夫だと思ってくれるのだが」

 「その後若年寄になると心身共に酷務に疲れてしまうからな」

 「そのうち、頭部の身だしなみを整えているうちに気付いてしまう。この法案の辛辣さに」

 「では、日本人の寿命が伸びない限り無理か」

 「もしくはこれが病気の一環として治療できるようになるかだな」

 「では来年もこの法案を出すぞ」

 「「「おおっ」」」

 「くじけるな。断髪令は必ず通すぞ」

 「「「おおっ」」」

 その天井裏

 「影、ほっといてよいのか」

 「霧、実害はあるか」

 「ないな」

 「ここにいる連中もそのうち年をとる。そうするとちょんまげのありがたみがよーーーく分かるようになる」

 「確かに年をとり、髪が薄くなっても後頭部に髪が残っていればちょんまげを結うのは難しくない」

 「そうするとちょんまげはいいなと組織の上に立つ者が認識し始めるとともに、この髪形を禁止なぞさせるか。これは若者のためにもぜひ東照宮以来の伝統を維持しなければならぬ。これはお前たち若者のためなのだといいだすものが増えるばかりだ」

 「自然発生的な国粋主義者はこうして生まれるのかね」

 

 

 十月一日

 公示

 今後医療業務につくものは、最低限学制で免許を習得していておかねばならない。そして、医者として認められるには幕府が定める医学試験で合格点を取る必要がある。なお、薬学に関しては別途薬学試験を実施するものとする。なお現在、医者として医療に携わっている者には、この法案の対象外といたす

   幕府

 「幕府もあせったのだろうな。台湾に武士を派遣するだけでは駄目だと、それを治療できる人材も派遣せねばならぬとな」

 「ところが市囲の自称医者に台湾派遣を要請すると専門外だといいだされてほとんどの医者には派遣を断られる」

 「しかたがない面はある。これまでの医者はほとんどが漢方医か産婆さんだからね」

 「骨折一つにしてもろくな治療ができない者が多い」

 「普仏戦争の折、銃こんでできた治療に日本の医者が対応しても消毒ぐらいしかできないだろう」

 「天下泰平が続くうちは、戦場医療なんぞ発達しないからね」

 「そもそも、医学の分野は仏蘭西より大幅に遅れているよね」

 「仏蘭西と比較して二百年は医療技術が遅れているからね」

 「この分野は、鎖国の弊害が直に出ているよね。鎖国していれば、国外からやってくる疾患が大幅に減るのも大きいよね」

 「今までの医者は、自称で医者になれたからね」

 「たいていの医者は、歴然と続く医療大家に弟子入りをして修行を積むものだが」

 「新しい知識を仕込んでこそ、医療水準が向上するのだがいかんせん、新しい知識を仕入れる場がなかったからね」

 「台湾派遣によって改めて医療水準の低迷をしらしめられた」

 「少なくとも台湾にある風土病の要因を説明できなければ、次なる国外派遣もしくは対外戦争を仕掛けることはかなうまい」

 

 

 十二月一日

 清国で光緒帝が即位

 「即位した皇帝の年齢は三歳。これで清の難局を乗り切れるのかね」

 「実権は、二人の皇后が握ることになるだろう」

 「それよりも台湾に一度視察が来るようだ。何とかごまかせそうか」

 「現地民の密告がなければ大丈夫かな」

 「偽装工作はしておくよ」

 

 

 十二月十五日

 淡水区

 「淡水発台北行き一番列車、発車いたします」

 「なにはともあれ、列車が走るようになった」

 「二割の者が疾患で倒れたがな」

 「重症患者は、そのうちの四分の一で、全体で五分だったが」

 「後は、紫禁城の連中にこれを隠さなければならないことだ」

 「列車が発見された場合、打ちこわし令が発令されるだけでなく、日清間に戦争が起きる場合も想定せねばならぬ」

 「いくら仏英米が清国海軍を押さえてくれるといっても、台湾にいる住民に対し我々に対する懸賞金、いわゆる賞金首になることだがそれを仕掛けられればそれを防ぐのはかなり困難になる」

 「我々は、原住民に対しかなり融和政策をとってきたのだがその成果は期待できないか」

 「今のところ、我々に敵対行為をしてこないで十分といえないか」

 「ともあれ、これを皮切りに人海戦術で高雄目指して進むしかあるまい」

 「新しい路線をつくる際、民家があれば立ち退き交渉をしていた時代が懐かしい。今は、その交渉をしないですむのはいいが、スコールの洗礼を受ける限り、遅々として埋設作業ははかどらない」

 「台湾では、冬こそ土木作業に適した時期だ」

 「武士の疲労が少なくてすむのと、雨量が少ない時期だからね」

 

 

 十二月二十五日

 淡水区

 「これはこれは、陳氏、わざわざ台湾まで御視察に遠路はるばる、この高、感激することこの上ありません」

 「これも新帝即位の一連の行事の一環よ。そうでなければ何をこのんでこのような僻地に来るか」

 「では、視察もそこそこに行政府に行かれますか」

 「おお、今夜の宿泊地である台北に向かってくれ」

 「御意」

 「高よ、このようなもの紫禁城でもないが」

 「何でしょうか、この人足にひかせている人力車のことでしょうか」

 「全く揺れないのがすごいぞ」

 「高は全身全霊を傾けまして、淡水と台北を結ぶ二十キロを人力で引かせることにしました。そしてその部品を香港まで出向き調達いたしました」

 「ま、よかろう。このようなおもてなしができる高だ。今夜も期待してよいか」

 「お任せください」

 

 

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