仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』
著者 文音
第58話
1877年(明治十一年)二月二十日
江戸城
「申し上げます。まずは、前田藩並びに名古屋藩から高山線並びに富山と金沢間に鉄道の埋設願いが出ております」
「これはよい。太平洋側と日本海側を結ぶ一番乗りを中山道鉄道株式会社と争うか」
「これを機に日本海側に鉄道が網羅されるといいですな」
「ええ、鉄道ができますと経済が活発となります。売上税の増収に直結するのでこの申請には文句のつけようがございませんな」
「よかろう。これは関係部署への閲覧が済み次第、告示を出すことにいたそう」
「続きまして、財源ができたことを報告させていただきます。一円札の流通を推し進めた結果、小判の流通量を削減できたほか、一円札と引き換えとなるべき金が金座に集まりました。その金額は、八百万円でございます。また売上税と贅沢税の増収分が入りました。その金額、前年比で百万円の増収となりました」
「では、年貢の引き下げにもかかわらず、増収を確保できたか」
「はい」
「濡れ手で粟というやつか、海軍奉行として申し上げたくあります。その金で軍艦を」
「待て、その金は埋蔵金だ。いつでもどこでも一円札との交換を要求された時のために、保存しなければなりません」
「では、蔵で死蔵か」
「軍艦を買って幕府の蔵を空っぽにしなければよろしいのでしょう。採算の取れる土地の開発をすればよろしいかと」
「では、どこを開発させるか」
「候補といたしましては、鉄道のない日本海側、九州東部の豊前の国から日向、北海道に樺太」
「大名領がある地はその候補としてふさわしくないので、本州と九州は除外だな。その地を開拓するのは、その地の大名が責任をもつのはこれまでと変わりない」
「では二択で北海道か樺太になります」
「台湾に建設中の幕営鉄道に続き、二度目の幕営としてふさわしいのはどちらかということに」
「鉄道をひきやすいのはどちらだ?」
「樺太は島の三分の二が山岳地です。採算性は低くなりますし、何しろ沿線住民がいません。ただし、炭鉱の質は良く、炭鉱列車を採算の柱に持ってくるのでしたらこちらの方が採算はとれるかと」
「北海道は平坦な地が多く、蒸気機関車を走らせるに適しています。樺太には及びませんが、炭鉱の数も多く、人口が多いことを考えますと採算性はこちらの方がよいかと」
「屯田兵を樺太に送るのですから、彼らのためにも樺太に鉄道を走らせるべきです」
「樺太で先住権を主張させるべきならば、樺太に鉄道を走らせるべきです。露西亜の先を行くべきです」
「国防の観点から言いますと、鉄道による大量輸送は武器になります。露西亜との紛争に備え、冬季に大陸と陸続きとなる樺太こそ鉄道は必要です」
「樺太に鉄道建設という仕事を与えるべきです」
「採算を取るのならば、北海道であろうが海軍奉行をはじめとする軍備にも配慮せねばなるまい。軍艦を買えぬならばその代換え手段が必要だ。幕営鉄道の建設は樺太とする。すぐさま、台湾で営業している淡水線に機関士候補生を増大させよ」
「では、北海道は鉄道が走らないのですか」
「それは、いつもの手だ。鹿児島到着がみえてきた東海道鉄道株株式会社に北海道への埋設免許を与える。九州が片付いたら北海道に鉄道を走らせなさいと幕府から埋設許可を与えよう」
「では、できれば網走方面から線路を延ばせるように誘導できませんか」
「それは、何か策が必要であろう。普通に考えれば奥州の延長で函館から北上するか、炭鉱列車を走らせる道央が線路埋設地として優れているからな」
「では、我が国の主要輸出品の一つとなっておりますマッチの原材料である高純度の硫黄確保を東海道鉄道株式会社に申しつけましょう」
「ふむ、もう一声押すか。火力の増大こそ、国防の要である。硫黄を確保せねば樺太の国防にも支障をきたすゆえ、道東で見つかった自然硫黄をマッチ製造工場と軍需工場に輸送する役目を与えると」
「我が国は、高純度の硫黄がとれる稀有の国です。硫黄を確保し、国内産業の発展に寄与せよとお達しを出しましょう」
「よし、これで国内五島に鉄道を走らせるめどがついた」
「勘定奉行も税収のめどがついたとして、ホッとしていることでしょう」
二月二十六日
公示
前田藩並びに名古屋藩に高山線並びに富山と金沢間で鉄道埋設許可を与える
東海道鉄道株式会社に北海道の埋設許可を与える。なお、同鉄道会社に硫黄の確保を命ずる
幕府
「硫黄の確保っていうが、それほど大事なものか?」
「鉄砲をはじめとする火薬は、硫黄がなければ始まらない。大砲をうつにも火薬がいるからな」
「つまり、戦争が起きるたびに硫黄の価格は上がると」
「それだけではないぞ。火打石にとってかわったマッチは、純度のいい硫黄があれば、それほど生産に困らない。仏蘭西から伝わったマッチだが、温泉大国日本であれば輸出ができるようになるまでにマッチ製造産業が大きくなった」
「つまり、金を稼ぐマッチの製造のために硫黄を確保せよということですか」
「そして、その硫黄鉱山だが北海道東部に鉱山が多々発見されている」
「そりゃ、まあ、未開地でしたから新規の鉱山が発見されやすいでしょうね」
「そして、北海道の開拓ができれば、国土の健全なる発展につながる幕府の深謀だな」
「国防と国内産業のためという大義名分を鉄道会社に押し付けるんで」
「余裕がある私営企業に仕事を押し付けるのも為政者の権力ですねえ」
「私営企業も活かさず殺さずまでというほどではないがね」
三月一日
水道橋駅
「昨年度の収支に関する数字を発表させていただきます。昨年の開通区間は、八代と田浦駅間、小高と岩沼駅間、赤穂と岡山駅でした。百円の収入を得るために必要な経費は三十九円でした。今年の伸延は、すでに岡山と福山間は、すでに決定事項となっております。また、幕府は、北海道の埋設許可をわが社に条件付きで与えました。その条件は、硫黄の確保をわが社に命じております」
「幕府もすきあれば、埋設免許を振りかざしてきますね」
「今年で山陽道が連結し、九州区間も先が見えたので早く北海道の開発に取り掛かれという催促でしょう」
「まだ、中央線が塩尻まで延ばせていないのにねえ」
「では、まず、今年の伸延区間を決める前にわが社にうち入りを果たした前田藩の要請をいかがいたしますか?高山線で人口希薄区間をわが社に割り振ってくれるというありがたい要請ですが」
「まずは、お聞きするがわが社が参加する場合と参加しない場合の路線埋設状況とその分担がどうなるかについて教えていただきたい」
「わが社が参加する如何にかかわらず、高山線の埋設は今年と来年の二年計画で成り立っております。今年は岐阜と富山から路線の埋設が行われます。この区間は、それぞれ前田藩と名古屋藩が担当する区間でこれが完成いたしますと路線の半分が完成したことになります」
「来年、わが社が参加した場合、高山までの区間をわが社が請け負うことになります。いわゆる人口希薄地の半分をわが社が。高山以北の人口希薄地を高山の旦那衆が請け負い、前田藩は富山と金沢駅間の伸延に専念するとのことです」
「わが社が参加しない場合、全線を三分割してそれぞれが建設にあたるでしょう」
「わが社が参加する利点は?」
「まずは日本海側と太平洋側を結ぶ名誉争いに参加させていただけます。この場合、競争相手は、信越線を建設中の中山道鉄道株式会社となります」
「その勝算は?」
「高山線の埋設は二年でほぼ決定されています。それに対して、信越線は来年の一月で上田到着、その二年後に直江津と見込まれています。相手が勝つには、その二年後に直江津到着というものを二年前倒しして直江津まで路線を延ばされると先方の勝ちかと」
「相手次第か、では高山線への参加は利点が少ないか、人口希薄地を押し付けられるわけであるし」
「実利はあります。日本海側と太平洋側を結ぶ路線ですので、全体を通して富山と名古屋、もしくは富山と日本橋間を結ぶ貨物輸送量は多大な利益が見込めます。さらにこの高山線には、勾配のきつい路線もなく貨物輸送向きの路線です」
「しかし、信越線と米原と金沢間が結ばれた後はその利点が消えるといえないかい」
「まずは、米原と金沢間の路線ですがこの路線ができるまでに単純に十年の月日が必要かと。まず、この路線に誰も名乗りをあげていません。新規の名乗りが出るまでが三年。米原と敦賀間が二年。敦賀と金沢間が五年。しかも路線の勾配はきつく、貨物輸送に適していません。たとえ、金沢までの路線が開通しても貨物輸送に限れば十二分な競争力を高山線はもちます」
「次に信越線がほぼ同時に開通した場合の懸念ですが、両者は明確に区別されます。信越線は、新潟より以北と岐阜を、高山線は富山以南と岐阜を結ぶ路線となり両者は競合しにくくなっております。皆さんの中には、富山と直江津を直通列車が走った場合の懸念をされている方がたもいるでしょうが、両者間は、確かに百キロ余りで、二年で開通できるとお思いでしょう。しかし、北陸道一の難所、親不知がその実現に立ちはだかります。山脈がそのまま日本海に突き出た親不知を抜けるためには、五年の歳月と大小九つのトンネルが必要になります。ゆえにこの路線の完成は、敦賀経由の路線と同じくらいの年月が必要です」
「つまり、この人口希薄地を割り当てられる高山線への参加は、利点の方が大きいと」
「蒸気機関車が線路の上を走っている間は、競争力が高い路線です」
「よかろう、高山以南の路線を来年に埋設するものとする」
「奥州は、仙台までの伸延だったはず」
「そうすれば、九州は鹿児島までの中間点ということで川内まで」
「幕府が北海道の路線を伸ばせといわれるのであれば、鹿児島までの到着と合わせ、塩尻まで路線を伸ばす必要があります。両者の中間点である小渕沢までの伸延を」
「今年の伸延は以上の四区間とする」
「只今、幕府令に基づいて国内の硫黄鉱山を探索しております。来年の決算報告までには優良硫黄鉱山を選抜しておきたくあります」
「最後に昨年の藤枝杯ですが、地元田中藩選抜が優勝を納めました。準優勝は、前年の覇者である火消選抜でした。優勝した田中藩選抜は、藩内に競技場を整備し藩が推奨する球技としてフットボールを普及するとのことです」
「以上をもちまして、今年度の決算発表を終えさせていただきます」
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