仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第48話

 1875年(明治九年)一月五日

 江戸城

 議題その一

 「どうだ、議会開設の嘆願は」

 「目安箱に毎回入っていますね」

 「仏蘭西をお手本にされますと」

 「仏蘭西にあるものなら、日本にあってもよいだろうという論法になる」

 「仏蘭西は、王制を倒すために何度も市民が立ち上がっているから議会と大統領が成立しているのに、それを日本でも採用せよか」

 「どうされますか、目先を台湾などの外国に向けさせますか」

 「台湾にいっているのは士族だ。請願をしてくるのは平民だから、台湾に目を向けさせても議会開設の要求は下火にならないだろう」

 「仏蘭西の議会は、大統領に対して優位か否か?」

 「第二共和政の際、議会は仏蘭西国民の要求に耐えられず仏蘭西は二度目の大統領制を導入いたしましたから、第二帝政では大統領の方が優位です」

 「仏蘭西の第二共和政を受け継いだ第二帝政では、国民投票で大統領を選出する点で日本と相いれないものがあるのでは」

 「出版の自由を制限する点が今の我が国とは相いれないのではないでしょうか」

 「確かに、刀をもつくらいなら筆をもてというのが最近の風潮だからな。世界中から金を稼いできている出版業界に言論統制を導入するのは直接経済に響いてしまうな」

 「仏蘭西も大統領を受け継いだジョルジュ =

 オスマンの元、言論統制が緩やかになっています」

 「オタクの源泉である浮世絵の統制ははなからなかったが、その影響は言論統制が緩やかになる方向に行きつきました」

 「鉄道網やパリ改造などによって経済発展が続きましたから、この状況は日本と重なる部分が多いかと」

 「つまり、日本も経済的な停滞が来れば平民の不満は議会開設を激化するか」

 「後、台湾にいっている士族にしてみれば、その不在に議会開設の道のりが示されたとあっては、現地で騒ぎませんか?」

 「それは問題ないだろう。台湾にいっている連中は藩の中で下っ端ばかりだ。藩を動かすようなことはあるまい。藩にしてみれば不平分子を追い出したとあって各藩からの評判はすこぶる良い」

 「では、仏蘭西の第二帝政をお手本に議会開設を法にする役を作りますか」

 「よかろう。平民の不平不満が下がるのなら検討する役を作れ。ただし、慎重に物事を進める連中を集めよ。後は、方針を示さねばなるまい」

 一、幕府は議会に対し優位な立場に立つものとする

 二、将軍は世襲制である

 三、裁きは、一番上に三役会として町奉行、寺社奉行並びに勘定奉行の合議とする。その下に三者の奉行所で裁かれることとし、その下に地方三役による初審があるものとする。三審制とする

 四、幕府は予算を編成し、議会がこれを審議するものとする

 五、議会は、二院制とする。貴族院は大名についている者もしくはその代理人がつくこととする。衆議院は、多額の税を納めている者が立候補しその選出には選挙とし、多額の税を納めている者が投票し代表を選ぶものとする

 六、裁きの及ぶ範囲は、二審までは幕府直轄領まで。三役会のみ全国にその範囲を広げる

 七、予算は、幕府直轄領に対して実施される

 八、国防の際、幕府は各藩に対し軍事の指揮権を有するものとする。なお、有事の指揮権は議会に対し後日承諾してもらえばよい

 「要は、議会は作るがたいして幕府の裁量権に注文をつけることのないようにせよ」

 「後、有事の際に指揮権が幕府にあることを明示せよ」

 「後、議会開設の役に慎重な審議をおこなわせるものとせよ。十年二十年以上かかってもかまわん」

 「ははっ」

 

 議題その二

 「岡山藩より山陽道の早期埋設並びに山陽道株式会社と東海道株式会社の調整をお願いされています。なお、この調整が芳しくなければ岡山藩で双方に接続させる路線を埋設するものとしたいと」

 「国防の観点から言わせていただきます。両者の路線を相互に乗り入れるようにしていただきたい。日本橋駅で乗車した兵を最短で下関に輸送していただけるようにしてもらいたい」

 「国防の観点からして当然のことだな。二つの会社に相互乗り入れを押しつけよ。さもなくば、山陽道の新規埋設は不許可といたせ」

 「では、どこで折り合いをつけますか。相互乗り入れをする駅を決めるべきでしょうか」

 「両者の最前線はどこだ」

 「東は姫路駅です。西は岩国ですね」

 「両者の中間は?」

 「福山です」

 「どうだ、双方に福山駅で相互乗り入れをせよというのは理にかなっているか?」

 「大岡裁きといえるのではないでしょうか。もしだめならこの間三百キロの埋設免許を岡山藩に与えるとすれば双方も納得せざるを得ないでしょう」

 「高松衝撃以来、幕府の免許さえ得れば線路をひきたいといいだすものが多くなったからな」

 「支線ならこじれないのですが、幹線になりますと日本海側以外審議が厳しくなっていますから」

 「ここは許認可権を振りかざせ」

 

 議題その三

 「仏蘭西政府よりメートル条約に加盟していただきたいとの通達がありました。今年の五月からの実施を予定されているそうです」

 「尺を捨てよということか」

 「一尺を30.3cm。一町を一万平方メートルとしたいとのことです」

 「利点は何か?」

 「世界共通の単位です。物理学をはじめとする自然科学の発展のためにも。世界各国のやり取りをする貿易業にとっても相互のやり取りがずいぶん楽になります」

 「蒸気機関車の部品を発注する際もメートル法で書かれた設計図をやり取りするだけで仏蘭西に発注できます」

 「ふむ、それで時間はいかがいたす?相変わらず、不定時法か?」

 「これはグリニッジ標準時を用いて定時時間で統一いたしたらどうでしょう。すでに鉄道の時刻表は定時時間で表示されていますので」

 「では、一年は十二カ月になるのか?」

 「そうなるかと」

 「よろしい。では給与も十二分割で支払われるものとする。最も武士の給金は年棒であるから問題なかろう。この際、時間もグリニッジ時間に準ずるものを採用する。太陰暦にかわり太陽暦を採用いたす」

 「で、メートル条約で加盟国はいかほどになりそうなのか」

 「二十カ国ほどとのことです。ヨーロッパの主要な国はほぼまんべんなく採用いたすとのことです」

 「よし、これで懸案が一つ片付いた」

 

 議題その四

 「台湾の縦貫鉄道を建設するのに必要な延べ人数と予想される隔離疾病患者の予測が出ました。延べ人数は、三百万人。隔離疾病患者数は、六千人。疾病等による死亡者数は三千人とのことです」

 「常時千人で働いたとして三千日か。少し長いのう。8年がかりだ」

 「常時一万人とすれば三百日か」

 「スエズ運河に派遣したときは、一万人でした。今回は交代要員が必要なことと台湾までの距離が近いことを考えれば、各藩に二万人の体制で二年がかりで建設するのがよいかと」

 「少し悩むのう。国内の不平分子が少なくてよいという話をよくきくのだがあまり時間をかけるわけにもいくまい。よし、二年がかりで取り掛かれ。ただし、三年がかりとなってもかまわんぞ。予備日数というやつじゃ」

 「此度は、日本の船でいくのか?」

 「海軍の演習がてら、台湾との往復をさせるつもりです」

 「海軍も育成途中故な。それとな、国内で医学を志す者がいれば、台湾に派遣してやれ。台湾での演習日数があれば、大学校医学部への入学枠を振り分けるものといたせ」

 「承りました」

 

 議題その五

 「露西亜政府との間で国境線を引く交渉が行われています。露西亜政府の言い分ですと、択捉島以南は日本領であるとすでに日露和親条約で成立している条項をそのまま踏襲いたしたいとのことです。問題は、日本がその後進出した樺太島に関してです」

 「我が国は安政四年には間宮林蔵が国境線ともいえる間宮海峡を測定したと浮世絵で世界発表いたしたのだ。これに異議を唱える国はなかっただろう。間宮海峡を全て日本領であると宣言いたしてもよいだろう」

 「露西亜の要求は、樺太は両国混在地であるといいたいそうです」

 「最大限の譲歩は、間宮海峡の中間線で両国の国境線をひくことだ。でなければ、株式会社樺太麦酒が存在意義を失うぞ」

 「この件に関しては、露西亜もそう強く主張してこないと思われます。世界が認知したとみなされる間宮海峡は我が国の探検家が観測いたしたものです。露西亜は間宮海峡の存在を知らず、樺太が島でなく半島であると世界に発信しておりました。よって、我が国が最初に樺太の測量をいたしたと世界に発表できます。ですので、樺太島は日本の領土であると主張いたす所存です」

 「ふむ、当然だ」

 「ただし、露西亜はクリミア戦争以降、極東に働きかけを強めています。すぐさま、日本と露西亜で戦争になるとは考えにくいですが、もし万が一戦線が開かれますと双方は、樺太をめぐって紛争を繰り広げる可能性が高くなります」

 「ふむ、何が言いたいのだ」

 「海軍の増強をはかりたくあります。仮想敵は露西亜です」

 「まて、少なくとも台湾の縦貫鉄道が完成するのを待て」

 「御意」

 

 

 二月一日

 幕府公示

 以下のことを五月二十日より施行いたす

 メートル法並びに定時法、グリニッジ標準時に準じた時刻体系

 江戸城内に議会開設の役を設けるものとする

    幕府

 また、台湾にて治療にあたる医学希望者がいれば、台湾での演習後、大学校に入学枠を設けるものとする

 「なあ、わざわざ台湾まで医学希望者が台湾まで病院業務につくんだ?ひたすら大学校目指して勉強していればいいだろ」

 「市囲で自称する医者のことをさしているのではないか。これまでの師弟制度で学んできた者達に対して、西洋医学を学べるのは向上心にあふれるものにとっては魅力的な提案だろう。つまり、自称医者から医学免許をもった高給取りに段階をあげることができる」

 「なるほど、俺は医学免許を取ったので治療費も高いですよと主張できるわけか。自分の命と大学校への推薦枠。どっちが重いかね」

 「難しい天秤だ」

 

 

 

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