仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第52話
1875年(明治九年)十二月一日
公示
来年度から天領で年貢を納める税率を二割五分とする。なお、今まで納めていた年貢を金銭とせよ。そのうち八分の三を百姓がとり、その残りを税金として金銭で納めよ。
また、天領及び幕府直轄領で消費される種類には贅沢税として三割の税金をかけるものとする。酒を営業などで提供する棒手ふり等は、毎日酒屋から発行される納税書を携行せよ。もし万が一、この納税書を提示できなければ脱税とし、重罪に処す
幕府
十二月十五日
新宿駅南口 信州蕎麦屋
「おっちゃんは、ここで蕎麦屋を営業して八年となるが来年はどうなりそうか」
「来月から棒手ふりの我々にも間接ではありますが酒屋を通して酒税を納めなくてはならなくなりました。もっとも仕入れに加算されますんで、酒の仕入れが売上税の一割から三割になりますんで、酒の仕入れが二割ほど高くなりはります」
「てなことは、ここで飲む伏見の銘酒は二割ほど値上げかい」
「心苦しいですが、この酒米を作ってくれた百姓の人たちの暮しがよくなるんならやむを得ないかと」
「それは、ここで一杯を楽しみにしていた俺たち大工の懐がさみしくなるな」
「なんでも今回の増税、なるたけ課税される人を広く薄くするためだったと酒屋からはそう言われてますんで」
「てなことは、俺たち大工は今まで税金が低かったってことかい」
「おまえが払っている税金は、日々の売上税の他は、長屋に支払っている家賃に含まれる分を含めて、給金の一割ほどだ」
「へー、百姓が支払っている税は、年貢の低い天領でさえ四割だとか。ですので今回、それを二割台に落とすのが主要な目的だといわれてます。おいらは信州の百姓のせがれでしたから、藩地での取り立ては、すさまじい限りで天領の年貢が四割でさえうらやましい限りでしたが」
「そう言われちゃあ仕方ねえ。酒税を負担してもちょびっと飲む限り、おいらの負担は一割台だ」
「この酒米をつくってくれた山城の百姓に感謝するかあ」
1876年(明治十年)二月二十六日
日朝修好条約締結
一、日本と朝鮮はともに清に朝貢する国同士、互いに平等な立場に立つものとする
二、朝鮮は、日本がすでに開港している港を使用できるものとする
三、朝鮮は、日本に対し釜山以外に二港を新たに開港させるものとする
四、日本と朝鮮は互いに公使を赴任させるものとする
五、双方の土地で犯罪を犯した者は、現地の裁きを受けるものとする
六、関税は、双方の政府が必要と思われるものに課税するのとする
七、日本は、朝鮮が清への朝貢国として朝鮮が清に対し最恵国待遇を与えるのを了承する。それに準ずる準最恵国待遇を得たもとする
八、朝鮮は、日本が仏蘭西に最恵国待遇を与えるのを了承する。それに準ずる準最恵国待遇を得たものとする
漢城府
「日本はすごくききわけがいいニダ」
「双方が対等な立場に立つというのであれば、開国交渉相手として理想的ニダ」
「これも双方が清の朝貢国同士であるおかげニダ」
「このままいけば、戦争になった仏蘭西や亜米利加との交渉もうまくいくニダ」
「閔妃派が政権を握ってからというものいいことずくしニダ」
四月四日
釜山 書店魯文
「店長、開国から二月目ですがえらく店内の模様がかわってないか」
「それが文盲のために一角が新たにでき、それが猛烈な勢いで店内を侵食している」
「これがその代表ともいえる我が国の春公伝か。えらくわかりやすいな。ハングルが読めなくとも絵だけ読んでいても楽しい」
「我が国の識字率は六人に一人ほど。それがその浮世絵を仕入れるようになってからというもの売り上げは二倍を超えたよ」
「それで、この浮世絵を買うために文盲の方はどうやって現金を手にしているのか」
「港に日本館ができて、台湾で工事があるとかで食料や海産物を大量に買い付けているそうだ。食料を貨幣に換え、その金でうちの書店にある浮世絵を買ってゆく。書店は大儲けさ」
「つまり、日本との貿易とは、我が国から食料を輸出し、その対価として紙切れ一枚が残るのか」
「なにをおっしゃる。識字率が一割五分の国だぞ。書店への待遇がどれほど悪かったものか」
「そうはいうが、長期的には朝鮮の食料が不足し、食料価格が上昇して庶民は食いっぱぐれるようになるぞ」
「代わりに文学に興味をもつ庶民が増え、ハングルを覚えて浮世絵を読もうという気になってくれるさ。おいらはバンバンザイさ」
「しかしなあ」
「では、これはどうだ。お得意様しか見せていないんだが」
「お、これはいいや。江戸の華の連作か」
「来月には、仏蘭西の美人画が入ってくるらしいぞ」
「亭主、来月までに金をつくってくる。その時はぜひ買わせてくれ」
「ああ、一番いいのを残しておいてやる」
「絶対だぞ」
釜山税関取締所
「所長、我が国に浮世絵が大量に入ってきているのですがそれへの対応はどうされますか」
「難しいな。我が国の伝統産業を壊すものならばそれに見合うだけの関税を課せがよいのだが、その対象となる産業がない」
「苦情はあがってきていませんか」
「山水画を画く絵師会からは即刻輸入差し止めを求められているのだが、それ以上にその請求に対する反対が多い。山水画を買い付ける人々は識字層であり、浮世絵を買う人々は文盲であるから、購買対象が異なると」
「では、我が国から食料が輸出されてゆくのを黙ってみていろと」
「君、食料輸出と浮世絵の大量輸入は別件だ。混合してはならん」
「では、我が国から食料が消え、食料価格が上がるのを黙ってみていろと」
「もう一件、君は大事なことを忘れている」
「我が国で貨幣経済が浸透したことはあるか?」
「儒学は、貨幣経済を嫌悪しております。ゆえに、貨幣経済が浸透することはありませんでした」
「つまりだ、一時的とはいえ、食料を輸出することで外貨を獲得し、書店で浮世絵を購入する間、貨幣が世間に浸透しているとは言えぬか」
「確かに、物流を円滑にする外貨というものがあれば商人は喜んでいるでしょう」
「そこで君に問う。外貨を得る良い方法はあるか。商人のみならず、食料不足にならないで民衆の受けもよくなる方法が」
「朝鮮の山水画は日本で売れないでしょう。ともすれば磁器でしょうか」
「ふむ、それもよいのう。高麗茶器といわれるものであれば輸出先も見つかるであろう。だがしかし、新たな職業を創出するために、蒸気機関に目をつけても良いのではないだろうか」
「しかし、蒸気機関は複雑怪奇であり、我が国では手に負えないかと」
「確かに蒸気機関は今だ手を出せぬが、我が国にも山がある。それも伐採で荒廃させた山が」
「はあ、植林すらしないためにはげ山となっておりますが」
「はげ山から露出している部分に石炭なるものが採れる地があるときく。どうだ、石炭が採れる地をしらぬか」
「確かに清との国境線付近にいきますと石炭なるものが採れるときいております」
「では、その石炭を船で釜山まで回漕してこい。我が国に来た蒸気船に補給と称して石炭を売ることができれば、その後我が国から石炭を輸入する国が出てくるやもしれん。ようは、石炭を掘る産業ができればその人夫分、新しい職業が生まれ外貨を得ることができる」
「はっ、早速その手筈を取ってまいります」
「バタン」
「そうは言うが、両班を名乗る民が七割いるくせに、識字率は二割未満。貴族を名乗る者が過半数いるくせに文盲が八割。貴族と文盲が等しいのかといいたくなる国だ」
「ドボン」
「後、あれだな。糞尿を道端にほおりだす国だ。これで中華の後継者を名乗るのだから中華圏は極めて狭い。後、伐採で荒れ果てた山河を誰も手をつけない。食料も荒れ果てた山を抱えていてはそのうち、備蓄が底をつくだろう。食糧輸出を憂う若者がいたのだ。せめてあいつが希望を失わないようにしなければ。外貨でもよい、商品経済が成り立つのが近代社会だが、後十年で社会のねじれが噴出するであろう」
「仏蘭西人が自国より清潔な街といった江戸の町。百万人が住む都市など朝鮮では考えられんな、不衛生すぎる」
四月二十日
台北市日本人街
「どうだ、線路を高雄までひくめどはついたか」
「朝鮮からの食料が届きましたので、人材、食料とも確保できました」
「それから、台湾人の機関手の確保はどうだ?」
「後三年、現地化までそれだけの時間がかかるかと」
「それはやむを得んな。三年後、淡水区と台北の間を台湾人機関手にまかせてみよう。その結果いかんで台北と高雄間の現地化の時間が決まる。なにはともあれ、機関車を走らせるめどがついたことを喜ぶべきか」
「ともかく、借金をかかえた台湾人を多数抱えているのです。彼らのためにも線路を高雄まで走らせ、、駅に付属する職業を割り振りしてやってください」
「そうだな、このまま工事を始めたとして台湾縦貫道の完成めどはいつになりそうか」
「このままの進行が見込まれれば、二年後の仮完成。二年半で営業開始かと」
「ふむ、そのようなものか。おもったほど、現地で工事の邪魔が入らないので拍子抜けの感もあるが」
「こちらが武器をもっていることと対等な取引をするように心がけているせいでしょう」
「なにはともあれ、疫病以外に難題を抱えずにすむ分、満足せねばならぬか」
「難病も海岸線を埋設してゆく分だけ、救助が楽ですね。すぐさま船で病人を石垣島に搬送しますので」
「なにはともあれ、後三年の辛抱か」
「第二のスエズ運河といわれるだけの難工事ですよ」
「なんせ、仏蘭西人もエジプト人も助けてくれぬからな」
五月二十日
釜山港 山陽道鉄道株式会社乗り場
「釜山と下関間に蒸気船の定期便を運航か」
「これで営業距離は、一気に百二十キロを追加だ」
「山陽線の福山までの延長をする金繰りの中、よくぞ船を確保できたな」
「当初、下関と博多を結んでいた路線が、下関と門司間に短縮になったのだ。その短縮のために浮いた蒸気船を釜山航路に廻しただけだ」
「それよりもどうだ、これは樺太麦酒の良き競合相手になると思わぬか」
「同じガラス瓶を使った飲み物だが、夏こそこちらと思わせるな」
「だろ、麦酒大瓶の半分しか中身を入れないのに、それを有り余る満足感がある」
「このカラカラカラという音がなんともいいね」
「英吉利生まれのラムネ。樺太麦酒の成功を追いかけるぞ」
「おしっ。では、アルコール飲料も考えているのか?」
「こっちは、本場のスコッチウイスキーを輸入するつもりだ」
「それを沿線で出すのか。少し単価が高いな」
「では、リンゴから作ったサイダーという名のリンゴ酒はどうだ」
「発泡する酒でいいな。しかし、お前の眼の付け所が間違っている。サイダー以前にリンゴを栽培せよ。それだけで、いい値段がつくはずだ」
「わかりました、大山のふもとで栽培に挑戦してみます」
「すこし、低温を要求する作物だ。西日本では、高山気候にするしかないか」
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