仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第57話

 1876年(明治十年)十一月四日

 神奈川港

 「当たるも八卦、当たらぬも八卦。ニュージーランドから英吉利に向かう冷凍船をわざわざ金を払ってまで神奈川港を経由させて、温州みかんの積み込みか」

 「冷凍船でなければ、赤道直下を越えるのは無謀に近い」

 「確かに、仏蘭西まで運んでみたものの温州みかんが青カビで腐ってしまいましたでは話にならん」

 「冷凍船に乗せる初代の物が肉でなかったのは日本らしいと言えるか」

 「夢はでっかく、紀伊国屋門左衛門にあやかって、日本も冷凍船を発注するぞ」

 「何年かかることやら、それ以前に冷凍船に日本を経由させた分、黒字となるか」

 「勝負は、源氏物語の浸透度次第だが、最悪、駐パリの日本人にできる限り引き取ってもらおう。これが売れないと来年の冷凍みかん便はございませぬと半ば脅迫してみようぜ」

 

 

 十二月二十日

 パリ 百貨店プランタン

 「さて、これだけの果物を売りきれるか」

 「売れなくてもいい気がするんだがな、この新登場のマンダリンは、手のひらサイズで売れ残りがあればそのままお持ち帰りしたいな」

 「売れ残りよ出ろ、家族で食べてやるからな」

 「残りものこそ、福がある」

 「さあ、クリスマス期間の今日も頑張ってみるか」

 「開店です」

 「ドドドッドドドド」

 「新発売の温州みかんを」

 「これは私の」

 「何をおっしゃいます。これは私が先につかんだの」

 「シャーラップ。ジョンブル魂をみせてやる」

 「はい、これ代金」

 「はい、こちらは十袋分」

 

 

 三十分後

 「申し訳ございません。温州みかんは先ほど売り切れてしまいました」

 「すわ、他の店にまわりますよ」

 「我々も地方へ繰り出しますぞ」

 「たくさん仕入れていそうでいて且つ知名度の低い店を探しなさい」

 「日本商社とかにはないか」

 「え、もうないの。おかしいな、日本人向けに発注したはずなのだが、地元の人達にさらわれたか」

 「申し訳ございません。千袋を仕入れたものの発注見通しが甘かったと認めざるをえません」

 「もう、卸にはないか?」

 「ありません、クリスマスに間に合うように到着した一度限りの仕入れでしたから」

 「すぐさま、卸に来年の発注を出せ」

 「唯今」

 「すさまじい商品だな。温州みかん。源氏物語の幸せのしるしとして登場しただけでこうまで人気が出るとは」

 「考える人間は、二匹目の泥鰌を狙っていますよ。浮世絵に登場すれば、未知の商品であろうと一定数の売り上げが見込まれると」

 「最大の仕入れをしたはずのわが社でも見通せないほどのものがな」

 

  

 

 1877年(明治十一年)一月四日

 金座

 「奉行、農村に貨幣経済が浸透したおかげで、昨年は例年の三倍の補助貨幣を用意いたしましたが、貨幣供給量を決める金貨が不足気味です。このままでいきますと貨幣が足りずに、物価ばかりが上昇いたします」

 「それはまずい。我が国にある金の量は増減しないとみている。天領だけでもこの騒ぎだ。これが藩領にまで普及いたすと金が足りなくなる」

 「では、仏蘭西で普及している紙幣を導入いたしますか」

 「それしかあるまい。最初は、一円紙幣を中心として金本位制を採用。銀行に申し出れば、いつでも一円硬貨と交換できるように金座が保証をせよ」

 「では、普及は遅々として進まないのでは」

 「農村部は、理解が進みにくいだろうから勝負は都市部におく。都市部に出回る金が大半だからな」

 「その方法は?」

 「幕臣並びに商人と工夫に支払う給与は原則紙幣とする。さもなくば物価が上昇するので協力をせよと」

 「では、罰則規定も盛り込みましょう。なんびとも理由もなく紙幣の受け取りを拒否できないものとする。例外規定は、少額の支払いに紙幣を出して釣り銭が準備できないとき等である」

 「これで、売上税収入が期待できねば予定が狂うことになりそうだ」

 「市中に出回る金が足りなくなっているのだ。金のやり取りは活発になっていると考えてよい」

 

 

 一月十五日

 公示

 四月一日以降、一円小判と同等の一円紙幣を導入いたすものとする。この紙幣は、銀行での一円小判と交換できることを金座が保証する。一円札の受け取りは、釣り銭がない場合を除き、受け取りを拒否した場合罰則規定を設ける。なお、早期の導入をはかるため、幕臣と商人及び工夫の賃金は紙幣での受け取りとする。一円未満の場合は、この規定は適用されない

  幕府

 

 

 一月三十一日

 朝刊一面より

 「デンデン、デンデコ」

 昨日、前田藩士が名古屋藩江戸屋敷に突入した。突入を受けた名古屋藩は、襲撃かといったんは身構えたものの応対に出た名古屋藩の江戸屋敷家老は、家老には手が負えぬと藩主慶勝公が前田藩大使と面談をした。

 「加賀藩として領内に鉄道をひきたいと」

 「その通りであります」

 「では、中山道鉄道株式会社が直江津に線路をひくことになっているのではないか。直江津まで線路を伸ばしてはどうか」

 「親不知がなければそれも可能でありましょう。山脈が海に突き出ている親不知を越えるのに相当な年月が必要となります。それほど待てませぬ」

 「では、米原では開通しているのだ。米原から敦賀まで路線を伸ばし、その後金沢を目指してはどうか」

 「柳ヶ瀬川トンネルは、大津と山科の境にある逢坂山トンネルの二倍もあるのに勾配は、1/40。このトンネル一つをつくるために敦賀と米原駅間は難易度がとてつもなく高くなっております。このトンネル一つのために二年間は、トンネル工事にかかりきりになります。また、敦賀から今庄駅までの道は、難所を避けて建設してみても、勾配は 1/25。十二か所のトンネルを必要とし、金沢藩と中山道鉄道株式会社の手に負えるしろものではなくなりますゆえ」

 「ふむ、中山道鉄道株式会社とのやり取りは了承した。では、我が藩にこの話を振ってきたのはいかに」

 「名古屋藩は、岐阜と名古屋を繋ぐ路線をお持ちだとか」

 「東海道線とつながっており、我が藩の金箱になっておるな」

 「では、岐阜より路線を北上してもらいたい」

 「まさか、岐阜から飛騨を経由して富山藩まで抜けて欲しいと」

 「いかにも」

 「確かに盲点であった」

 「この路線ならば、トンネルが必要ございませぬ。これ一つを取ってみてもこの路線がどれほど有意義であるのかがお分かりかと」

 「富山まで二百二十キロ。これを双方で割りたいと」

 「飛騨は天領ゆえ、もしこの話をするのであれば高山祭りを主催する旦那衆となるでしょうが」

 「四分割ではいかんか。名古屋藩と加納藩が四分の一。前田藩が四分の一。飛騨の旦那衆が四分の一。残りを東海道鉄道株式会社に請け負わさせるというものだ。もちろん、金沢藩が半分を担当するというのであれば、残り半分を三分割で六分の一ずつ請け負わさせるというのもありだ」

 「四分割であれば、我が藩が担当するのは、富山駅からの最北部か、我らの希望は金沢までの路線伸延であるから高山線での負担が小さいほうがよい」

 「その次を高山の旦那衆で高山駅まで、三番目を東海道鉄道株式会社が高山駅以南を、岐阜駅までの最南部を加納藩と名古屋藩で請け負うというもの」

 「我が藩と名古屋藩は人口稠密地を選んでいますので反対はないでしょう。高山も地元ですので鉄道が通りさえすればこの話を勧められます。しかし、東海道鉄道株式会社には人口希薄地を割り当てられたうえ、他の東海道鉄道路線と切り離されているのです。この話を断ってきませんか」

 「その時はその時だが。初の日本海側までの路線、これは名を取る意味が大きい。また、それぞれ地元の路線を三方が取ったのです。どうでしょう、調整がつかなかった残りの路線を東海道で請け負っていただけませんかと、相手の名誉心をくすぐるのよ」

 「なかなか魅力的な提案になってまいりましたね」

 「この話が流れた場合、中山道鉄道株式会社に話をもってゆくといえば必ず東海道の連中は食いついてきますよ」

 「それに日本海側から東海や江戸までの貨物収入が見込めるのですからこのまま話を進めてよいでしょう」

 「では、この話の流れで明日、水道橋駅を襲撃いたしましょう。いやあ、今日は忠臣蔵の討ち入りの日」

 「明日は、忠臣蔵の面々が吉良邸から引きあげてゆく日ですが、明日は私も水道橋駅までの襲撃に参加いたしましょう」

 「一度やってみると病みつきになりますな。この格好は」

 「ええ、我らも度肝を抜かれました」

 

 

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