仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第56話

 1876年(明治十年)六月一日

 三原駅

 「三原発広島行き一番列車が発車いたします」

 「もう金をつくる手段がない」

 「なければ、日銭で福山までの残り三十キロを建設するんだ」

 「今年、三分の二を建設したんだ。後少しがんばれば、下関と中之島間で急行列車を走らせれるぞ」

 「うう、急行列車を新規に買いたいがそれも無理か」

 「対抗相手は、岡山まで来ているぞ。来年の六月一日までに福山まで乗り入れねば、信用ががた落ちになるぞ」

 「せっかく、皇室にお召船を貸し出したのだ。信用を積み上げてゆく最中に、金がないなぞといえば、長州藩に貸している金を全て引き上げられるぞ」

 「しかたがない。後三十キロだけだぞ。それ以降は、無理をさせないからな」

 「後は、おいしい路線がないからな。山陽道が終わってみると残りは、山陰道か」

 「呉への路線を伸ばす方が金になりそうだが」

 「萩城まで伸延が先にせねばまずいだろ」

 「下関と萩間が百キロ」

 「海田市と呉間が二十キロ」

 「呉を先にしたいが、日本海側にも延ばさなければ」

 「しかし、東海道の経済力はすさまじいなあ」

 「我々は、青色吐息で福山まで延ばしたが、先方は九州と仙台にも手を伸ばす三方向展開をみせたが、底をみせなかった」

 「福山は、備後。秀吉が中国大返しをしたときに講和条約を結んだ折の備中国よりも後退しているな」

 「それを言うなら、我々が結んだ国の数でも差が大きい。山陽道鉄道株式会社が路線を伸ばした国の数は、今まで四カ国にしか過ぎない。山陰道を全ていただいたところで、東海道に匹敵するだけの国だ」

 「どうする?もし仮に、下関と日本橋間の特別急行を相互に運用しないかと提案されたら?」

 「受け入れざるを得ないだろう。全長千キロのうち、わが社が担当する区間は下関と福山間で三割。日本橋で乗る乗客の半分は、中之島で降りるだろうから、大坂以西の乗車率は大幅に下がるだろうが、下関と福山間で日本橋行きの切符を買っていただく利点は大きすぎる」

 「日本橋まで乗り入れる乗客の切符代で山陰道を埋設といこう」

 「山陰道は、先に線路ありきだな」

 「せいぜい、山陽道に脇路線を作って運賃の足しにするさ」

 「今日は、東海道という金箱に負けた第三の敗戦だな」

 「で、長州は藤枝杯に参加する資格を得たのか?」

 「来年は無理だが、その次の年から参加できるのではないか?九州からも参加しているからな」

 「だよな。フットボールの優秀な選手を集めろ。それから、宅配便の取扱範囲が大幅に広がるのを検討してくれ」

 「福山乗り入れで利点の方が多いことを徹底的に利用するぞ」

 

 

 七月二十四日

 樺太島豊原

 「出迎えは、五百人ばかりか」

 「樺太への入植を誘ってはいるものの幕府が今年出した方針で、来年以降の入植ははかばかしくはないか」

 「天領の年貢が一気に藩領の半減になったからね。何もしないでも収入は前年比で二倍あったように思えるだろうから、わざわざ北の果てまで土地を求めていかなくても天領にいれば食えると判断する者が増えるだろう」

 「目下、蝦夷と呼ばれる土地よりやや小さい樺太島に住んでいる日本人が八千人。まるで人手が足りない」

 「石炭の炭鉱掘りにそのうち半分が関与しているから、土地を持て余しすぎている」

 「天皇の巡幸地に選ばれたのだ。愛国心ある者なら北の果てまで来てもらいたい」

 「幕府に天皇の名で嘆願を出してみよう。蝦夷地という名称がよくない。もっと開拓精神にあふれる地名にしてもらわなければ」

 「そこでだ、皇室御用達という看板に該当するものを此度、そろえてみた」

 「海の幸から、棒鱈、干鮑、塩鮭」

 「どれもいまいち、高級感がない」

 「ではどうだ、中華三大珍味のひとつ、ジンベイザメのフカヒレ」

 「おお、高級感はあるが、なぜだろう、中華の素材ばかりというのは」

 「ではどうだ、ウニの塩辛」

 「海産づくしだな。どうやら、今夜は海鮮丼が有力候補になりそうだ」

 「米がないのが痛いね。樺太から出てゆくものは、石炭に海産物。島に入ってくるのは、米を主体とする穀物。何とか穀物を育てたい」

 「仏蘭西経由で入ってきた男爵というジャガイモ。とりあえずは、食っていけるけどね」

 

 

 九月十日

 明治天皇、北方巡幸から帰京

 「日本は広いね。船で蝦夷地と樺太、奥州を一周してくると、皇室御用達攻勢がすごかったな」

 「また行きたいね。今度は、日本海の幸か」

 「それとも、南国の果物か」

 「当初の目的を忘れそうになるよな。さて、京へのおみあげに海の幸を配らねば。棒鱈は貴重品でっせ」

 「でも、丼飯が今一番食いたい」

 

 

 十一月十一日

 江戸城

 「明治も十年が経過した。そこで幕府の国防計画を改めてたてようかと思う」

 「仏蘭西と同盟しているので、陸軍が主体ですか」

 「我が国のおける位置づけは、極東にある島々からなる。本州、四国、九州、蝦夷、樺太、台湾の島々を防衛する方法を模索していただきたい」

 「となると、主体となるのは海軍ですか」

 「理想を言えば、敵軍の地上部隊が上陸する前に海上でその兵力が沈んでくれるのが望ましい」

 「軍艦は高いですよ。その軍艦がないから、近隣諸国と友好を保ち、台湾島への対応は、仏英米の極東海軍を当てにしているのですから」

 「わかった、今現在その方法はとれないと。では、敵が上陸すると思われる地点に陸上部隊を配備する方針を掲げようではないか」

 「となりますと、敵が攻めてくると予想される地点の候補といたしましては、露西亜が樺太」

 「英吉利なら琉球」

 「亜米利加も琉球」

 「やむを得んな。琉球と樺太にそれぞれ五千人の屯田兵を送るものとしよう。各藩でもめそうだが」

 「西日本の各藩には四千人の屯田兵を琉球に送るものとする」

 「東日本の各藩には二千人の屯田兵を樺太に送るものとする」

 「残りを幕臣から選抜するものとする」

 「勘定方から言わせていただきます。二年で両地の自給自足をはかってください。そうでなくとも、海軍は軍艦不足に悩まされているのですから」

 「善処いたそう」

 「農村に貨幣経済の導入をはかったのだ。早いとこ、金回りがよくなって売上税の税収が伸びて、軍艦を買いたいね」

 「続きまして、樺太より書状が届いております。蝦夷地と呼ばれる土地名称は、蔑視がいく分含まれております。このままであれば、古い価値観をもつ両親から生まれた子供たちは、『夷』という字を見ただけで、蔑視をしてしまいます。只今、この地を天皇が巡幸される栄誉に包まれたのを記念とし、開拓団が喜び勇んでやってくるような名称を新たにつけていただきたい」

 「もっともなことだ。幕府としても北方を重視しているというのを名前から表せねばなるまい。皆、検討してみてくれ」

 「露西亜の勢いを跳ね返す意味で、暴露」

 「何か幕府の悪事が露見したような名前だな」

 「中国の故事にならって、太公望の起こした国から東斉」

 「江戸からしてみれば、東の方角が水戸にあたる。あえて言えば、北方重視を表せていない」

 「では、北方という名前で」

 「もうひとひねり」

 「海の幸が皇室御用達に選ばれたとききます。北幸」

 「悪くない」

 「海軍から言わせていただきます、北の海を守る意味で、北海」

 「よかろう、海軍奉行の言を取ろう。蝦夷地の名をやめて北海とする。樺太はそのまま公式文章にのせよ」

 「次に北方重視を表すために、食料面から北海に農学校を建設したくあります。これはその地に適した作物の品種を生み出していただきたいためであります」

 「樺太に農学校を建設か?」

 「あの地は、夏の間、霧がひどくなっております。もし、かの地に建設するのであれば、水産学校を検討しております。此度は、北海の中心である札幌という土地に農学校を建設したくあります」

 「今のところ、米作ができないんだ。現地の気候にあった作物を現地で栽培するしかあるまい」

 「ついでに、鉄道が通れば問題ないんだが、これは時期尚早か」

 「日本海にめどが立ちませんと」

 「北海に黒字となる路線としては、炭鉱列車ぐらいしか該当地がございません」

 「品質の良い石炭は、樺太に多いからな。樺太に先を越されるやもしれん」

 

 

 十二月二十九日

 オスマン帝国憲法発布

 「オスマンは、対外的に追い込まれて憲法発布か」

 「オスマン帝国といいながら、東欧で下降線をたどっているから、占領地での挽回を込めているね」

 「江戸幕府より長い歴史を誇るオスマントルコだけど、地理的に海軍と陸軍との均衡がとりにくいね」

 「海の覇権は、地中海を出てから英吉利に移ってしまった。陸軍は、盛況な露西亜と対峙してから前線が下がる一方だ」

 「ここで、イスラム教の異端論が出てくる。東欧は東方正教会でまとめられるとトルコの援軍はいなくなってしまう」

 「同盟というのは大事だよな」

 「幕府も憲法の発布に慎重になるだろう」

 

 

 

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