仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第50話

 1875年(明治九年)六月二十九日

 江戸城

 「さて、勘定奉行に問うが、税というものはどういうものがよい」

 「万人から広く薄く取り、一部の人間に税負担が偏ることがないことが好ましくあります」

 「そこで、この与作の目安箱への投稿よ。同じ平民とはいえ、農民にばかり直接税の負担がかかる年貢制度は不公平そのものであると」

 「そう言われればやぶさかではございませぬ。しかし、これは権現様以来の伝統でございます。某としてはそれに代わる策は難しいのではないかと」

 「与作の住まう土地は、天領。大名が治める土地の年貢は五公五民。それに対して天領は四公六民と不平が少ないはずであるのに」

 「時代が変わったとしかいいようがございませぬ。三代目以降の鎖国政策も近年、黒船により打ち破られました」

 「そして、鉄道の制度により箱根の関をはじめとする関所も不要のものとなりつつあり、そこに勤めていた武士は税関か不法入国や抜け荷を取り締まる役へと転籍しております」

 「では、この与作が納得する策を出せ」

 「まず某が考えるのは、全国一律で売上税を二割に引き上げることです。此度は、全国の大名に一斉引き上げを通達しておけば、問題なかろうと」

 「それは二番煎じというものかのう」

 「工夫、商人にも税を押し付けることです。農民以外にも所得に応じて課税すれば問題ないかと」

 「その場合、武士への課税はどうなる?」

 「士族は特権階級ゆえ、税は免除いたすとするか。今度は、工商と金をもっている連中から文句が出ようぞ」

 「時期尚早でしょうか。もう少し、士族への課税は触れたくありませぬな」

 「農民への課税を下げるのは良いとして、代わりの策はなかなか難しいのう」

 「後、諸藩の年貢との絡み合い。さらに天領と直轄領しか税収がとれぬのが難点でございます。全国一律ならば間接税を引き上げるだけで問題ありませんが、前回、諸藩との兼ね合いで天領だけ売上税を二割に引き上げようとして、諸藩の追随がなかったことがその撤回に追い込まれてしまいました」

 「関税収入は幕府が独占しておる故、関税を引き上げるのも一策ですが」

 「仏蘭西との友好関係は崩したくない。先方から浮世絵の関税をあげるといわれたくはない」

 「鉄道の発達もあり、参勤交代を廃止する代わりに全国の大名にその代りの金額を納税させますか」

 「ことは、天領からの訴えだ。その場合、苦労をかけるのが諸藩の農民になるだけで代わり映えせぬ」

 「どうでしょう、四公六民から一公三民への減税というのはどうでしょうか」

 「その場合、幕府が被る差額の一分五厘はどこからねん出いたすか」

 「農民には、四公六民のうち四公の分を地元の米商人に換金してもらいます。ここまでは、農民の負担です。そのため、全国の天領から江戸や大坂に運送する輸送費が大幅に減ります」

 「金銭納にするのは悪くはないが、それでは農民は安い相場で売り、幕府への納税額も減らぬか」

 「ですので、ここで四公六民から一公三民への差額を金で農民へ還元いたすのです。そうすれば、農民は少しでも差額である一割五分を大きくして懐に入れようと、東奔西走し少しでも高く売ってくれる米問屋を村中で情報を共有してでも探し回るでしょう。もちろん、幕府も代官所を通じて、高く買ってくれる商人の情報を流すとよいでしょう」

 「金銭納への転換と農民の自発的な売り先を探す方法として悪くはない。しかし、差額の一割五分。いや、年貢米を大都市に輸送する手間暇がなくなるのであれば、差額は一割二分か、この差をどう埋めるのだ」

 「もうすでに四分は稼がせていただきました。米問屋に棒手ふりはおりませぬ。年貢収入のうち四割を換金いたしたのです。そのうち一割に売り上げ税がついてまわります。つまり、売り上げ税として商人から四分の収入がございます」

 「ほう、なかなか鮮やかな手腕よ。では残りの八分を稼ぐ手があるというのだな」

 「こちらは、おもに工夫と商人からいただきましょう。贅沢税として、酒税を三割に押しあげましょう。これにて増税分でおつりがくると」

 「よく考えた策といえるが、問題点がある。酒に三割の税を課すのだ。売上税を二割にあげたときのように酒の販売所は、所在地を水戸に移して課税回避をはからぬか」

 「此度は、前回の二の舞を避ける策がございます。酒の販売をするには株仲間を通す必要があります。この株仲間に酒の販売を許可し、幕府への贅沢税を納める代わりに株仲間以外の者が酒を販売するのを禁止する免許制といたすのです。此度は、酒を売る場所に納税義務が生じるものといたします」

 「つまり、水戸で仕入れた酒を江戸で売った場合でも、江戸で納税しなくてはならぬというのだな」

 「はい、そうすれば三大都市を直轄領といたす幕府が有利でございます」

 「のう、わざわざ汽車に乗って水戸まで酒を飲みに行く酒豪はおらぬか。今のところ、水戸の酒税は売上税の一割ぞ」

 「水戸までの往復時間、水戸までの汽車代の方が金と時間が余計にかかります。そのように考える者がいても、水戸で関西の下り酒が手に入らぬでしょうから無駄ですし、酒を手荷物にするには少々重たすぎますな。なお、農民には幸か不幸か、現金収入が収入の一割五分手に入ります。その金で農村の消費活動に活性をうみ、商業が勢いづくとともにその分も売上税が期待できます」

 「よかろう、諸藩に対する通知や詳細を詰める必要があるが基本線は、これでいこう。これなら物納から金銭納への移行が円滑になろう」

 「此度は、売上税の敵を取れそうですな。諸藩の年貢が五公五民、対する天領の年貢が一公三民となりますと、食いっぱぐれた農民は、天領になだれ込みましょう」

 「そうかな。今回は、諸藩も追随してこよう。農民逃亡も鉄道により容易となったのだ。諸藩の泣きっ面もみてみたいがのう」

 

 

 七月一日

 富士駅

 「富士発、八王子駅行き一番列車発車いたします」

 「ようやく、列車の運行部が願ってやまない東海道線の難所、御殿場線のう回路ができたか」

 「機関手泣かせの御殿場線で、この先土砂崩れゆえ機関車を戻せと言われた時の苦汁を回避できる策ができただけでどれほど喜ばれることか」

 「おりしも、梅雨の真っただ中。今後、少々の雨にもびくつかなくてもよいのう」

 「ええ、御殿場線が不通となった地点で、わが社が請け負う運賃並びに貨物収入が一週間以上大幅に下がるような事態を回避できるようになりました」

 「ただ双方の勾配が1/40ですので、難所が二つでき来たとして機関手の負担に代わりはないのですが」

 「後、目下副都心として機能しつつある八王子間まで列車を運行するのは少々悔しいですなあ。まるで、八王子劇場への輸送力を増強したみたいで」

 「製糸業にとって八王子はその中心でもあり、諸国から女工が集まっている製糸業の発展のためには、女工たちが諸国に帰国して最新の技術を普及する役割を負わねばならない。その帰国の折、東海道鉄道株式会社を利用してくれればいいさ」

 「手に職をつけたおなごというものはなかなか結婚相手としては手ごわきようです。結婚相手が気に入らねば、自分で食べてゆくすべをもっているのであっさりと婚姻の反故を通達してくるとか」

 「後、八王子劇場に通っていた連中だ。毎日がつまらないといわれれば、また八王子劇場まで通ってゆくそうだ」

 「旦那はやりにくかろう」

 「それがな。劇場に通い詰めていた連中だ。着飾るとそれは自分の服装にぴったりの服を着てくる。それこそ、和服と洋服とで着飾るすべを知っている。それが大旦那といわれる連中にしてみるとどうしてもうんといわせたくなるのよ」

 「男の夢が詰まった連中か。しかし、一般人には敷居が高い連中だな」

 「富士山より北の問題はすみましたが。後、熱海線の開通計画はあるのでしょうか」

 「こっちも夢はある。日本最長のトンネルができる。名前は仮に丹那トンネルで全長八キロ。このトンネルができれば、東海道線が十キロメートル短縮できるから、燃料費並びに大幅な時間短縮につながる。なんせ、真っすぐな道だ、機関手も喜ぶだろう」

 「ただし、その分負担も大きい。全長八キロのトンネルなど掘ってみろ、日本の技術では十年ではできそうにない」

 「日本中に線路をいきわたらせてから手をつけるべきだろう」

 「北海道に樺太。運賃収入では成り立たないが、農水産資源に鉱物が出るところがあれば、鉄道埋設すべき路線も出てくるだろう」

 「石炭がもっと大量に必要となれば、北海道にも鉄道をひこうという機運となるだろう」

 「鹿島鉄鋼所で造船ができるのとどちらが早いのでしょうか」

 「北海道と思いたいね、ただし、国産の機関車は出来ているといいな」

 

 

 九月二十三日

 漢城府

 「対馬藩主宗義達、日本を代表してまいりました。朝鮮と同じ清への朝貢国となったのです。ぜひ、日本と修好条約を結んでいただきたい」

 「では、日本大使にお聞きしたい。朝鮮は数度にわたって攘夷をかかげ仏蘭西と亜米利加と戦ってきたニダ。なんぞ理由があって、そのような国と友好を築いているニダ」

 「それは、貿易という商行為によって世界が豊かになるためです」

 「では、我が国からの要望を出そう。我が国には、黒船でなく帆船できてもらいたい。さすれば、次回に朝鮮と日本との間に通商条約を結ぶ準備会を設けてもいいニダ」

 「それは上々。ぜひとも日本に帰り、この旨幕府に連絡し、帆船で出直してきます」

 「それがいいニダ」

  

 

 九月二十四日

 対馬海峡船上

 「おい、朝鮮の心変りの理由はわかったか?」

 「それが我々が思っていたような理由ではなさそうです」

 「同じ清への朝貢国になったせいではないのか」

 「それが攘夷を主張していた大院君が退けられ、王妃が率いる閔紀派が権力を握ったといわれました」

 「その勢力が開国派なのか?」

 「開国派なのは確かですが、どうやら我が国の恫喝外交を目の当たりにしたせいとか」

 「はて、日本がした恫喝とは、なんぞ覚えがないが」

 「台湾に出兵未満の事件を起こしたせいでしょう。そのせいでこれ以上、日本に対し強硬策をとなえますと、済州島あたりに日本人街ができるのを危惧した模様です」

 「確かに済州島であれば、日本との間で補給問題が解決されれば日本人街の建設するのはそう難しくないな」

 「なにはともあれ、我々は大役を果たしたな」

 「はい、くじけずに何度も漢城府に赴いたかいがありました」

 「後は、幕府が朝鮮を料理してくれるだろう」

 

 

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