仮想戦記 『東海道鉄道株式会社』

著者 文音

 

 第59話

 1877年(明治十一年)五月三日

 源氏物語『胡蝶』『蛍』を浮世絵化

 「たくさん、特産品が大奥に届いたね」

 「ぜひとも我が藩の特産品を源氏物語で登場させてくださいと」

 「大奥は、その選択権を握って左団扇か?」

 「それがそうでもない。大奥の一次試験でこれは源氏物語にふさわしくないとか、これを載せると物語が壊れてしまうとかといって大半をはねてしまう」

 「では、その一次試験を通過したものが源氏物語に載るのか?」

 「それがその物語の進行にあわせてみると、今回の出版分はいわば養父が養子に手を出すあたりにあたって、幸福どころか倫理的にいかがという感じで受け手の女性も困惑中。今回は、広告媒体はなし」

 「確かに、毎年毎年押しつけがましいのは読み手も愁傷気味になるからね。それにがっぽり儲けるというのは、女性らしくないというか彫師も手が進まないという風でね」

 「そうそう、日本の文化を紹介するにあたっても目新しさを与えるものでなければという基準があるそうだ」

 「では、ここに来た商売人はどこに行ったんだ」

 「お金をもらわなければいいだろうという風に考える者がいて、パリの富嶽三十六景美術館に入館時に一緒に渡す小品であればいいだろうと矛先を変えたようだ」

 「二匹目の泥鰌を狙って海を越える販促か。向こうに受け入れられる作品であればいいが」

 「とりあえず、小さく始めてくれればいいさ」

 

 

 六月一日

 福山駅

 「下関発日本橋行き特別急行安芸、発車いたします」

 「ついに本州を横断する列車が通れるようになったか」

 「丸一日かかってしまうが」

 「機関士のことを考えれば、福山駅で機関士が交代するのは悪くない」

 「国の大動脈ができたのだ。これを基幹に鉄道も発展してゆくだろう」

 「来年は、日本橋と鹿児島が二つの線路と一つの航路で結ばれる。これで日本は狭くなる」

 「今年は、日本橋と仙台が結ばれる。日本経済の背骨ができたな」

 「鉄道の路線長は、二千キロを越えたか。大国にはまだまだ及ばないが、これで鉄道中進国の仲間入りできただろう」

 「来年、完成予定の台湾縦貫鉄道に従事している連中のことを考えなければ御の字だが」

 「雨の中、猛暑の中、完成を喜んでくれる人たちがいるから線路はどこまでも続くか」

 「後は、鉄道ができると関所が廃止される。いつまでも藩内だけで情報を止めることはできまい」

 「少なくとも関東にある藩では、年貢を五割負担から三割台に落としました。平野部で繋がっているのですから、農民は天領に移動しやすくなっていますから。一種の農民引き留め策を実施しなければならなくなっています」

 「戦国期の後北条家の政策を思い出すな。周りの大名が五割の年貢を課す中、四割の年貢を貫いた」

 「あれは一種の人集めの政策であったが、その後、後北条家は経済の発展した畿内を基盤とした豊臣家に敗れた」

 「幕府もいつまでも年貢に頼ってばかりいては、農民の怨嗟が高まることを危惧して歳入の中心を売上税と贅沢税に重心を移しつつある」

 「それも経済発展に伴う貨幣経済の発展があればこそだが」

 「後は、鉄道を建設している間は土木工事があり仕事がよく回る。鉄道の建設する余地がなくなったとき、経済が停滞するのは危惧したい」

 「好況がここしばらく続いていますから、誰も不況のことを忘れがちになっています。はてさて。その折の対応ができますかな」

 「しばらくは、山陽道鉄道株式会社管内で売る日本橋行きの切符販売で儲けさせていただきましょう」

 「それゆえ、昨日は東海道鉄道株式会社の連中をふぐ料理で接待いたしましたから」

 「食材の名前を聞かれた後、ふぐだと答えましたら連中、わしらは武士ではないからふぐを食っても問題ないなあ、また今度下関に来た時には、御馳走になるよといい残して帰ってゆきましたねえ」

 「水道橋に来た時には、納豆で御馳走しますよという猛者もいたが、仙台で採れた三陸の珍味に甲斐という皇室御用達の葡萄酒を御馳走しますよと言って引き上げていったな」

 「わが社の管内にも皇室御用達の看板が欲しいですなあ」

 「今上をわが社の蒸気船に乗せていながら、皇室御用達の看板一つもいただけないとは、少したるんでるぞ」

 「ともかく、営業係数が日本橋までの直通で一割近く下がりそうです。しばらくはこれまでの自転車操業をやめて健全なる財務状況へと改善をはかりましょう」

 「勘定方を泣かすのはもうしたくないな」

 

 

 六月二十日

 岡山城

 「さて、我が藩は幕府へ山陽道の完成を願い出た。その折、早期に山陽道が完成しなければ我が藩で山陽道に鉄道を走らせると豪語してしまった。あの当時、未完成区間はいかほど残っておったか」

 「三百キロ」

 「大言壮語したものよ、実際できることはできるであろうが、主体が岡山藩でなくなってしまう可能性が高かったな。しかし、三百キロを線路で結ぶといってしまったのだ。我が藩でも鉄道を走らせねば格好がつくまい。いくつか候補を出せ」

 「津山藩と合同で津山線を」

 「備中松山藩と鳥取藩を巻き込んで伯備線を」

 「備中国分寺までの吉備線を」

 「宇野港まで宇野線を」

 「岡山藩をぐるりと一周する路線を」

 「ふむ、東西南北どの方向に延ばすか悩むことこのうえなし。最後に岡山藩をぐるりと一周する路線だが、赤穂経由になったために埋設されなかった和気経由の路線をひけということか」

 「岡山駅から備中国分寺まで路線を伸ばすのであれば、そのままぐるっとそのまま南下して天領の倉敷まで線路を伸ばします」

 「では、岡山駅から総社経由で倉敷までの路線をひけということか」

 「線路はそうですが、運行形態は岡山駅発岡山どまりの路線を考えております」

 「岡山駅から総社経由で倉敷までの線路を折り返し、岡山駅に戻ってくるとどう違うのじゃ」

 「岡山駅から総社経由で倉敷まで我が藩の線路を走らせた後、東海道鉄道株式会社の線路を走って岡山駅に戻ってきます」

 「確かに利にかなっておる。備中と備前で一番客が多いのはどうみても岡山と倉敷間じゃ。その間の客を奪うのが一番もうかるであろう。では、その案を採用いたすか」

 「お待ちください。殿は、この路線のいく末をどう考えておりますか」

 「ゆくゆくは、単線でなく複線で運用したいものだ」

 「でしたら、一つ難関があります。山陽道は、複線での運用が基本でございます。私が岡山駅から総社経由で倉敷まで反時計回りで機関車を走らせたのは訳があります。この方法であれば、線路のポイント切り替えは一度で済みます。再び岡山駅に戻ってきたおり、再び総社行きの路線に列車を切り返せば済みますが。時計回りで岡山駅から倉敷経由で総社を通り、岡山駅に戻ってきた場合、ポイント切り替えは複雑になってしまいます。まず、岡山駅から線路の南側を走っている列車が倉敷駅の到着した後、総社に北上を開始いたす場合、現在の複線では、南を走っている機関車を一度、北側の上り線にポイントを切る必要があります。北側の路線はそもそも山陽道の上り線を想定した路線で、列車の遅延等があれば、山陽道の上り列車と岡山藩の運用する列車が正面衝突をする危険性があります」

 「確かに、我が藩が岡山から総社を経由して倉敷までの路線を埋設した場合、時計回りの路線は列車運行上障害が多い。それを回避する策はあるか?」

 「まずは、殿の御覚悟をお聞きいたします。時計回りの運行を諦めますか?」

 「それはできん、それでは片落ちじゃ。時計回りと反時計回りの双方が必要じゃ」

 「でしたら、一番簡易なのは、岡山駅と倉敷駅でそれぞれ岡山藩の運用する路線まで線路を立体交差させることです。立体交差を二か所造り山陽道の上り線をまたいでしまうことです」

 「ふむ、それで万事解決か?」

 「路線延長は、三十キロと山陽道の十六キロ。列車のすれ違い区間があれば運行がもっと楽になります。反時計回りと時計回りのすれ違いを考えますと、倉敷と総社間は複線にする方が望ましいかと。この区間のみを複線にすることで列車の運行がずいぶん楽になります。この措置を取りますと、時計回りと反時計回りを一時間に一本とすることができます」

 「あいわかった。我が藩の鉄道は、この環状線をもって手始めとする。将来性を考え、全線を複線化するだけの用地買収をせよ」

 「「「ははっ」」」

 「ちなみにもっと高度な方法とやらもきいておこう」

 「参考までに申しますと、倉敷と岡山間でも自前の路線をもつことです。さすれば、我が藩が用意いたしました線路上を列車が通りますので、列車衝突の危険性もなく、線路も自前ですので東海道鉄道株式会社に線路使用料を支払う必要もございません」

 「ちなみのその場合、倉敷岡山間は単線の埋設か?それとも複線か?」

 「一時間に一本の運用であれば、倉敷と総社間の複線のみですみます。岡山駅と倉敷駅間は単線となります」

 「悩むではないか。どちらも一長一短。双方をわける分岐点は何か?」

 「現在、備中松山まで高梁川を利用した高瀬舟が貨物輸送の主役を担っております。もし仮に我が藩のみの単線路線で岡山駅から総社駅まで貨物輸送が三十分間隔でおこなわれるようになりますと、少々ダイヤが過密になってしまい、臨時便等の対処が厳しくなってしまいます。が、山陽道の複線区間と倉敷と総社間の複線区間を元から利用できるようにしておけば、不意の増便でも、少し遠回りになりますが、岡山駅から総社駅までの貨物輸送は倉敷経由でどのようにでも対処できます」

 「なるほど、貨物輸送までを考えると全体の半分を複線区間で始める山陽道の使用賃を支払った方が有利か。うむ、勉強になった。将来的には、このまま総社から備中松山藩まで路線を伸ばして、高瀬舟に乗っている貨物輸送をごっそりいただこうではないか」

 「御意」

 「それまでは、岡山環状線で列車運行の習得じゃ」

 

 

 七月十四日

 亜米利加で大規模鉄道ストライキが起こる

 

 

 

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