仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第49話

 1875年(明治九年)三月一日

 水道橋駅

 「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、大牟田と熊本駅間、平と富岡駅間、富士と身延駅間でした。百円の収入を得るために必要な経費は三十七円でした。なお、山陽道では幕府より姫路と福山駅間がわが社に割り当てられた区間であり、優先着工しなければ同区間を岡山藩が建設させるとの通知が幕府よりありました。なお、福山駅で山陽道鉄道株式会社と相互連結をおこない両者の路線を利用できるようにせよと軍事上の観点から必要不可欠とのことゆえ、双方に押し付けられました」

 「幕府と岡山藩が納得する福山までの伸延に許された期限は?」

 「姫路から福山まで赤穂藩経由で百四十キロ。赤穂藩を迂回すると少し距離が長くなりますが。これだけの距離を一年で建設せよとは言わないでしょうから、各年五十キロで三年」

 「そうなりますと、赤穂までが一年目、二年目が岡山藩まで、三年で福山に到着やな」

 「岡山藩の歓心を買うのでしたら、一年目に岡山まで、二年で福山も選択肢の一つ」

 「山陽道株式会社の動向は?」

 「予想されます今年の伸延が広島まで。広島から福山までが百キロ。三年後に福山まで無理をすれば届くでしょう」

 「では、同時到着を画策しようではないか。わが社は、今年の着工区間は、赤穂まで、翌年に岡山まで。三年後の開通は五月中にまで前倒しで福山までといたそう」

 「それでは、今年の伸延区間はいかがいたしましょうか。各区間にしわ寄せがいくものかと」

 「それを考慮いたしますと、奥州は小高駅までの伸延でしょうか」

 「九州区間は、八代駅まで」

 「九州区間は八代までだな、それ以南になると人口希薄地だな」

 「奥州区間も妥当か」

 「では、少しだけわが社も無理をいたそう。身延線の開通をもって東海道線のう回路を確保するものとする」

 「話はかわるが、台湾に遣った若手機関士の様子とわが社で育成中の台湾人機関士の上達ぶりは?」

 「台湾に行った機関士の話は手紙で頻繁に届いております。まず、最初に師範機関士への昇給をえさに来た俺たちがアホやったと」

 「機関士の仕事以外で外出はできへんと」

 「機関士として風を切って運転している最中だけ、涼しくて快適であると」

 「娯楽が全くないと」

 「お相手をしてくれる面子と話が通じヘンと」

 「しかたがないから壁に漢字を書いて筆談になると」

 「安心できる女がいないと」

 「食事が合わない」

 「早く代わりをよこせと」

 「派遣した身になると身につまされる話だな。で、台湾から日本に来た研修生の上達ぶりはどうだ」

 「今年いっぱい、日常日本語の習得から始めなければなりません。毎日、日本語の研修が終わりましたら、町の寺子屋に通わせています。四則演算に読み書き、やる気、向上心の全てを兼ね備えた人物となりますと数名が残ればよいかと。五十名の研修生のうち、数を撃てば鉄砲も当たるだろと割り切るしかございません」

 「やむを得んか。識字率が日本ほど高い国はない。識字できる人物を連れてくるだけで結構な選抜になったからな」

 「どうでしょう。琉球の民に募集をかけてみましょうか。方言がひどくて台湾人と同じような日本語の研修から始めざるをえませんが、こちらにも期待をかけてはいかがでしょうか」

 「研修期間は四年ほどをみておくか」

 「二年したら、台湾に代わりを送らねばなるまい。台湾限定で国内から研修させる方が能率は良さそうだな」

 「続きまして、皆さまは結果について御存知でしょうが、第一回藤枝杯の優勝は、武蔵国代表火消の『と』組。準優勝は、近江代表馬借の彦根組。決勝の観戦人数は五千百三十四名でした。藤枝で行われた勝ち抜きでは、一試合平均で観戦者数は八百五十三名でした。なお、決勝戦の開催にあたり、在日仏蘭西人による交響曲第三番『英雄』の演奏が流れました」

 「ナポレオンへの敬意とともにこの開催に便宜を図ってくれた八王子製糸場のポール技師への感謝を表せないとな」

 「優勝は順当か」

 「飛脚便が東海道鉄道株式会社の子会社で、馬借便が中山道鉄道株式会社の子会社。なぜ、当社の関連会社が勝ち残れなかったか」

 「どうやら、彦根組は畿内のほか馬借の中から優秀な面子を集め、毎日紅白戦をおこなっていた模様です」

 「そうまでいわれると、よく準優勝どまりだったともいえるな」

 「空中戦にもっていかれた決勝戦では、強風もあり火消のための決勝だったようです」

 「わが社も選手の選抜をいたしますか」

 「フットボールのうまい選手による総当たり戦を社内行事の一環とすべきであろうな。来年は、わが社からも予選を勝ち抜いて彦根組に勝てるような布陣をつくるしかあるまい」

 「少し、対抗心にあおられてますね」

 「南紀派には負けられん」

 「これをもちまして、今回の決算発表を終えさせていただきます」

 

 

 四月二十日

 新北市淡水区 淡水駅

 「日本人がここ、淡水駅に食料買い取りの店を開いてから原住民は全てその店を利用するようになったアル」

 「誰彼とかまわず、誰にも定価販売アル」

 「適値で買い取りもするアル」

 「原住民相手に暴利をむさぼるのが我々正しき商人の姿だったはずアル」

 「今では、客は広東省からの移民ばかりになったアル」

 「しかも我々が客として行ったら、誰にも平等におまけをくれるアル」

 「客の数だけ、『観音』開きという浮世絵をくれるアル」

 「その場では誰も開けないアル。こっそり自宅に帰ってから、観音開きを開くアル」

 「その時の気持ちはたまらないアル。金髪ありの」

 「銀髪ありの」

 「たまに外れでパリの風景だったりするアル」

 「外れだったらもう一回買い物に出かけるアル」

 「あれ、俺らって淡水駅に毎日通う常連客アルカ?」

 「そういえばそうアル。原住民よりも頻繁に淡水駅にいっているからこそ、原住民が淡水駅に通っていることを知ってるアル」

 「恐ろしい策略アル」

 「アイや、誰も困らないから問題ないアル」

 「問題ないアル。明日も買い物に淡水駅に行くアル」

 「問題ないアル。我が家の貯蓄がなくなるまで問題ないアル」

 「金がなくなれば、観音開きのおまけを金持ちに売るアル。きっと使った金が全部戻ってくるアル」

 「そうに違いないアル」

 淡水駅付属商店

 「店長、自分のものではないのですが、このおまけである観音開き、当代きっての一流浮世絵師が書いてませんか?」

 「描いているよ。観音開きが普及すればするほど、赤字が広がるほどにな。まあ、ほんのわずかだが、赤かな」

 「それほどまでして現地化をはかっているんですか」

 「この観音開きは、台湾での安心安全を買うために必要な投資だ。ここに足しげく通ってきてくれれば、原住民とは意思疎通ができているわけであり、原住民との間で紛争も起きまい」

 「そんな奥深いことがあったのですね。単なる販促かと思ってました」

 「まだあるぞ。金に困ったものが出たら、仕事を斡旋してやる。仕事は、鉄道埋設四百キロの下準備だ。いくら人数があっても不足というものにはならぬ」

 「なるほど、ますます観音開きが出てゆきますね」

 

 

 五月三日

 源氏物語『朝顔』『少女』を浮世絵化

 「来世でも契りをかわそうか」

 「光源氏は全ての女にそういうのかね」

 「いやいや、親子二代で色男をし始めるのだよ。子供が競争相手になりつつあるぞ」

 

 

 五月七日

 日露国境線策定会議はまとまらず

 「双方が譲らずか」

 「日本は樺太を実効支配しているからこのままでもいいさ。良質な石炭が一番の売りだが」

 「仮にロシアとの戦争になったら仏蘭西に海軍の派遣を要請いたそう」

 「後は、海軍の充実だな。島国国家日本の生きる道に不可欠といわせたいね」

 

 

 五月二十日

 メートル条約発効

 

 

 六月一日

 広島駅

 「広島発下関行き急行瀬戸、一番列車が発車いたします」

 「ついにわが社も急行を走らせるようになったか」

 「開通区間も二百キロになりました」

 「そうは言うが、三年間で福山までの伸延はできるか?」

 「すでに萩城の金蔵は空っぽです」

 「日々の運賃収入で給料と仕入れを払っているような操業だからな」

 「しかし、下関発中之島駅行き急行列車を運行できるようになりますと、採算の改善は言うまでもありません」

 「大坂という三大都市の結べる利点は莫大です。瀬戸内海航路を使っている海運からも貨物を強奪できるでしょう」

 「我が藩は、萩城からの移転計画が持ち上がっているが宙に浮いたままだ」

 「広島藩や岡山藩のように交通の利便性を考えると山陽道沿いに出る方が城下町の落ちる金も一桁上がるだろうが」

 「その移転費用も山陽道埋設費用に充てているからな」

 「では、三年後に福山に乗り入れる術はないのか」

 「しかたがない。当社の株を三割増資いたそう。広島にいるお大尽に買い取ってもらうしかあるまい」

 「甘い汁を吸えるとあっては、三割増資は順当に消化できよう」

 「増資で時間を買おう」

 「非常手段だな」

 「最終手段だ。五年間は封印せねば」

 「毛利藩を出ましたから、領民に夫役をさせることができなくなったのは痛いですね」

 

 

 六月二十三日

 日本橋 料亭梶

 「一橋当主の跡取りが今年九月に一歳になるが、そのまま一橋家の跡取りか?」

 「そうなるであろう。ただし、日本一の金持ちに跡取りができたと周りが騒ぐだろうな」

 「日本に相続税はないからな」

 「東海道鉄道株式会社も一安心しているだろう。これで会長にもし万が一のことがあっても株はそのまま子孫に引き継がれると」

 「南紀派は歯ぎしりいたすか。また先を越されたと」

 「まだ十二歳の将軍だから。しゃかりきりにならねばよいが」

 

 

 六月二十八日

 目安箱

 「おいら、川越で百姓をしている与作というだ。おら達、みんな平民だって言う話だろ。だったら、百姓も商人も工夫も税金は同じでいいはずだ。百姓ばかり損をしているのはおかしいだ」

 

 

 

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